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紫式部と藤原道長はどんな人? 大河ドラマ「光る君へ」脚本家・大石静はこう見る

木俣冬フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人
大河ドラマ「光る君へ」 写真提供:NHK

「2021年の夏に、この仕事を引き受けてから頭のなかが平安だらけ」と言う大石静さん。

2024年度の大河ドラマ「光る君へ」(NHK)の脚本を執筆している。大河ドラマでは珍しい平安大河に挑んだ大石さん、「ラブラブの話ばかりではない」と強調する、平安時代の大作家・紫式部に賭けた熱き思いはーー。

第1回放送(1月7日よる8時〜放送)を前に語ってくださいました。前編

――紫式部をどんな女性と思って描いていますか。

大石「一言では表現できない人物です。幼き日に母を亡くし、貧しい暮らしであったことから、生きることは不条理に苛まれることなんだと、早くから知ってしまった。だからなにかにつけて斜に構えた態度をとってしまう。でもそれが、文学者としての萌芽であって、やがて自分の心の内を表現してみたいと思うようになります。ただ、誰かの妻になりたいというだけでない、私の使命は何なのかと考える、知的レベルの高い女性だと思います。道長のことをずっと好きで、道長も何度も、自分の妻になれと言うのですが、嫡妻や妾もいるところで不自由な思いをしたくないと断ってしまう。私はこの場面を書きながら、素直に妻になればいいじゃないかと思うけれど、決して行かないという自我の強い人です」

――同じ作家から見て、紫式部をどう思いますか。

大石「世界の偉人10人に選ばれるような人です。物語の構築力と同時に、確固たる自己批判の精神がないと、長く魅力的な物語は書けないと思います。『源氏物語』は男女が寝たり起きたりする話と思われがちですが、それだけでは決してない。ラブロマンスのようなおもしろさと、深い哲学的なおもしろさの両方が流れている。それが世界でいまだに高く評価されている要因だと思うんです。そういう意味では日本が誇る作家であり、作家としての私は、『光る君へ』を世界配信してもらって、紫式部をもっともっと広めたいです」

――「源氏物語」のエピソードは劇中で描かれないそうですね。

大石「『源氏物語』自体は書きませんが、例えば、第1回の道長とまひろの出会いは、源氏物語のオマージュです。また、女房たちのささやきも『源氏物語』から。この先にも、あ、あれは……とわかる方にはわかるところがいっぱい出てきます。紫式部の体験した出来事が、のちに作品に関わっていったかもしれない、というような散りばめ方をしています。今回、私達『光る君へ』チームが描こうと思ったのは、紫式部がどういう生い立ちのなかで、男女の恋愛物語に、人生哲学と、権勢批判と、文学論のようなものをこめた奥深い文学作品を書ける作家に成長していったのかということでした」

――制作発表のとき平安時代の男女関係についても描かれると語っていましたが。

大石「もちろん、キスシーンもあるし、胸キュンのところもいっぱいあります。ですが、日曜夜放送のドラマですから、直接的な表現ではなく、そこはかとない、エロス漂う雰囲気を出したいと思っています。天皇にとって、子孫――後継者を残すことは政と同じくらい大事なこと、ですので、実際に性的行動が間近にあるんです」

――紫式部に「まひろ」と名付けた理由はありますか。

大石「あまり意味はないんです。最初、ちふるという名前を考えたら、藤原実資の子として書かれていたので、いろいろな名前を考えて、まひろに行き着きました。一年間、聞いていて心地よい、主張のあまりない名前として考えました」

――まひろ役の吉高由里子さんに期待することをお聞かせください。

大石「会見のときなどの印象は明るい人に見えますよね。だけど、ふっとしたときに陰な感じがある。陽と陰が同居しているのが彼女の役者としての持ち味なのではないかと思いますし、それが紫式部の気難しい感じには合っているなと。私から彼女にこう演じてほしいという希望はありません。自由に演じてほしいと思います」

――柄本佑さんの持ち味はいかがでしょうか。

大石「柄本さんは、いわゆる二枚目の線に分類される俳優ではありませんが、デビュー時から風変わりな役をやっていて、名優だと感じていました。『知らなくていいコト』でお仕事したとき、ほんとうにすてきで、女性スタッフが皆、うっとりしていました。自分の見せ方をすっごく計算して、ここで2枚目っぽく見せ、ここではとぼけて見せて、って、台本も表現しているけど、それ以上に考えて演じていると思います。風変わりな役もやれるし、いい男もさりげなくやれるすごい役者なので、今回の道長にも期待しています。最初は、ぼっーっとして頼りなさそうですが、やがて兄2人が死んで、あれよあれよという間に権力の頂点に立ってしまったときの変わり目の芝居も楽しみです」

――京都の陽明文庫に行かれたそうですが、そこで道長の直筆をご覧になって感じたことは。

大石「道長は字が下手なんですよね。そこがかわいいです(笑)。道長ゆかりの場所で、一番ぞくっとしたのは、お墓です。京都の外れの住宅地に、そこだけ小さな古墳のようになっていて、鍵がかかっていて。そこへ制作統括の内田ゆきチーフ・プロデューサーと吉高さんと行って、前に立ったとき、『ここだ、ここに道長がいる』と感じ、道長にこの作品を書け!と言われていると思いました」

