「6割しか請求できない」は嘘? 休業時の生活保障に関するQ&A
「働いていたレジャー施設が臨時休園になり、半月分の給料がもらえない。」
「一斉休校の影響を受けて自宅待機に。会社から給与について何の説明もない。」
この1週間ほど、私が代表を務めるNPO法人POSSEの労働相談窓口には、突然の休業を余儀なくされた方からの相談が急増している。
レジャー施設やスポーツセンターなど、たくさんの人が集まる施設の多くで休館・休園の措置が取られており、施設スタッフや関連会社の従業員が仕事を失っている。
また、「一斉休校」の影響は、非正規雇用の教員、給食センターの職員、スクールバスの運転手など、多くの労働者に及んでいる。休業する間の賃金がもらえず、家賃すら払えないという相談もある。
〔参考〕臨時休校で自宅待機中の給料なし 給食センター職員47人 三田市(神戸新聞NEXT 2020年3月2日)
法律は、休業手当の規定などを設け、このようなときでも労働者が困らないような生活保障のしくみを設けている。しかし、現実には、法律が守られず、働く人々の生活の安定が脅かされることが少なくない。
そこで今回は、寄せられた労働相談の事例を踏まえ、休業期間の賃金を確保する方法をQ &A形式で解説していきたい。
問1 感染拡大防止のため、働いていたレジャー施設が2週間近く休園になってしまい、会社から「休業する期間の給料は支払えない」と言われました。どうしたらいいでしょうか?
労働基準法26条には、「使用者の責に帰すべき事由」による休業の場合に、会社(使用者)が休業手当(平均賃金の60%以上)を支払わなければならない旨が定められています。
この規定における「使用者の責に帰すべき事由」は、不可抗力による場合を除き、「使用者側に起因する経営、管理上の障害を含む」と解されています。
少し分かりにくいですが、この規定は労働者の生活保障を図ることを目的としており、労働者が休業手当を受けやすくするために、「使用者の責に帰すべき事由」の範囲が一般的な法律の考え方よりも広く解釈されているのです。
新型コロナウイルスの感染拡大を防止することを目的に、多くの人が集まるレジャー施設などで休園措置をとるのはやむを得ない事情だと考えられるため、仕事をさせることができない会社に責任はないようにも思えます。
しかし、このように一定の事情がある場合であっても、不可抗力による休業(※注1)を除き、会社は休業手当の支払義務を免れません。
休業期間の賃金について会社からの説明がない場合は、まず説明を求めましょう。会社が賃金を支払わない場合は、労働基準法の規定を根拠に休業手当の支払いを求めることができます。
※ 注1
厚生労働省のQ &Aでは、次のとおり説明されています。「不可抗力による休業の場合は、使用者の責に帰すべき事由に当たらず、使用者に休業手当の支払義務はありません。ここでいう不可抗力とは、(1)その原因が事業の外部より発生した事故であること、(2)事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であることの2つの要件を満たすものでなければならないと解されています。」厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年3月5日時点版」「4 労働者を休ませる場合の措置」問1
問2 市の委託を受けた民間企業に勤めています。職場のスポーツセンターが休館になりました。会社に休業手当の支払いを求めたところ、「市が決めたんだから仕方がないだろ」と拒否されました。
自治体の委託を受けて公共施設を運営する民間企業にお勤めの方からも多くの労働相談が寄せられています。学校、図書館、スポーツセンターなど、公的な施設の多くが休校・休館になっているためです。
自治体の判断によって休校や休館が決められた場合、確かに、雇用主である会社に過失があるわけではありません。しかし、過失がない場合でも、不可抗力に当たらない限り、会社は休業手当を支払う必要があります。
例えば、昨年の台風19号の被害を受けて公表された厚生労働省のQ&Aでは、取引先や鉄道・道路が被害を受け、原材料の仕入、製品の納入等が不可能となったことにより労働者を休業させる場合であっても、事業場の施設や設備が直接的な被害を受けていない場合には、原則として「使用者の責に帰すべき事由」による休業に該当するとされています(Q1-5)。
〔参考〕令和元年台風第 19 号による被害に伴う労働基準法や労働契約法に関するQ&A
このように、自然現象のような外的な要因によるものだからといって必ずしも不可抗力とはみなされません。法律は、このような場合でも、最低限の基準として賃金の6割の負担を会社に求めることによって労働者の最低生活を保障しているのです。
このため、新型コロナウイルスの感染拡大を防止するためにスポーツセンターが休館になり、そこで働いていた方が休業を命じられた場合などは「使用者の責に帰すべき事由」に該当し、休業手当を請求できる可能性が高いといえます。
問3 休業手当の支払いを求めても会社が応じない場合はどうしたらいいでしょうか?
