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事故による子どもの傷害予防に取り組む ~ 新年に寄せて ~

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

新年あけましておめでとうございます。

 2017年11月から、Yahoo!ニュース個人で発信を始めました。新年にあたり、私が取り組んでいることについて、基本的な考え方をお話したいと思います。

 子どもの健康問題として、事故による傷害は大きな課題となっています。最初に傷害の現状と予防の原則について述べ、次に予防活動を行った場合の評価の必要性について述べてみたいと思います。

1.日本の子どもの事故の現状

 2016年の人口動態統計で不慮の事故による死亡数(括弧内)をみると、0歳(73人)、1-4歳(85人)、5-9歳(68人)となっており、1-19歳の死亡としてまとめると、不慮の事故死は525人で死因の第1位となっています。10年ごとに1-19歳の事故による死亡数を比較すると、1995年(3,623人)、2005年(1,405人)、2015年(639人)となっており、10年で死亡数は55-60%減少し、20年間では80%も減少しています。この要因としては、出生数の減少、医療技術の進歩、救急患者の搬送体制の整備、チャイルドシートの法制化や製品の規格化など複数の要因が関与していると思われますが、製品や環境の改善が大きく関与していると私は考えています。死因の内訳には大きな変化はみられません。交通事故死が約3分の1を占め、転落死が5-6%、溺死が20-25%、火災による死亡が5-10%となっています。

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 傷害の実態として継続的に年度報告が出されているものとして、日本スポーツ振興センターの災害発生件数(2016年度:1,053,962件)、日本中毒情報センターの受信件数(2016年:34,201件)、消防庁のデータ、交通事故総合分析センターのデータなどがありますが、どれを見ても「今年も去年とほぼ同じ結果」と報告されています。最も問題なのは、漫然と同じ実態が報告されるだけで、具体的な予防が行われていないことです。

2.子どもの事故の特徴

 傷害はどの年齢層でも発生しますが、世の中の製品、環境は健康成人を対象として作られているため、傷害の多くは、機能が未熟な乳幼児、機能が衰えていく高齢者、障害者にみられます。すなわち、傷害を受けやすい状況は「生活機能の変化」によってもたらされるのです。

 製品や環境には、便利さ、快適さが要求されており、日々新しい製品や環境が作られて社会に出回っています。これらの工夫がなされることによって、乳幼児がアクセスしやすくなり、子どもの傷害につながります。また、「いつでも、どこでも、誰でも」使用できることも新しい製品や環境の宣伝文句の一つですが、その場合、乳幼児が触ったり、使ったりすることはまったく考慮されていません。そこで、「想定外」といわれる事故が起こることになります。

 子どもが傷害に遭遇しやすい要因の一つは「発達」です。昨日できなかったことが今日できるようになって事故になります。昨日まで寝返りをしない子どもが、今日、寝返りをしてソファから転落します。「24時間、決して目を離さないで」という保健指導が行われていますが、見ている目の前で起こるのが子どもの事故です。「注意喚起」もあちこちで行われていますが、注意していても起こるのが事故なのです。

 傷害が起こる月齢、年齢とそのパターンはほぼ決まっています。3歳までの事故は半数以上が家庭内で起こっており、それ以降は家庭外での事故が多くなります。子どもの生活環境に新しい製品が出回ると、必ず新しい事故が発生します。事故は1件だけということはなく、必ず複数件発生し、日本中、いつでも、どこでも同じ事故が起こり続けているのです。

3.なぜ、「子ども」なのか?

 子どもの傷害に取り組んでいる理由としては、死因の上位に位置していること、事故による傷害の発生率が高く、日常診療の場で、毎日、診ることができ、身近な問題として認識できることが挙げられます。

 健康問題に対しては、いろいろな指標が提案されています。その一つに、生存可能寿命損失年数という指標があります。例えば、平均寿命を80歳と設定し、1歳で浴槽で溺死した場合は、80歳-1歳=79年の損失とします。78歳の高齢者が浴槽で溺死した場合は、80歳-78歳=2年の損失となります。それぞれの年齢層で損失年数を足し合わせると、子どもの事故死は非常に大きな社会的な損失であることがわかります。

 また、子どもが事故死した場合は、周りへの影響もたいへん大きいのです。とくに、自宅の浴槽での溺死、自宅の駐車場での車による轢死、自宅のベランダからの転落死などでは、保護者のダメージは計り知れません。年齢順に死亡していく順縁では、年月とともに哀しみは軽減していくのに対し、若年者が先に死亡する逆縁では、年月とともに哀しみは深くなっていくといわれています。このような状況が起こることを一件でも少なくしたい、それが子どもの事故に関わっている最も大きな理由です。 

 事故の予防の研究はなかなかむずかしく、高齢者では、個別に認知機能と運動能力の両方を考慮しなければなりません。一方、子どもでは、月齢、年齢だけを考慮すればモデル化して研究することができるという利点があります。

 これらの理由から、子どもの傷害予防に取り組んでいるのです。

4.傷害予防の位置づけと取り組みの基本

4.1 傷害予防の位置づけ

 傷害(injury)の問題について考える場合、1) 事故が起こる前、2) 事故による傷害が起こったとき、3) 傷害が起こった後、4)グリーフ・ケアの4つの相に分けて考える必要があります。起こる前は「予防」、起こったときは「救命・救急処置」、起こった後は「治療、リハビリテーション」、そして関係者のグリーフ・ケアです。この4つを合わせたものが傷害対策(injury control)で、最も大切で経済的にもすぐれたアプローチは「予防」です。

 事故について、ほとんどの保護者は、「まさか、うちの子に限って。私が注意して見ているから大丈夫」と思っていますが、見ている目の前で事故は起こっています。保護者の考え方を「ひょっとしたら、うちの子も事故に遭うかもしれない」と思わせなければ、予防する行動にはつながりません。すなわち、保護者の意識を変容させることが最も重要な保健活動なのです。