――第1回で道長が「怒るのが好きじゃない」というセリフがあります。

大石「『おれは怒るのが好きじゃない』と言う三郎(道長)のセリフは、道長の政治の根本です。道長は『この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたる ことも なしと思へば』の歌によって、傲慢な独裁政治を行った人物という印象があります。中学、高校の教科書にもそういう論調で載っています。ですが、その後生まれた武士の世界が、そんなによかったのか、集団で殺し合いをやるようなことがそんなにステキで潔くてよかったのか、といえば、そうでもないと思うんですよ。平安時代のことを、現代の私達はほとんど知らなくて、。道長の歌一首だけで、横暴な政治を行ったと思い込んでいるだけ。時代考証の倉本一宏先生は、決してそうではなく、当時、非常にレベルの高い政治が行われていたとおっしゃっていました。その後、400年にわたって大きな戦(いくさ)のない、話し合いによって物事を解決していくという、現代の私達が考えていかないといけないようなことをやっていたんです。『怒るのが好きじゃない』道長は、天皇だけが力を持たないように、権力をもって、話し合いで、天皇を諌められるようにしたり、横暴な政治ではなく、バランスをとることが上手で、みんなの気持ちもすくい上げながらやっていったりした、優れた政治家として描くことで、平安時代の認識も改めたいと思っています」

――戦国や幕末大河に比べて、戦いのシーンが少ないと思いますが、バイオレンスはどのあたりに。

大石「『どうする家康』の第47回で、家康が『百年に渡る乱世が生み出した恐るべき生き物……』と言っていました。いいセリフだなと思いながら聞いていたのですが、そういう人たちの時代だけがドキドキハラハラしてステキかというと、そうでもないと思うんです。平安貴族は、血を見ることは穢れだと思っているから、人を殺すことは、下っ端に任せています。それがのちに武家になっていくわけです。自分の手を汚さず、都合の悪い人たちを排除させる理由は、偉くなりたい欲望のためで、宮廷や城は会社みたいなもの。そこではみんな出世して楽になりたくて、誰かの足を引っ張ったり、権謀術策で失脚させたり左遷させたり、現代と同じようなことが行われているんです。藤原家の権力闘争は、まるで、山崎豊子さんの『華麗なる一族』のようです」

――つまり、本能寺の変、関ヶ原、大坂の陣というような山場が視聴者にはあらかじめわからないということですね。

大石「例えば、戦国時代だと、長篠の戦いだったら馬防柵、関ヶ原だったら家康は桃配山に陣を敷き、石田三成は伊吹山に逃げたとか、そういうビジュアル的に有名なものがありますが、今回はありません。でも、人間の足の引っ張り合いは、戦と同じくらいスリリングだと思います。本能寺の変で信長が死ぬってわかっている物語より面白いかもしれませんよ。山場がなくて大変ですね、と言われたって、そこを私達は逆手にとって勝負を賭けるしかない。やってみなくちゃわからないけれど、きっとおもしろい。平安オタクしかわからない、先の見えないおもしろさですが、毎週見たくなっちゃうようにがんばっています」

Shizuka Oishi

東京都生まれ。1986年に「水曜日の恋人たち」で脚本家デビュー。97年、連続テレビ小説「ふたりっ子」で第15回向田邦子賞と第5回橋田賞をダブル受賞。2008年「恋せども、愛せども」で文化庁芸術祭賞テレビ部門優秀賞を受賞。NHK作品に、大河ドラマ「功名が辻」「セカンドバージン」「ガラスの家」「コントレール 罪と恋」「永遠のニシパ ~北海道と名付けた男 松浦武四郎~」がある。その他「大恋愛〜僕を忘れる君と〜」「知らなくていいコト」「和田家の男たち」「あのときキスしておけば」「家売るオンナ」「トットちゃん!」「星降る夜に」、宮藤官九郎との共作「離婚しようよ」など。

大石静さん  写真提供:NHK
大石静さん  写真提供:NHK

大河ドラマ「光る君へ」

【放送予定】2024年1月~12月

【作】大石静

【音楽】冬野ユミ

【語り】伊東敏恵アナウンサー

【主演】吉高由里子

【スタッフ】

制作統括:内田ゆき、松園武大 

プロデューサー:大越大士、高橋優香子

広報プロデューサー:川口俊介

演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろう ほか

「光る君へ」相関図  図版提供:NHK
「光る君へ」相関図  図版提供:NHK

フリーライター/インタビュアー/ノベライズ職人

角川書店(現KADOKAWA)で書籍編集、TBSドラマのウェブディレクター、映画や演劇のパンフレット編集などの経験を生かし、ドラマ、映画、演劇、アニメ、漫画など文化、芸術、娯楽に関する原稿、ノベライズなどを手がける。日本ペンクラブ会員。 著書『ネットと朝ドラ』『みんなの朝ドラ』『ケイゾク、SPEC、カイドク』『挑戦者たち トップアクターズ・ルポルタージュ』、ノベライズ『連続テレビ小説 なつぞら』『小説嵐電』『ちょっと思い出しただけ』『大河ドラマ どうする家康』ほか、『堤幸彦  堤っ』『庵野秀明のフタリシバイ』『蜷川幸雄 身体的物語論』の企画構成、『宮村優子 アスカライソジ」構成などがある

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