会社が休業手当の支払いに応じないときは、通常、労働基準監督署への申告や労働組合による交渉によって支払いを促します。
労働基準監督署は、労働基準法などの実効性を確保するために設置された行政監督機関です。会社に対して臨検等を行う権限が認められています。
休業手当の不払いは労働基準法違反なので、労働者がそのことを申告すれば、労働基準監督官が会社に対して調査や是正勧告を行い、支払いを行うよう促してくれるかもしれません(ただし、監督署は慢性的な人手不足の上、今回の事態の対応にも追われているためなかなか動いてもらえない場合が多いと思います)。
もう一つの方法が、労働組合による団体交渉です。労働組合には、憲法や労働組合法によって様々な権利が保障されています。
労働者個人が会社に交渉を申し込んでも、まともに応じてもらえる保証はありませんが、労働組合が団体交渉を申し込んだ場合、会社は交渉を拒否することはできません(団交応諾義務)。また、会社は、労働組合との交渉において誠実に交渉する義務を負っています(誠実交渉義務)。
このように、労働組合は交渉上の強い権利を持っており、会社に対して、法律や労働契約を守るよう求めることができるのです。
社内に労働組合がない場合にも、個人で加盟できる労働組合(一般に「ユニオン」と呼ばれています。)に加入すれば団体交渉を行うことができます。全国各地にユニオンが作られているので、インターネット等で探してみるとよいでしょう(末尾も参照)。
問4 私立学校で非常勤講師をしています。勤め先の学校が休校になったため休業手当を支払ってもらうことはできましたが、元の手取り額が低く、6割の金額では生活できません。
労働者が就労することができなかったからといって、それだけの理由で賃金を請求する民事上の権利がなくなるわけではありません。
民法では、「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない」(第536条第2項)と規定されています。
少し難しい条文ですが、会社(債権者)が正当な理由なく労働者に就労させなかった場合には、労働者(債務者)は賃金を請求する権利を失わないということです。
この規定における「債権者の責めに帰すべき事由」は「故意・過失もしくは信義則上それと同視すべき事由」と解釈されており、問1で説明した労働基準法26条における「使用者の責に帰すべき事由」の範囲よりは狭いと考えられています。
つまり、会社に故意や過失が認められる場合は賃金全額を請求できるということです。一方で、故意や過失が認められない場合、賃金全額の請求はできません(この場合でも、休業手当を請求できる場合はあります。)。
新型コロナウイルスの感染拡大防止を目的とする休業の場合、「債権者の責めに帰すべき事由」に該当するか否かの判断は難しく、個別的な事情を踏まえて判断されることになるでしょう。
ただし、例えば、労働者を他の業務につかせる余地があったにもかかわらず休業させた場合などは、会社は賃金支払義務を免れないと考えられます。実際に、東京都教育委員会によれば、都立学校の非常勤講師は一律に自宅研修扱いとし、給与は全額支払われるということです。
なお、賃金全額の請求は労基法違反の問題ではないため、労働基準監督署で対応してもらえることは少ないでしょう。収入が6割に減ってしまって生活していけないという方には、ユニオンをはじめ、法律の専門家や支援団体に相談することをお勧めします。
問5 できれば休業期間の賃金全額を会社に保障してもらいたいですが、どのように交渉したらよいのか分かりません。
厚生労働省のQ &Aには、「今回の新型コロナウイルス感染症により、事業の休止などを余儀なくされた場合において、労働者を休業させるときには、労使がよく話し合って労働者の不利益を回避するように努力することが大切です。」と記載されています。
〔参考〕厚生労働省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)令和2年3月5日時時版」「4 労働者を休ませる場合の措置」問5
