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中国VS米英の地政学的オセロゲーム 英国がインド洋の諸島をモーリシャスに返還

木村正人在英国際ジャーナリスト
チャゴス諸島で最大のディエゴ・ガルシア島(写真:ロイター/アフロ)

■ディエゴ・ガルシア島の軍事基地は米英が継続使用

[ロンドン発]英国は3日、インド洋のディエゴ・ガルシア島を含むチャゴス諸島の主権をモーリシャスに返還すると発表した。ディエゴ・ガルシア島の米英軍事基地は湾岸戦争やアフガニスタン、イラク戦争の出撃拠点になった戦略的要衝で、今後99年間にわたって英国が運用する。

軍事基地建設のため先住民族がチャゴス諸島で最大のディエゴ・ガルシア島から強制退去させられ、帰還権を巡る法的・人権上の争いが発生。基地の水深がある港と大型滑走路は長距離爆撃機、ステルス爆撃機、空中給油機、偵察機、原子力潜水艦、空母の展開に使用されてきた。

ディエゴ・ガルシア島を巡っては米中央情報局(CIA)の対テロ戦争で被拘留者を秘密裏に移送して非人道的な尋問をする身柄引き渡しの中継地点として使われていた疑惑が浮上。英国は当初、関与を否定していたが、後に米国による秘密移送の航空機が島に着陸したことを認めた。

■中国をにらんだ安全保障体制を固める

チャゴス諸島の主権問題は50年以上にわたって英国・モーリシャス間のトゲになってきたが、この日、両国政府が共同声明を発表。米国とインドも全面的に支援する。ディエゴ・ガルシア島の基地を米英両軍が継続使用できることで中国を抑制する安全保障体制を固められる。

合意がなければ主権の帰属を巡る係争や継続中の法的措置により軍事基地の長期的かつ安全な運営が脅かされる恐れがあった。両国政府はモーリシャスがチャゴス諸島の主権を継承し、英国がディエゴ・ガルシア島におけるモーリシャスの主権的権利を行使することで双方が歩み寄った。

デービッド・ラミー英外相は「軍事基地は将来にわたって確保される。グローバルな安全保障を維持する英国の役割が強化され、インド洋が英国への危険な不法移民ルートとして利用される可能性も排除される。今後、漂着する移民についてはモーリシャスが責任を負う」と述べた。

■米国は歴史的な合意を歓迎

ジョー・バイデン米大統領は「チャゴス諸島の地位に関する交渉の歴史的な合意を歓迎する。ディエゴ・ガルシア島には米国と英国の共同軍事施設が置かれ、世界規模での安全保障において重要な役割を果たしている。効果的な運用は次の世紀まで確保される」と表明した。

中国とモーリシャスは2022年に外交関係樹立50周年を迎え、モーリシャスは中国にとってこの地域における重要なパートナー。21年には自由貿易協定(FTA)を結び、一帯一路や中国アフリカ協力フォーラムなど、さまざまなレベルで両国は協力を強化している。

モーリシャスは中国にとってアフリカの玄関口として戦略的な重要性を持つ。インド太平洋の島嶼を押さえていくことは地政学的オセロゲームに見立てることができる。ディエゴ・ガルシア島の基地の継続使用が宙に浮けば中国へのにらみが利かなくなる恐れすらあった。

英国の海外領土にはフォークランド諸島やジブラルタル、英国管轄下のキプロスの基地など要衝が少なくない。中国は英国の影響力を削ぐためあらゆる手段を講じている。旧宗主国と旧植民地国の対立構図を煽ることもその一つだ。

■「アフリカ最後の植民地」の放棄を求める声

英国領だったモーリシャスは1968年に独立。当初は英連邦のメンバーだったが、92年に共和国に。主権交渉は2022年以降、13回にわたって行われた。モーリシャスは今後、ディエゴ・ガルシア島以外のチャゴス諸島への再定住プログラムを自由に実施できる。

英国はチャゴス諸島民の利益のため新たな信託基金を設立するとともにモーリシャスに一連の財政支援を提供する。英国とモーリシャスはチャゴス諸島における環境保護、海上安全保障、違法漁業、不法移民、麻薬および人身売買の取締りにおいて協力する。

強制退去させられたチャゴス諸島民はモーリシャスやセーシェルに数千人、3000~1万人が英国に移住。領有権にこだわる英国は近年、外交的に孤立を深め、欧州連合(EU)離脱でさらに状況は悪化。英国に対して「アフリカ最後の植民地」を放棄するよう求める声が高まっていた。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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