ユニクロだけではない「恫喝訴訟」
9日、ユニクロが2億円以上の損害賠償を訴えていた名誉棄損訴訟で敗訴が確定した。
問題の書籍は『ユニクロ帝国の光と影』であるが、同書が出版されたのはユニクロが「ブラック企業ではないか」と世間から疑いをかけられる以前の話である。
今回裁判所で認定された長時間労働などの「事実」は、指摘しようとすると、同社から巨額の賠償金を訴えられる恐怖から、メディアで黙殺されてきたのだろう。
実は、私もユニクロの柳井社長から直接「通告書」を送り付けられてきた経験がある。
ユニクロからの「通告書」
昨年2月27日付で株式会社ファーストリテイリングと株式会社ユニクロから配達記録郵便が突然、私のもとに送られてきた。私が昨年10月に上梓した『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)の内容が、彼らへの名誉棄損に当たるという。
〈通告人会社らを典型的な「ブラック企業」であると摘示して非難しておられます〉
〈この書籍において貴殿が提示されている「衣料品販売X社」なるものが通告人会社らを指すものであることは、(略)明らかです〉
〈しかしながら、貴殿が記述する通告人会社らの研修や店舗の就労環境に関する事実は、現実に相違し、虚偽であるというべきです〉
〈通告人会社らに対する虚偽の事実の摘示や違法な論評などを二度となされませんよう警告申し上げます〉
同書では「衣料品販売大手X社」の事例を挙げ、相談者の証言などをもとに過酷な労働環境の実態を伝えている。ただ、断っておきたいのは、私は個別の企業を告発するために同書を著したわけではない。具体的な事例を通じて、若年労働問題を分析し、その問題の解決策を探るのが目的だった。
それにもかかわらず、ファーストリテイリング・ユニクロの柳井会長は6名もの弁護団の名を連ねて、私に「通告書」を送付してきたのである。
背景にある「圧迫体質」
こうした「やり口」の背景には「ブラック企業」とも呼ばれる企業の社内風土が強く関係しているように見える。社員を圧迫するのと同じように、社外からの批判を力で封じ込めようというのだ。ユニクロを取材した『週刊東洋経済』の記事は、同社の体質を非常によく表している。
「外国語に堪能で、海外にかかわる仕事をしたいとユニクロを志望したBさんは、入社してみて外からのイメージとのギャップに愕然とした。「入社直後、 来店したSVに開口一番、『あいさつがなってない』と大声で怒鳴りつけられた。店舗裏の休憩室に入るときは必ず直立不動で『失礼します』と大きな声であいさつするなど、異様な感じがした」。部下への指導の行き過ぎも、跡を絶たない。08年に名古屋高裁は、ユニクロで店長代行として勤務していた原告が、店長から顔面に頭突きされるなど暴行を受けたうえ、本部の管理部長からも「ぶち殺そうか、おまえ」と言われた件の違法性を認め、1000万円近い損害額を認めた。本誌が入手した同社の社内資料によれば、昨年2月と3月にも部下への「辞めれば、死ねば」「バカ、死ね、使えない奴」といった暴言による懲戒処分が複数下されている」。
記事を読む限り、圧迫による労務管理があることは明らかだ。
そして、このような社員に対する「圧迫」や見せしめによる社内統治が、社外の人間にも及んでいるのではないか。私という「個人」を徹底的に攻撃することで、自社に逆らう者が徹底的な攻撃対象になるということを社内外に知らしめ、社内から協力者を出させず、他の外部の批判者が現れることをも抑止しようというのであろう。
『ユニクロ帝国の光と影』著者は言論へ圧力を懸念
雑誌『POSSE』21号に掲載された著者・横田氏のインタビューによれば、ユニクロ側は、裁判所での弁護士の対応もおざなりで、裁判官の質問にまともに対応しないなど、「投げやり」に見えたという。最初から裁判に勝つことが目的なのではなく、「脅す」ことに目的があったものと見られる。
