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閉店した啓文堂書店狛江店が劇的な再オープン!そこで示された書店復活の可能性とは

篠田博之月刊『創』編集長
再オープンした啓文堂書店狛江店(筆者撮影)

「閉店した書店が戻ってきたケース」

 2024年6月27日、小田急線狛江駅そばに啓文堂書店狛江店がオープンした。実は同書店は昨年7月に一度閉店し、「これで狛江に本屋さんがなくなってしまう」と惜しむ声が市民に広がっていた。ところが一転して1年近くを経ての再オープンとなったのだった。異例の出来事といえるだろう。

啓文堂書店狛江店店内(筆者撮影)
啓文堂書店狛江店店内(筆者撮影)

 実はその前日、6月26日に店内で『BOOK and BENCH』除幕式というイベントが行われた。市民が選書を行い書店と連携していくという試みで、啓文堂書店が再オープンを決めた要因のひとつにもなったと思われる。除幕式には、水野克彦・京王書籍販売代表、馬場隆之・小田急SCディベロップメント世田谷営業室支配人、上月良祐・経済産業副大臣、松原俊雄・狛江市長、市民グループ「タマガワ図書部」の山本雅美代表が出席してそれぞれ挨拶を行った。

店内での除幕式(筆者撮影)
店内での除幕式(筆者撮影)

 啓文堂書店再オープンについては、この間、書店をめぐる問題にプロジェクトチームを作って取り組んできた経済産業省も大きな関心を示しており、6月12日に行われた車座会合で齋藤健大臣自身が言及。「一度閉店した書店が戻ってくるというのは極めて珍しいケースだと思います」と述べた。この除幕式にも大臣本人が参加したかったが、都合がつかず、直々に副大臣に参加要請を行ったというエピソードが紹介された。

 会場には多数の報道陣もつめかけた。街の書店が消えてゆく現状についてはこの間、新聞・テレビで何度も報じられて社会的関心が高まっているという背景があるためだろう。

昨年7月に啓文堂書店が一度閉店

 その除幕式で最後に挨拶した「タマガワ図書部」の山本雅美さんに、別途、話を聞いた。啓文堂書店再オープンは、いろいろな経営判断を経て決まったのだろうが、それを後押しした要因として、市民の取り組みが大きかったことは間違いない。

 山本さんが語った経緯を紹介しよう。

「最初のきっかけは、狛江市に新しい図書館ができるという話があったことでした。それを機に、本を通じて人と人をつなげていく活動ができないかと考え、実は2020年3月に『Book Life Park』というイベントを企画して開催目前だったんです。でもコロナ禍で中止になってしまい、結局実現できませんでした。

 その後、昨年7月に狛江駅のショッピングモール『小田急マルシェ』が全面改修になり、啓文堂書店さんの閉店が発表されたんです。全国的に書店がどんどんなくなっているという話を聞いていたのですが、ついにこの街らかも書店がなくなってしまうのかと愕然としました」

 啓文堂書店が昨年示した閉店のお知らせはこの写真だ。同店をよく利用していた人たちにとっては衝撃の告知だったと思う。

衝撃の告知だった(市民撮影)
衝撃の告知だった(市民撮影)

市民が選書を行う常設のコーナーを新設

 その山本さんたちがどんな取り組みを行ったのか。今回の再オープンにつながったと思われる経緯はこうだ。

「寂しい思いをしていた人たちも多かったのですが、私たちは『タマガワ図書部』という市民グループで今年1月に、狛江駅の改札を出たところに小さな空き店舗があったので、そこを利用して『エキナカ本展~私が誰かに読んで欲しい50冊』という企画を行いました。

 そこでテーマを決めて市民の人たちに本を選んでもらったのです。例えば狛江市内にある飲食店さんのオーナーが選んだ本とか、賛同してくれた人たちが誰かに読んで欲しい本を1冊ずつ出品し、紹介文とともに展示するという試みでした。本は手に取ってベンチで読むこともできるし、訪れた人たちにもお薦めの本を紹介してもらおうと、自由に書き込めるノートを会場に置きました。そしたら、たくさんの方から狛江に書店が戻ってきて欲しいという声が寄せられました。そして、その展示を実際見ていただいた啓文堂書店さんから再出店の気持ちを高められたと聞きました。

