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『サヨナラ勝利にかき消されたアメリカ戦、田中将大、青柳晃洋ら投手起用の表とウラ』

木村公一スポーツライター・作家
(写真:ロイター/アフロ)

 不思議なことに、情報というヤツはどんな状況下でもなぜか周囲に漏れ伝わってくるものだ。たとえば五輪競技のようにグランド立ち入り不可、チーム関係者との接触が難しくても、打順の入れ替えや数日後の先発投手など、作戦面の重要なことまで、どこから漏れるのかメディアに伝わってくる。

「どうも稲葉監督は、本気でマー君を開幕戦の先発に使うらしい」

 新聞には当然のように『田中将大投手、東北の開幕戦先発!』と書かれていたとき、裏、つまり記者たちは一様に怪訝な思いをうちにしまい込んでいた。シーズンの投球内容が芳しくなかったためだ。かつての球威はなく、変化球主体の技巧派投球では、どれだけ低めに投げ続ける粘りがあるかが生命線となる。ひとたび高めに浮いてしまえば、一発を食らう。事実、そうした“もったいない登板”は国内のリーグ戦で幾度も見られた。そのような投球内容で五輪の開幕を任せられるのか?

 稲葉監督は「重圧のかかる開幕だからこそ」と、名前は挙げずとも田中の起用を肯定するような口ぶりでもあった(一部からは、「興行面からも東北復興をアピールする意味で先発して欲しい」なる“外部”からの希望もあったと聞く)。

 その先発が山本由伸に代わったのは、強化試合での楽天、巨人戦あたりの頃だ。どこからか「田中はない。山本でいくと決めたようだ」。情報はすぐに流れた。まだ紙面に出る前のことだった。

 そして開幕直前、一部のスポーツ紙が最初に報じ、大会直前の会見で稲葉監督の口からなにごともなかったように山本の名前が明かされると、記者の一部からは「これで少しは不安要素が消えた」という、ある意味では辛辣な反応すら出た。

田中の無念さ、稲葉監督の無念さ

 もちろん、田中投手は間違いなく好投手だ。海外のチームと対戦する上で、確実に戦力となる存在に違いもない。若い投手たちへの有形無形のリーダーシップもあるだろう。ただ、惜しむらくは高めに浮く球が、パワーある北中米打線をどこまで封じられるものか。そんな疑念と不安は残った。

 そしてそれは現実のものとなった。8月2日の決勝ラウンド・アメリカ戦。田中はスライダーを右打者の外角低めに集めつつ、ストレート、スプリットを混ぜながらアメリカ打線を封じていた。初回、2回と得点圏に走者を許しても、まさに粘り強い投球、低め、低めと念じるように制球し、無失点で切り抜けた。

 しかし2点リードの4回、長短打と死球などで2対2の同点、そして3点目を与え逆転されると、稲葉監督はためらいを見せることなく交代を告げにベンチから立ち上がった。

 やや俯き、右手をわずかにマスクにやりながら球審に近づいていったとき。稲葉監督は何を考えていたのだろうか。継投のイメージか、この後の得失点を想定し、何人かのリリーフ陣の顔を思い描いたか。

 それとも田中を4回途中で降板させることの無念さか。日程上、おそらく2度目の登板は考えにくい。しかし指揮官としては、この場面をいかに同点で終えるかがすべてのはず。とすれば、投手陣の顔である田中を早期降板させるためらいは、あるいは持たずに済んだかも知れない。選手の思いをなにより大事にする気持ちと、勝つために割り切らなければならない冷静な判断。稲葉監督の数歩の中に、感じられた気がした。

再びの継投失敗

 だが継投は、失敗した。5回に青柳をマウンドに送り、再び炎上、3失点を喫したからだ。おそらく他のメディアでは「なぜ青柳を起用したか」「もう青柳は使えない」、そんな記事が散見することだろう。現実的に、あれだけ見事に打たれれば、もうこの大会では使いづらくなった。

 ではなぜ稲葉監督は青柳にこだわり、そして打たれたのか。

 国際大会では、青柳のような変則サイドの投手は効果がある、というのが定説だ。北中米にあのようなタイプの投手は極めて珍しく、球の軌道に打者の目線が慣れていない。だから韓国などでは「国際大会用」としてどんな大会でも、下手投げ投手は最低一枚は加える。稲葉監督も、国際大会で指揮する中で、そうした“固定観念”を持ってしまったのかも知れない。ただ北中米の打者を翻弄するには、もう少しの球速と、ボールもう一個ぶんの変化が必要に思えた。

 また青柳には同情する理由もあった。アメリカは7月31日、つまり2日前に韓国と対戦して勝利していたのだが、韓国の先発がコ・ヨンピョという同じ右の下手投げだったのだ。

 10球投げれば7球から8球までチェンジアップの軌道で曲がり落ちる変則投手。この投手にアメリカ打線は5回途中までで4得点したものの、6三振を喫してもいた。つまりは同系統の投手を見慣れていたというわけだ。

 さらにはマイク・ソーシア監督のこと。アジアの両国が横手、下手投げで目先を交わそうと起用してくることも想定していただろう。

 そうした背景の中、本来のボールが投げられなければ、餌食となっても致し方なかったといったら酷だろうか。

 例えばアメリカ、2日の日本戦では4番のカサス(左打ち)が5回にレフトスタンドへスリーラン本塁打を放っているが、前述の韓国戦でも4回にコ・ヨンピョ投手からシンカーを見事にすくい上げ、ライトにツーランを打っていた。青柳からの勝ち越し弾は、目が慣れていたからこその一発。そうした見方も出来ると思う。

 ちなみに韓国のコ・ヨンピョ投手は、4日の準決勝で先発するのが濃厚だ。あざなえる縄のように、日本とアメリカ、そして韓国が絡まりながら決勝へと戦いが絞られていく。

 それにしても。田中の後にワンポイントで送り出したのは左の岩崎優だった。しかし打者は右打者。右打者に左投手を送ってはいけない決まりはないが、根拠はどこにあったのか。まさか単純なミスではないと思われるが、根拠はわからない。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

スポーツライター・作家

獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテイターも。でもここでは国内野球はもちろん、他ジャンルのスポーツも記していければと思っています。

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