だが、これによる萎縮効果は絶大なものだっただろう。フリーのライター個人が訴えられれば、いくら文藝春秋のような大手メディアが弁護士料を負担するとしても、資料収集、裁判出廷など膨大な事務量が降りかかる。また、高額訴訟そのもののプレッシャーは精神的な負担ともなるという。
言論弾圧の手段としての「スラップ訴訟」
実は、こうした大企業による、言論弾圧を目的とした「高額訴訟」は「スラップ訴訟」と呼ばれ、世界的にも問題になっている。
英語のStrategic Lawsuit Against Public Participationの略語で、直訳すると「市民参加を妨害するための戦略的民事訴訟」となる。SLAP(平手打ち)という同じ発音の動詞とかけて、アメリカでデンバー大学の社会学者・ペネロピ・キャナンと、法学者・ジョージ・プリングが1980年代に考案・提唱し、広がった法概念だ。
問題が広がった結果、一部法規制の対象ともなっているのである。日本では二〇〇〇年代に表面化し始め、「恫喝訴訟」や「口封じ訴訟」とされているが、法的に規制されていないために、ブラックな企業の格好の「言論弾圧の手段」となってしまっている。
ユニクロだけではない「スラップ訴訟」
実際、「恫喝訴訟」を活用しようとする企業はユニクロだけではない。
私はワタミからも「通告書」を送り付けられている。元会長の渡邉美樹氏の参議院選挙出馬がとりざたされているさなかであった。
<被通知人は株式会社文藝春秋と共謀の上、週刊誌「週刊文春」5月23日号34項誌上において参院選「キワモノ候補」一覧との大見出しのもとに「暴力団組長元愛人からブラック企業会長まで」の中見出しを付し、さらに「労災認定された社員の自殺」の小見出しを付した文中において「ワタミは長時間労働で鬱病になって辞める社員が多い、ワタミは日本を犠牲にして利益を上げている代表企業」等と虚構の事実を適示し、もって通知人会社の名誉信用を棄損したものである。また、被通知人の著書並びに講演等においても同様に虚構の事実を摘示することにより、通知人会社の名誉信用を毀損したものである>
<よって本書到達後5日以内に、上記週刊誌記事記載内容の根拠を示すとともに謝罪文を提出され度く通告します。方一不履行の場合は法的措置に及ぶ所存につき申し添えます>
一方で、ワタミは出版元である文芸春秋にも通告書を送付している。その内容は、前段はほぼ同じ内容だが、最後の二行が異なる。
<よって、本書到着後5日以内に記事の正統性について貴意を得たく通告します>。
明らかに、私に対するものよりもトーンが緩い。「キワモノ」との大見出しを作ったのは文藝春秋であり、私のインタビューを編集したのも文藝春秋である。が、私には謝罪と「訴訟の恫喝」を、文春には丁寧に「貴意」を得るための手紙を送っている。
ちなみに、ユニクロに至っては、出版元の文藝春秋には何の書面も送らず、私にだけ「通告」を行っている。
こうした高額訴訟による恫喝のやり口は、消費者金融で問題となった武富士(被害者を救済していた弁護士を訴えた)や、クリスタルグループ(偽装請負で問題となった)など枚挙にいとまがない。
社会的な批判にさらされる企業の「武器」になっているわけだ。
ジャーナリストは勇気をもって
私にとっても大企業・ユニクロからのスラップ訴訟の脅しは非常に恐ろしいものだった。
ただ、私の場合には、これまでブラック企業と闘ってきた弁護士たちの支えがあったことが大きかった。
すでに武富士からのスラップ訴訟に勝訴し、逆に賠償金を勝ち取った経験のある仙台の新里宏二弁護士が親身に相談に乗ってくれた。
そして、これが「ブラック企業被害対策弁護団」の結成のきっかけともなった。その後、同弁護団は佐々木亮弁護士が団長を務め、新里弁護士は副団長に就任している。現在の登録弁護士は全国で300名以上を数える。
「脅し」のつもりが、逆にブラック企業を批判する側を、勢いづかせてしまったわけだ。
大企業からの脅しは、だれにとっても怖いことだ。しかし、ジャーナリストたちには、事実に立ち向かう勇気を持って立ち向かってほしい。
ユニクロからの恫喝、スラップ訴訟の実態については下記が詳しい。