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新型コロナが襲う医療格差 日本と並ぶ長寿国イタリアの感染者5883人、死者233人に

木村正人在英国際ジャーナリスト
フィレンツェのヴェッキオ宮殿もガラガラ(写真:ロイター/アフロ)

欧州最大の感染国イタリア

[ロンドン発]新型コロナウイルスの流行で、欧州最大の感染国イタリアで7日、感染者は5883人、死者は233人となりました。与党・民主党のニコラ・ジンガレッティ党首も感染したことを公表しました。

イタリアの感染者数は下のグラフのように膨れ上がり、ミラノのある北部ロンバルディア州(人口1000万人)は4月上旬まで閉鎖される見通しです。英BBC放送が伝えました。

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ローマを拠点にするジンガレッティ党首は「政治家だからハグすることが多いのは事実。自宅で自己隔離することを決めた」と話しています。新型コロナウイルスはこれまで豊かな北部を中心に流行していましたが、南部を含めた全国に広がったことで新たなステージに入りました。

日本の平均寿命は女性87.3歳、男性81.3歳。イタリアは女性85.3歳、男性80.8歳と同じように長寿国です。日本も新型コロナウイルス対策を一つ間違えるとイタリアの二の舞になりかねません。

イタリアでは南北の経済格差が激しいのを反映して医療格差も大きく、貧しい南部に感染が広がるとさらに犠牲者が膨らむのは必至です。欧州連合(EU)主導の緊縮策と公共サービスの民営化路線がイタリアの公的医療制度の足腰を弱めてしまいました。

イタリアの州ごとの国民1人当たりの公的医療費は下のグラフの通りです。

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北部ミラノ周辺で暮らす筆者の知り合い、政治研究者セレーナ・ボルピさんからの「第二報」です。

――なぜ北イタリアで新型コロナウイルスの流行が起きたのでしょう。あいさつ代わりに行われるイタリアの親密過ぎるハグやチークキス(頬と頬を合わせてキスの仕草をすること)の文化は関係していますか

「私はこの流行がどのように始まったのか確信が持てません。異なる情報や意見をたくさん読みました。1つのセオリーは、新型コロナウイルスはすでに欧州に侵入していたが、症例がごくわずかで季節性インフルエンザと症状が似ているため検出されなかったというものです」

「北イタリアで流行したのはハグ文化と関係しているとは思いません。北部ではイタリアの他の地域に比べてハグをする回数ははるかに少ないからです。例えば南イタリアではキスしてハグする男性を見かけますが、北イタリアでは基本的にはそんなことはしません」

「もちろん握手はします。他の国と比べてまだハグやチークキスをしているのかもしれません。しかしイタリアの他の地域に比べて北部は感情をあまり表には出しません。中部・南部は一般的に北部の人を温かい人とは考えていません。北部も言われているほど冷たくはないのですが」

――PCR検査はどれぐらい行っていますか

「イタリアのジュゼッペ・コンテ首相とウイルス学者イラリア・カプア博士と疫学者ピア・ルイージ・ロパルコ博士はPCR検査で多くの人を検査したため多くの症例が見つかったと説明しました。しかし欧州の他の国が検査数を公表していないため、はっきりしたことは分かりません」

「3月4日時点で2万5000件以上のPCR検査を行い、それらの大半は陰性でした。最も重要なことはうち2万1000件以上が北部のロンバルディア州、ベネト州、エミリア・ロマーニャ州で実施されたことです」

(筆者注)日本は5日時点で6647件のPCR検査を実施、333人が陽性(陽性率5%)。イタリアは2万5856件実施して陽性は2423人(陽性率9.4%)。

「より多くの症例が見つかったのは、より広範囲の人口に対して検査が行われたからです。発熱や咳、くしゃみという症状のない人も検査されました。一部の人は感染しても症状が現れません。だからこの地域で最初に感染した患者(患者ゼロ)を見つけることはできないでしょう」

