モータースポーツ映画としては異例!「フォードvsフェラーリ」が高い評価を受ける理由
2020年1月10日(金)に日本でも公開となった米国映画『フォードvsフェラーリ』(原題:Ford v Ferrari)が大きな話題を呼んでいる。モータースポーツが舞台の映画ということで僕も映画館で鑑賞したが、迫力満点のレースシーンが魅力の素晴らしい映画だった。モータースポーツファンもきっと楽しめるだろう。
しかし、見終わって、疑問に思ったことがある。舞台はウィロースプリングス(米国)、デイトナ(米国)、そしてル・マン(フランス)とモータースポーツの聖地的スポットを巡り、レースの専門用語はもちろん、ブルース・マクラーレンやらロニー・バックナムやら往年の名レーサーの名前が飛び交う内容が果たしてモータースポーツファン以外に受け入れられるのだろうか?
アカデミー賞作品賞にもノミネート
ちょっとマニアックすぎやしないか?
多少知識があるモータースポーツを知る者の心配をよそに、映画「フォードvsフェラーリ」の日本国内での評判は上々だ。
(動画:映画『フォードvsフェラーリ』予告編)
1月22日(水)に発表されたYahoo!映画の興行成績ランキングで、同作品は公開週の4位からは7位へ転落したものの、トップ10に留まっている。そして何より、Yahoo!映画のユーザーレビューの評価が4.3点と非常に高いことが驚きだ。5点満点を付けている人も多く、4点を超えることが決して多くはない厳しいレビュアーの中で、この映画は非常に受け入れられている印象である。
また、2月9日(日)に授賞式が開催されるアカデミー賞ではメインとなる「作品賞」をはじめ「編集賞」「録音賞」「音響編集賞」など4部門にノミネートされる高評価ぶりだ。モータースポーツを題材にした映画がアカデミー賞にノミネートされた例は決して多くなく、F1を舞台にした映画「グラン・プリ」(1966年)が「フォードvsフェラーリ」と同様に「編集賞」「録音賞」「音響編集賞」にノミネートされたことがあるくらいで、ポール・ニューマン主演の「レーサー」(1969年)やスティーブ・マックイーン主演の「栄光のル・マン」(1971年)など、自身もレースを愛した人たちの作品はアカデミー賞とは無縁だった。
また、近年で言えば、ロン・ハワードが監督を務め、F1でのニキ・ラウダとジェームス・ハントの闘いを描いた映画「ラッシュ/プライドと友情」(2013年)が非常に高い評価を得たが、同作はゴールデングルーブ賞にはノミネートされたものの、アカデミー賞にはノミネートされなかった。
そう考えると、「フォードvsフェラーリ」が最も重要な「作品賞」にノミネートされたということはモータースポーツ映画の中では今までにない評価を受けている証でもある。
地上の星にスポットを当てた良作
「フォードvsフェラーリ」のタイトルの通り、メインテーマとなるのは巨大自動車メーカーで大量生産の代名詞である「フォード」とレース由来の技術でハンドメイドでスポーツカーを造る「フェラーリ」の対決である。舞台は1966年の「ル・マン24時間レース」で、相対する哲学で車を作る2つのメーカーの企業間戦争のドラマがメインテーマである。
フェラーリはF1をはじめとするレースの代名詞であるが、当時は今ほどF1のレース数が多くなかったため、あらゆるレースに参戦していた。その一つがル・マンであり、1960年代には6連覇を成し遂げる最強チーム、最強メーカーだった。一方でフォードは名車「フォードGT40」でル・マンに挑み、黄金時代のフェラーリを撃破し、60年代後半のル・マンの顔になっていくのだ。
と、ここまではスーパーカーやスポーツカーのマニアにはお馴染みのお話で、米国でもフォードGT40の栄光が語られる時に必ず紹介される、アメリカ万歳的なエピソードだ。
映画「フォードvsフェラーリ」では、その戦いの中で重要な役割を果たしたイギリス人レーサー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)を主人公にして描いている。フォードGT40躍進の中心人物であるレーシングカーデザイナーのキャロル・シェルビー(マット・デイモン)が最も信頼した英国人、ケン・マイルズ。果たして、その名前を知っている人がアメリカに、そして日本にどれくらい居るのだろうか。もちろん、僕も初めて知る人物だった。
フォードGT40のル・マンでの栄光が語られる時に出てくるレーサーといえば、4度のインディ500王者のA.J.フォイト、1967年のル・マンでレーサーとして初めてシャンパンファイトをしたことで有名なダン・ガーニー、そして当時は新進気鋭の若手で後にF1王者となるマリオ・アンドレッティなど。やはり、当時フォードGT40に乗った米国人の“ザ・レーサー”なスーパースターが中心になって語られることがほとんどだ。
しかしながら本作で描くのは、その栄光のストーリーの影に隠れたケン・マイルズという知られざるヒーロー。当時のマイルズの写真を見ると、マイルズを演じるクリスチャン・ベイルはそっくりであり、彼自身もイギリス出身ということでハマり役なのだ。マット・デイモン演じるキャロル・シェルビーとの間に生まれるヒューマンドラマに心が惹きつけられていく。
かつてNHKの番組「プロジェクトX」が団塊の世代の間で大ヒットしたが、この映画の視点はまさにそこ。おそらく余程のマニア中のマニアしか語ってこなかった「地上の星」を物語の中心としたところが、史実でありながらドラマ性を強くしている最大の理由なのであろう。
映画の舞台となった66年のル・マンからすでに50年以上。時の経過と共に当時のエピソードは風化し、光り輝く美談だけが語られ、歴史として刻まれていく。でも、この映画は時間を止めて歴史の奥へと連れて行ってくれる。
フォードとフェラーリの対決というモータースポーツの中では有名なエピソードながら、丁寧に作られた構成なので、知らない人も存分に楽しめる作品になっていると思う。知らないレーサーやサーキットの名前が出てきてもスルーして何ら問題はない。モータースポーツファンもそうでない人も、見終わってからジワジワとこみ上げてくる感覚をぜひ映画館で味わってほしい。