 傷害には、死亡、入院が必要なもの、外来受診が必要なもの、家庭で処置をするもの、家庭で処置の必要もないもの、ヒヤリハットがありますが、傷害予防において優先度が高い傷害とは、1)重症度が高く、後遺症を残す確率が高い傷害、2)発生頻度が高い傷害、3)増加している傷害、4)具体的な解決方法がある傷害です。すなわち、医療機関を受診することが必要な傷害を予防する必要があるのです。

4.2「3つのE」

 事故死は予防可能性が高く、ほとんどの事故死は予防できると考えるべきです。傷害予防の基本として、3つの側面からのアプローチが重要であるとされています。1)製品・環境デザイン(Engineering)、2)教育(Education)、3)法規制(Enforcement)の3つです。英語の頭文字をとって3Eアプローチと呼ばれています。これらをうまく組み合わせることが重要です。

 法制化、あるいは規制化は、事故を予防する上で最も効果がある方法の一つです。法規が十分施行されている場合は、その効果も大きくなります。違反すると逮捕されて罰則が適用される場合には効果が高くなり、法規に自主的に従うことを期待しているような場合にはほとんど効果はありません。法の制定や規制をする前には、その根拠となる科学的なデータが必要となります。そして、モデル法案の作成、公聴会を開いて専門家の証言を聞き、さらには法の効果について評価するなどの過程が必要となります。

 WHO(世界保健機関)では、製品や環境のデザインで解決できるものは、まず、それを実施することを優先する必要があると述べています。その上で、残った危険に関して教育や運用のルールを作って対応していくことが原則です。

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 図に「効果のある傷害予防(3E)」と「効果のない傷害予防(3I)」として整理しました。校長先生や園長先生を処罰する(個人の責任にする:Individual)、実際には見守りで防止できない傷害を見守る(非科学的で無理な傷害予防:Impossible)、3Eに基づかない周知徹底や謝罪(その場しのぎ的対応:Instant)などは、傷害予防上は効果のないアプローチ(Ineffectiveなアプローチ)であり、頭文字をとって、ここでは3Iと呼んでいます。3Iは、筆者らのグループの造語です。効果のない傷害予防(3I)ではなく、効果のある傷害予防(3E)を採用することが大切です。

 傷害予防の原則は、傷害が起こった状況を「変えたいもの」、「変えられないもの」、「変えられるもの」の3つに分けて考えることです。変えたいものは、重症度が高い傷害の発生数、傷害による死亡数などですが、これらは直接、変えることはできません。子どもの年齢、発達段階、天候、季節、時間などは傷害の予防を考えるときに重要な情報ですが、これらも変えることはできません。製品や環境、製品の配置などは、われわれが直接変えることができます。すなわち傷害予防とは、傷害に関わる要因の中から、「変えられるものを見つけ、変えられるものを変えることによって、変えたいものの発生頻度や重症度を変えること」なのです。

5.予防活動の評価が不可欠

 事故の予防活動を評価するためには、適切な指標の設定が不可欠です。指標として、「注意していますか?」など、漠然としていて数値化できないものは指標にはなりません。

 予防活動の評価は、1)傷害の発生数、発生率の減少、2)事故による傷害の重症度(通院日数、入院日数、医療費など)の軽減を数値で示すことです。

 これまで、子どもの事故予防としていろいろな啓発資料が作られ、健診の場などで配布されたり、消費者庁から注意喚起が行われてきましたが、それらの活動の効果は評価されていません。「冊子を配布した数」、「アクセス数」などが示されることがありますが、それらは効果評価ではありません。これからは、「伝えた」ではなく、「伝わった」に評価法を変える必要があります。

 一方、交通事故についてみると、警察が細かく現場検証をし、その情報が交通事故総合分析センターに送られ、そこで詳しく分析されます。その結果から対策が考えられ、例えば、違反の項目を増やしたり、罰金の額を上げるなど具体的な対策を行います。翌年に、新しい対策の効果を数値で評価しています。すなわち、PDCA(Plan→Do→Check→Action)が稼働しており、きちんと効果評価が行われています。交通事故と同じように、子どもの傷害についても対策を考えて実行し、継続して評価していく必要があります。そして、傷害の程度が軽減した、事故件数が減少したなど、サクセスストーリーを示していく必要があります。

おわりに

 もはや、「注意しましょう」、「ちょっとした気配り」などの標語で事故を予防する時代ではありません。これからは科学的に評価できる指標を設定し、数値化された指標値について経時的に計測していく必要があります。現在、プレシジョン・メディシン(個別化医療)の取り組みが注目されていますが、予防領域においてもプレシジョン・プリベンション、すなわち、対象とする人の個別の状況に応じた予防活動を展開する必要があります。新しいツールとしてSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などを利用した指導法の開発などが望まれます。また、救急隊、医療機関、警察などで個別に集められている事故情報を連結して検討し、予防に繋げる必要もあります。いずれ、これらのデータはオープン・データとして公開し、社会に還元する必要があります。

 われわれは、「安全とは、事故や危険がなくなった状態のことではなく、事故や危険を知識化の対象としてとらえ、事故や危険を扱う能力を備えた状態である」と定義しています。実際に起こった事故を科学的に検証し、エビデンスを提示すること、そして傷害の予防に注目する社会的な流れを作り、政策に結びつけることを目標にして活動しています。

 最後に、今回ここに書いたことは、産業技術総合研究所の西田 佳史さん、北村 光司さん、本村 陽一さん、大野 美喜子さん、Safe Kids Japanの太田 由紀枝さんらと一緒に取り組んだ結果であることを申し添えておきます。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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