「ウイルスがかなりの期間、この地域に潜伏していた場合、基本的に“患者ゼロ”を見つけるのは不可能です。もし“患者ゼロ”が一般的なインフルエンザの症状を示していたり、全く無症状だったりした場合はなおさらです」

――イタリアの港に寄港したクルーズ船「コスタ・スメラルダ」の女性乗客に新型コロナウイルスの感染が疑われる症状が見られましたが、検査で感染していないことが分かり、乗員乗客約7000人(うち750人が中国から)はすぐに下船しましたね。今回の感染拡大と関係しているとみられていますか

「イタリアの場合、クルーズ船は今回のアウトブレイクとは関係ないと思います。現時点では感染のエピセンター(発生源)ではありません」

――病院は感染のホットスポットになっていますか。北イタリアで閉鎖されている地域の医療の現状を教えてください。日本でも同じことが起きるのではないかと心配しています

「ウイルスに感染したり、広めたりしないためのアドバイスは病院に直接行かないことです。全ての地域には疑われる症状がある場合に連絡する専用の電話番号があります。彼らはあなたが何をすべきかを教えてくれ、必要があればPCR検査のためにやって来ます」

「イタリアの医療制度は地域に根差した国民医療サービス(SSN)で知られています。最近、医療費は緊縮策で削減され、いくつかの部門で民営化が試みられています。緊急時だからこそ金持ちか貧乏かにかかわらず誰でもがかかれる公的医療制度の重要性が理解されています」

(筆者注)世界銀行によるとイタリアでは国民1人当たりの医療費は世界金融危機のあった2008年の3490ドルを最高に2015年には2709ドルまで落ち込んでいる。

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「新型コロナウイルスは貧富に関係なく感染していきます。これは国家的、社会的安全の問題です。もし、これまで公的医療に多くを投資していたなら犠牲をもっと減らすことができていたはずです。この危機が去ったあと私たちは公的医療制度を支える医師と看護師の献身的な仕事ぶりを思い起こすべきです」

「ロンバルディア州とピエモンテ州ではいくつかの病院を新型コロナウイルスの発症者を治療する専門病院にすることを考えています。こうした病院はすでに発症者を治療する特別なユニットになっています」

「医師と医療従事者はもっともっと多くの患者を治療する準備をしています。その理由は簡単です。より多くの人が検査されるほど、より多くの症例が発見され、その一部は治療を必要とします。ただし検査を受けた人の9割以上は陰性でしたが」

(筆者注)イタリアの集中治療室は5090床。呼吸器系の感染症は3000床。患者はそれぞれ50%、100%上昇している。

「現時点では医療システムは症例をうまく処理していますが、特に問題は高齢の患者や持病のある患者など集中治療を必要とする人々にあります。集中治療室のベッド数は限られているため、新型コロナウイルスに感染した患者の近くの病院の集中治療室が満杯の場合、それ以外の患者を他の病院の集中治療室に移しています」

「全ての集中治療室がいっぱいになった場合、本当の問題が起こります。発症者を多く受け入れている病院を新型コロナウイルス専用病院にすればそうした問題も解消できます。新型コロナウイルス感染症以外の疾患に苦しんでいる患者の治療も他の病院で行うことができるようになります」

「彼らが考えているもう1つの方法は新型コロナウイルスの感染者が少ない地域の医師が流行地域の医療機関を助けることができるように移動させることです。流行地域の医師と看護師はすでに残業して働いており、他の地域からの応援は医療の質を保つために不可欠です」

(筆者注)PCR検査の数を増やせば感染者は必然的に増えます。しかし犠牲者を減らすことにはつながらないのはイタリアの例からも明らかです。

イタリアでもすでに中国湖北省武漢市と同じように医療従事者の感染が報告され、犠牲者も出ています。

(1)軽症者は自宅で療養(2)重症者は感染症指定病院がいっぱいになれば一般病院に広げて治療(3)重篤者の命を救うため集中治療室を確保――する態勢を構築する自治体と医療機関の緊密な連携が求められています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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