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暖かい冬は氷が薄い。そして冷水には危険が潜んでいる

斎藤秀俊水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授
暖かいこの冬、氷が割れやすくなっています(新潟県湯沢町、筆者撮影)

 暖冬の今季ですが、寒さはやってきました。例年、1月は池の氷が割れて、遊んでいた子供が氷水に浸かる事故が発生します。幸い、大きな事故に発展することなく救出される例が多いのですが、冷水には命にかかわる危険が潜んでいます。暖かい冬だからこそ、氷が薄い。だからこそ気をつけたい氷と冷水に関する情報をお送りします。

暖冬だからこそ気をつけたい池の氷

 正月の2日、読者の皆さまも寒い朝を迎えたことと思います。大阪管区気象台は初氷を観測したと発表しました。平年より19日遅い観測です。新潟県では平野部でも夜半から雪模様となりました。今年はほぼ雪なしの元旦を迎えたため、これで少し雪国のお正月らしくなりました。いつもだと、新潟県内の池は高い積雪に埋もれて人の歩く道から容易に近づくことができず、スキー場以外では池に落ちる事故は無くなります。ところが今年は小雪のため、人が池に簡単に近づくことができます。

 図1をご覧ください。新潟県の南部、湯沢町の山岳地帯にある池の様子を示しています。右がこの冬の池の様子、左が昨年の夏に撮影した池の様子です。例年の冬だと、3 mくらいの積雪のため、この池は完全に埋まります。実際には、埋まるというよりもそこに雪の山ができていて、人が入り込むことができません。

図1 新潟県湯沢町にある観光施設の池の様子。左図は夏の池の様子、右図はこの冬の池の様子。いつもなら雪の山となっているのに、小雪で池がむき出しに(筆者撮影)
図1 新潟県湯沢町にある観光施設の池の様子。左図は夏の池の様子、右図はこの冬の池の様子。いつもなら雪の山となっているのに、小雪で池がむき出しに(筆者撮影)

 図1の右の写真を撮影した時には、関東方面から遊びに来ていた小さな子供が池に入り込みました。「ここは池ですよ」と家族に知らせて大事には至りませんでしたが、カバー写真のように、ところどころ氷が割れた跡が見受けられました。もしかしたら、すでにはまった人がいたかもしれません。

氷は何cmで割れるか

 世界には、自分の体をはって実験する人がいるものです。How Thin is Too Thin?(薄いとは、どれくらい薄いのか?)では、氷点下に冷やされた氷が支えられる体重について実験し、それを報告しています。

 体重 kg 目安 氷が割れた厚さ cm 安全率を見込んだ厚さ cm

 23   小2    1.5          2.5

 36   小5    1.9          3.3

 45   中1    2.1          3.7

 54  成人女性   2.3          3.8

 68  成人男性   2.5          4.4

 100   ー    3.1          5.0

米国ミネソタ州環境部の報告によれば、人間活動における安全な氷の厚さが次のように勧告されています。

 氷の厚さ

 5 cm以下  割れる危険あり、その場を去る

 10 cm以上 魚釣り

 13 cm以上 雪上バイク

 20 cm以上 小型自動車

 30 cm以上 中型自動車

 人間は5 cmの厚さで氷の下に落ちるのに対して、乗用車は20 cm以上の氷で大丈夫というのは、ある意味驚きです。確かに寒いフィンランドでは冬の間だけ湖が道路になるところもあるくらいです。

 以上のデータは注意しなければならないことを含んでいます。まず、氷の下に水が張っている状態であること。氷とその直下の水面との間に空間があると、氷の強度が著しく落ちて、きわめて割れやすくなります。あくまでも、氷と水で重さを支えることが条件です。次に、氷は点の加重には弱く、面では強いこと。同じ重さの物体が載っても、表面積が広くなれば重さに耐えられます。同じ体重の人間でも立つよりは寝そべる方が氷は割れずに済みます。

冷水中で人間はどれくらい生存可能か

 ほぼ0度の氷水に落水すると、防寒具着用で数時間、未着用で1時間以内です。図2をご覧ください。これは、様々な服を着用して、冷水にてどれくらいの時間生存できるか推定したグラフです。

図2 水温と推定生存時間の関係(引用して筆者が和訳)
図2 水温と推定生存時間の関係(引用して筆者が和訳)

 イマーションスーツと呼ばれる、全身着ぐるみ状態の断熱服があります。真冬の海に投げ出されることを想定している服です。これを着装して、内部に水がしみこまない状態では、氷水状態で5時間強生存できます。ところが、内部に水が徐々にしみこむと1 L(リットル)の水漏れで、2時間強まで短くなります。

 薄い防水服で断熱機能がないと、内側が乾燥状態でも1時間半。水漏れ状態で1時間。そして普段着だと1時間持たないことになります。日本の冬に池で落ちる状況を考えれば防寒着を着ているとしても、図2の普段着の状態に近いと考えた方がよいです。

 冬の冷たい水に手を入れるとすぐに手が痛くなってきます。乾燥していても自転車に乗って直接風が手に当たれば痛くなります。風がない状態でなんとか持ちこたえます。つまり、普段着だと水からすぐに上がる、早く乾燥した衣服に着替えることが重要であることがわかります。

割れた氷に落ちたら

 すぐに脱出したいところですが、暴れるほど状況が不利になります。

 腰よりも浅い池であれば、付近の氷の上に寝そべるようにして避難します。付近の人は119番通報して救助隊を呼びます。割れた氷の上に人が集まるほど、どんどん割れていくことは容易に想像できると思います。1か所でも割れれば、氷全体の強度がいっきに低くなります。

 腰よりも深いようであれば、すぐに背浮きの姿勢に移ります。動画をご覧ください。これは10度の冷水にて防寒着を着用して浮いている実験の様子です。じっとして浮いていれば、沈みません。水は侵入して最初は冷たく感じますが、次第にそれが体温で温められてさほど冷たく感じなくなります。電子温度計を挿入した状態で水温を常時測定すると、下着付近の水温は数分で20度以上に温まります。この暖かい水が断熱作用を持ちますから、この水が冷水と入れ替わらないようにじっとしている必要があります。もちろん、周囲の人はすぐに119番通報して救助隊を呼んでください。

動画 冷水中での背浮き実験(筆者撮影)

まとめ

 暖冬で例年より氷が薄いようです。雪国では池に迷い込むようになってしまい危険な状態です。状況を見て、池の周辺だろうと想定できるところには入らないようにしてお正月をお過ごしください。

水難学者/工学者 長岡技術科学大学大学院教授

ういてまて。救助技術がどんなに優れていても、要救助者が浮いて呼吸を確保できなければ水難からの生還は難しい。要救助側の命を守る考え方が「ういてまて」です。浮き輪を使おうが救命胴衣を着装してようが単純な背浮きであろうが、浮いて呼吸を確保し救助を待てた人が水難事故から生還できます。水難学者であると同時に工学者(材料工学)です。水難事故・偽装事件の解析実績多数。風呂から海まで水や雪氷にまつわる事故・事件、津波大雨災害、船舶事故、工学的要素があればなおさらのこのような話題を実験・現場第一主義に徹し提供していきます。オーサー大賞2021受賞。講演会・取材承ります。連絡先 jimu@uitemate.jp

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