 そんなことが経済産業省にも声が届き、それが啓文堂さんはじめいろいろな人の耳に入ったようです。経済産業省からも話を聞きたいという連絡がありました」

除幕式の後、記者の質問に答える山本さん(筆者撮影)
除幕式の後、記者の質問に答える山本さん(筆者撮影)

 今回の再オープンで具体的にどう関わるのか。話を続けよう。

「今回、啓文堂書店さんが戻ってきてくれて、『本と人がつながる場所』ということで、店内に『BOOK and BENCH』というコーナーを作っていただきました。月替わりでテーマを決めて、市民が選書を行い、そこのベンチでその本が読めるというスペースです」

 6月27日の開店はレジが行列ができるほど盛況だったという。一度なくなったと思われた書店が戻ってきたというのは、市民にとってはうれしい出来事だったに違いない。山本さんがこう語った。

「初日には、たくさんの方がやってきてレジが行列になってしまうほどの歓迎ぶりでした。『BOOK and BENCH』の本も想像以上に反響があり、紹介されている本を多くの方が手に取り、購入して頂いたようです。地域の人が選書した本で、地域の人が繋がっていく関係が早速生まれ始めています。

 私たちが『エキナカ本展』の取り組みで感じたのは、本がある空間でゆったりとした時間をすごすことで、仕事や日常生活からリセットする、そういう時間と空間がほしいということなのですね。

 やっぱりこの街に本屋さんが戻ってきてくれてうれしいと多くの市民が言っています。ただ、そう言っているだけでは本屋さんは継続していけないし、私たち一人ひとりが人任せでなく考えていかなくてはいけないと思います」

啓文堂書店狛江店内には地元関連書のコーナーも(筆者撮影)
啓文堂書店狛江店内には地元関連書のコーナーも(筆者撮影)

書店が消えてゆく流れに抗する様々な動き

 この市民グループの取り組みや、具体的に店頭においてどう連携していくかという啓文堂書店狛江店の事例は、多くの大事な事柄を提示している。『街の書店が消えてゆく』(創出版刊)でも紹介したが、書店が姿を消してしまった地域で、市民の声が広がり、書店誘致が行われるというケースは全国にいろいろな形で広がりつつある。下記で報告した富山県立山町の事例もそのひとつだ。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c16ce38ab8bf2f9025a1f86f96438268fa77d32a

一時は「無書店」となった富山県立山町に再び書店がオープンした注目すべき経緯

 書店の経営が厳しいという状況は変わらないわけだが、そのなかで存続していくためには、市民が書店を支えていくという意識がうまれることが必要だ。今回の啓文堂のケースはその事例として多くのヒントを提示している。

6月12日に車座会合(代表撮影)
6月12日に車座会合(代表撮影)

 啓文堂再オープンの話を斎藤経産大臣が自ら紹介した6月12日の車座会合で、作家の今村翔吾さんは「必ず今年が『書店復活の元年』になると信じてます」と語っていた。確かにこの間、書店が消えてゆく動きに対して、これに対抗する様々な試みが広がっている。

 下記に紹介した八重洲ブックセンターグランスタ八重洲店開店の一件もそうした広がりの中でのトピックと言えると思う。

https://cms-expert.yahoo.co.jp/article/update/1805604

「早く帰ってきて」の声に応えた?八重洲ブックセンターグランスタ八重洲店開店の瞬間に拍手が

 果たして今年が書店をめぐる流れのターニングポイントになり得るのかどうか。前述した車座会合での今村さんの発言について紹介した記事は下記を読んでいただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/e69c255a2973027a8cc65f631040ebfeb725e4e9

経産大臣らと書店界の第2回車座会合、6月12日開催。作家の今村翔吾さんが語った思いとは…

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

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