これを踏まえると、会社が労働者を休業させるときには、労働者とよく話し合い、できるだけ労働者の不利益を回避すべきだといえます。
収入が4割減少することは労働者にとって大きな不利益になります。会社は、原則としては賃金全額を保障する方向で検討するべきでしょう(※注2)。
言い換えると、休業時の所得保障を考える上で、労働基準法26条が定める休業手当が一つ目の選択肢になるべきではないということです。
労働基準法の規定はあくまでも労働者の生活を保障するための最低基準を罰則をもって確保しようとするものであり、休業手当を支払ったからといって民事上の賃金支払義務がなくなるわけではありません。この点について、“60%を支払えばOK”と誤解している会社もありますが、そうではないので注意が必要です。
賃金全額を保障することが困難な場合でも、会社は、60%という最低限の基準にとらわれることなく、労働者の被る不利益を最小限にとどめる努力をすべきだと考えられます。
一方で、労働者は会社と交渉することにより、より多くの収入を確保することができます。労働組合による団体交渉では、法律を守ることを求めるだけではなく、法律が定める基準を超えた要求を実現することができるからです。
やや複雑な話になりますが、労働基準法上の権利と、労働契約上の権利は異なっており、契約上の権利は裁判や「交渉」の結果によって決まってくるのです。だからこそ、厚生労働省も労使の話し合いを求めているわけです。
このように、賃金全額を請求することが法的には難しいケースでも、交渉によって全額の支払いを求めることが可能です。収入が6割に減ってしまうと生活していけないという方は、「このままでは生きていけないから賃金を保障してほしい」と交渉することができるということです。
※ 注2
「一斉休校」に伴う保護者に対する休暇取得支援の助成要件が「賃金全額支給」の休暇取得とされたことを踏まえても、原則として賃金全額が保障されるべきだろう。
問6 観光客の減少や宴会自粛の影響を受けて、お店の売上が下がり、店長から休業を命じられました。この場合は賃金を支払ってもらえますか?
会社の経営状況や売上の減少を理由とする休業の場合、会社に対して休業手当を請求することができます。
今回の事態を受けて、政府は、新型コロナウイルス感染症の影響を受ける事業主を対象に、雇用調整助成金の特例措置を講じています。一定の要件を満たす場合には、この制度を利用することによって、休業を実施した場合に労働者に支払う休業手当の一定割合について助成を受けることができます。
〔参考〕厚生労働省ホームページ「新型コロナウイルス感染症の影響に伴う 雇用調整助成金の特例措置に関するQ&A」
会社に休業手当を支払う余裕がない場合には、この制度を利用するよう要求し、それによって休業手当の支払いを実現しましょう(助成の対象になるかどうかは最寄りの労働局の助成金相談窓口にお問い合わせください。)。このような交渉においてもユニオンの活用は有効です。
客の減少に伴ってシフトを減らされた場合も、ユニオンの団体交渉によって賃金の支払いを求めることができます。
また、不況を理由とした休業の多くは「債権者の責めに帰すべき事由」によるものと考えられるため、賃金全額を請求することもできます。
今回の場合、新型コロナウイルス感染症の影響を直接的に受けた場合には「債権者の責めに帰すべき事由」に当たらないと判断される余地がありますが、経営状況の悪化がそこまで差し迫ったものになっておらず、休業を実施する必要性が乏しいような場合には、賃金全額の請求が認められると考えられます。
なお、現在、経営状況を理由に休業が行われている場合には、今後、解雇や退職勧奨の問題に発展する可能性が高いといえます。新型コロナウイルスの問題は未だ収束する見通しが立っておらず、影響が長期化する恐れがあるためです。解雇やリストラから身を守るという観点からも、ユニオンへの加入は有効な対処法だといえます。
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