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「手が血で最も汚れていたのは昭和天皇。トルーマンやオッペンハイマーはピースメーカー」米紙 終戦78年

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(提供:The National Archives/ロイター/アフロ)

 広島に原爆が投下されてから78年。

 アメリカでは、原爆を開発し、“原爆の父”と呼ばれているロバート・オッペンハイマーの伝記的映画『オッペンハイマー』が公開され、話題を呼んでいる。

 SNSの投稿を見ると、「過去10年でベストの映画」「オスカーを取るのは間違いない」など総じて絶賛する声が多く、原爆投下そのものの是非を問う声はあまり見られない。本土決戦となって日米で多数の死傷者が出る前に、戦争を終結に導いたと言われている原爆投下については、今もアメリカでは、正当化する声の方が若干ではあるが多いからだろうか。

 1945年にギャラップが行った世論調査では、回答したアメリカ人の85%が原爆投下を容認したが、原爆投下から70年経った2015年にピュー・リサーチ・センターが行った世論調査では、回答したアメリカ人の56%が原爆投下は正当な判断だったと回答。原爆投下を肯定的に捉える見方が激減する結果とはなったものの、それでも正当化する見方が過半数を超えている。

 先日、ツイッターでバービーの主人公とキノコ雲を合成したパロディー画像が拡散される“バーベンハイマー騒動”が起きたが、そのことも、アメリカでは原爆投下を正当化する見方がまだスタンダードとなっている状況を反映しているのかもしれない。

 ちなみに、同じピュー・リサーチ・センターの調査で、原爆投下は正当な判断だったと答えた日本人は15%。2016年にNHKが行った調査では、調査を受けた日本人の40%が原爆投下は不可避だったと回答し、49%が今も原爆投下を許すことができないと回答している。

手が血で最もひどく汚れていたのは昭和天皇

 ところで、アメリカでは保守系のタブロイド紙ニューヨーク・ポストが、映画『オッペンハイマー』の公開に合わせて、原爆投下を全面的に肯定するどころか、昭和天皇を批判する意見記事「“オッペンハイマー”は原爆に関する論争を再燃させるが、トルーマンの決断が正しかったことに疑いの余地はない」を掲載している。

 前述した世論調査が示すように、原爆投下を容認したり正当化したりする見方はアメリカでは時と共に減少に転じている。保守系の同紙は、映画『オッペンハイマー』が、原爆投下を正当化しなくなりつつある世論に拍車をかけるのではないかと懸念を感じたのかもしれない。

 実際、原爆を開発したオッペンハイマー自身、原爆投下による惨状を知った後、トルーマン大統領(当時)に対し「私は手が血で汚れているように感じます」と後悔の念を示す発言をしたことで知られている。そんなオッペンハイマーの発言を同紙は引用しつつ、「当時、血で汚れている手はたくさんあった。それらの手の中で、最もひどく汚れていたのは迪宮裕仁の手だった」と昭和天皇を断罪している。

 さらには、旧日本軍についても「1945年1月、裕仁の海軍歩兵はマニラでの戦いで10万人の非戦闘員を殺害した。恐ろしい出来事だが、その8年前に始まった、市民を巻き込んだ戦争と比べれば、この数は比較的控えめな数だ」とし、「1937年の南京大虐殺(30万人以上の死者)や、1942年の東京へのドゥリトル空襲後、中国に飛んだアメリカ人パイロットを援助したことに対する報復として25万人の市民が殺害された劇的な事件がある」とこれらの事件で多数の中国の人々が亡くなったと訴えている。

東アジアでは良心の呵責はなかった

 また、戦争が長期化すれば、多くの中国人非戦闘員が殺されていた可能性があるとの試算までしている。

「アジア太平洋戦争の専門家である歴史家リチャード・B・フランク氏は1,900万人の中国市民が死亡したと推定している。同氏は“単純計算すると、1937年から1945年までの8年間、毎日約4,000人の中国人の非戦闘員が犠牲になった”と書いている。この基準で行くなら、原爆投下後から日本が降伏するまでの間、3万6,000人(の中国人の非戦闘員)が殺されていたことになり、戦争がさらに6ヶ月続いた場合は72万人(の中国人の非戦闘員)が殺されていたかもしれない」

 もっとも、同氏はこの数について「異世界的に見えるかもしれないが」と前置きしてはいるものの、「一つ議論の余地がないのは、広島と長崎に原爆が投下された時、東アジアでは道徳的な良心の呵責が見られなかったことだ」と東アジアの国々も原爆投下を肯定的に受け止めていたと指摘している。

 加えて、「韓国人女性を組織的に性的奴隷にしたこと、市民や戦争捕虜に対する強制的な医学実験、捕虜に対して一般的に行われていた殺人的な扱いという、より小さな戦争犯罪も行われていた」と述べている。

トルーマンやオッペンハイマーはピースメーカー

 また、ヒトラーやムッソリーニの亡くなり方と比較し、「裕仁の同盟者であるアドルフ・ヒトラーとベニート・ムッソリーニは自らが生み出した瓦礫の中で亡くなった。もし戦争が従来のやり方で終わっていたなら、裕仁も同様に瓦礫の中で亡くなっていただろう」と述べ、「しかし、原爆は落とされた。1つでは、裕仁に行動を起こさせるには十分ではなかったので2つ落とされた。そして、彼が行動を起こした時、戦争は終わった」と2つの原爆投下が終戦につながったとし、「裕仁が行動していたら、最初から戦争を防ぐことができたかもしれない」と昭和天皇の行動は遅きに失したという見方を示している。

 同紙は最後に“歴史の皮肉”について言及し、こう結んでいる。

「歴史の皮肉の一つは、自国の人々に尊敬された裕仁が1989年に安らかに亡くなった一方、殺戮を終結させた英雄ハリー・トルーマンには今もなお道徳的な汚点がついていることだ。ロバート・オッペンハイマーにもクレジットが与えられるべきだ。ピースメーカー(平和をもたらす人)に祝福あれ」

 この意見記事の内容については、事実ではない、戦勝国アメリカの見方だと不快に感じる人も少なくないだろう。しかし、これが、今も、アメリカにおける一つの見方であることは間違いない。そして、アメリカの見方は世界の見方に通じるところもある。

 今、ウクライナ戦争が長期化する中、世界はプーチン大統領が核使用に訴えることを危惧している。太平洋戦争が長期化する中、原爆投下が当時アメリカで圧倒的に正当化されたことを考えると、長期化しているウクライナ戦争についても、ロシアは核使用を正当化する可能性があるのではないか。

 人類は2度と同じ過ちを犯してはならない。 

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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