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「優勝は目指さない」ビッグボス新庄監督が“仕掛ける”本当の狙いとは

木村公一スポーツライター・作家
(写真:アフロ)

 私事で恐縮だが、ずいぶんと昔に漫画の原作を少しばかり書いていたことがあった。そこで編集者からよく言われていたのが「リアリティ」だった。突飛なキャラやストーリー展開は、その気になればいくらでも作れる。だがそれだけでは読者の共感を得られない。大事なのはリアリティなのだと。

 その喩えでいうなら、新庄野球はまさに漫画の世界だ。クジで打順を決める「ガラポン打線」。内野手と外野手を入れ替えてみたり、試合途中でも捕手を内野に廻してみたりという「守備のシャッフル」。二死から捕球して攻守交代になる外野フライも、全力のバックホームを義務づけてみたり、オープン戦とはいえファン投票でスタメンオーダーを決めるなど、まさにやりたい放題だ。

 しかしそれ自体は突飛に見えても、ひとつずつ理由を質すと、ちゃんと説明がつき、それも理に適ったものであったりする。

 ガラポン打線も、打者自身が持つ先入観を捨てさせることに主眼がおかれていた。足が速く長打がない選手は、一般的に1、2番に据えられることが多い。長打がある選手は4、5番。それが逆だとどうなるか。長打のない選手が4番に、足が速くもないスラッガーが1番に座るとしたら。言い換えれば慣れた打順ではない立ち位置で、どれだけ持ち味を発揮してチームに貢献するかを考えさせようというわけだ。発想の転換。守備のシャッフルも、本来とは異なる守備位置につくことで、見える景色が変わり、いつもとは違う角度から野球を見ることが出来るようになる。外野からの素早い送球も、スリーアウト目のフライでも素早く内野に返球することで、どんな場面でも緊張感、集中力を維持すべきだと教えている。 

 つまり理に適った根拠……リアリティがあるから、選手もファンも反発を感じない。

 なにより選手たちが面白がり、新庄野球についてきている。そこが新庄という指導者の、従来のそれとは異なる持ち味なのだ。

「面白い」が新庄監督の価値基準

「勝ち負け関係なく、面白い野球がしたいし、見たい。試合後の記者会見も、面白かった試合なら喋るけど、面白くなかったらしないから」

 キャンプのいつ頃だったか、新庄監督はそう言っていたことがあった。実際、オープン戦でも試合が終わり、記者にかこまれる第一声が、「今日、面白かったね-」が定番だったりした。

 勝敗より、面白さ。

 それが監督としての新庄野球の根幹にある。もちろん前提にはリアリティも大事だ。なりゆきで勝っても、内容がともなっていなければ面白くはない。その内容も、選手たちが十全に力を発揮しきった上でのプレー。勝敗としての結果ではなく、内容のある試合。それが新庄監督の求めるものであり、言葉にすれば「面白さ」ということになるからだ。

「優勝は目指さない、のホンネ」

 そんな新庄野球に、おそらく唯一といっていいか、異を唱えた者がいる。落合博満氏だ。落合氏はテレビでの中継解説で、実況に新庄野球の是非を問われ、「どんな采配をしようが監督の勝手。最後に問われるのは結果だけ」とやり方は認めつつ、こう疑問を口にした。

「ただ優勝は目指さないと言ったでしょ。あれは意味がわからない。勝つためにやるのがプロ野球の世界なので、優勝しなくてもいいっていうのが出てきた時点でクエスチョンマークでしたね」。

 そしてこうも。

「選手は勝ちたい、優勝したい、給料を上げたいと一生懸命やっている。それにストップをかけるようではモチベーションが上がらない」

 だが、おそらくは新庄監督も、こうした考えは理解している。その上で「目指さない」と就任会見で公言したのは、現状のハムの戦力では、誰が見ても長いシーズンを戦って勝利を積み上げることは難しい。それを実感していたからだ。

 もし優勝争いを目指して頑張っても、早晩、ジリ貧になり潰れてしまう。緊張感も持続せず、チームはバラバラになる。では残りのシーズン、どんなモチベーションで戦い続ければいいか。

 新庄監督はそう考えた。選手には遠くを見させず、とにかく目先の試合に集中させ、大事に戦うにはどうしたらいいか。そこで標榜したのが「面白さ」だった。勝敗を度外視したところで得られる手応え、充足感を選手にも感じさせられれば、長いシーズンを戦うことは可能だと考えた。

 ではいかに面白く戦わせるか。

 そこで“仕掛け”が必要となってくる。

「戦うための仕掛けづくり」

 例えば「今季はトライアウトのつもりで選手の力量を判断する年にしたい」と言い、同時に「支配下選手全員、公式戦で使うから」といった発言。ハッキリとしたレギュラーを固めず、どんな選手も起用することで、そこに緊張感を持たせようという、いわば仕掛けだ(そう考えれば、就任後、話題を提供してきたことのほとんどが「面白さ」の提供であった)。

 そういえばファン投票でスタメンを決めたとき。マスコミや多くのファンは選ばれた選手を見ていたが、新庄監督は選ばれなかった選手に視線を送っていたという。

「選ばれず、ベンチスタートとなった選手の悔しそうな顔つきとかね」

 そして、選手の発憤に期待を寄せる。

 まさしく野球漫画の主人公監督のようではないか。

 野球の世界には、こんな言葉がある。

「アマは和して勝つ、プロは勝って和す」

 アマチュアは一丸となることで、初めて勝つ集団となる。対するプロは、もともとは個の集団であり、バラバラ。だが勝っていくことで結束し、組織としての集団になる」という意味だと理解している。

 この伝に倣えば、優勝を目指さない今季の新庄監督率いる日本ハムという集団は、ちょうど中間点にあるように思える。

 はたして新庄監督が、どんな指揮采配を振るう中で、どのような仕掛けを繰り出しながら、戦っていくのか。常識にとらわれず、面白く、それでいて理に適ったリアリティで選手を導いていくのか。

 なまじの原作者では、思いつかない。

スポーツライター・作家

獨協大学卒業後、フリーのスポーツライターに。以後、新聞、雑誌に野球企画を中心に寄稿する一方、漫画原作などもてがける。韓国、台湾などのプロ野球もフォローし、WBCなどの国際大会ではスポーツ専門チャンネルでコメンテイターも。でもここでは国内野球はもちろん、他ジャンルのスポーツも記していければと思っています。

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