厚生労働省の就職氷河期世代活躍支援プランを少しでも意味のあるものにするために
安倍首相が打ち出してきた就職氷河期世代への施策が見えてきた。
今後3年間で集中的に対策をするというものだ。8050問題や中高年ひきこもりにかかるニュースの陰で、厚生労働省から就職氷河期世代活躍支援プランの概要が公開された。
第2回2040年を展望した社会保障・働き方改革本部 資料のなかの、「資料2」「資料3」で主なプランが見て取れる。対象者を非正規雇用を中心とした不安定就労状態と無業状態の若者とし、35歳から44歳までの方を想定しているようだ。
このプランにおいて大きな項目として掲げられているのが以下の三点だ。
1. 地域ごとのプラットフォームの形成・活用
2. 就職氷河期世代、一人ひとりにつながる積極的な広報
3. 対象者の個別の状況に応じたきめ細やかな各種事業の展開等
都道府県レベルでは、労働関係機関を中心に各界でプラットフォームを形成する。経済団体という言葉とは別に、「(人手不足)業界団体」というワードが別に準備され、都道府県ごとに事業計画とKPIを設定させる。
また、地域レベルでは福祉と就労をつなぐため、さまざまな社会資源、地域資源を集約させていくとある。これらのプラットフォームを活用して、就職氷河期世代に情報を届け、多様な課題、ニーズに応えていくようきめ細やかな事業を展開していくとある。
就職氷河期世代に向けた施策でなく、どのような世代への施策でも比較的よく記述される内容であると感じる。そのなかでも「(人手不足)業界団体」が、経済団体とは切り分けられているところに違和感がある。
特に建設、運輸、介護分野を想定しているようだが、安定性を担保するための正社員、そして就職氷河期世代を正社員として迎えやすい業界からという意図だと考えるが、それらの分野で働かれている方から、また、就職氷河期世代で対象となっている若者からはどのように見えているのだろうか。
特に対象である若者が特別これらの分野での就業を期待しているという話は聞いたことがない。もちろん、支援現場において建設や運輸、介護分野で働きたいという若者はいるが多くはないという認識だ。
そして、具体的には10の支援プログラムを組み合わせると言う。
(1)民間事業者のノウハウを活かした不安定就労者の就職支援
(2)ハローワークに専門窓口を設置、担当者によるチーム支援を実施
(3)業界団体等と連携し、短期間で取得でき、安定就労に有効な資格等の習得を支援
(4)働きながらでも無料で受講可能な訓練の提供
(5)就職氷河期世代に特化した求人の開拓、マッチング、助成金の活用促進
(6)職場での実務を通じて適性や能力を摺り合わせる機会、座学と実務による訓練機会の提供
(7)地域若者サポートステーションの取組強化
(8)支援が必要なすべての方に支援を届ける体制の強化
(9)地域共生社会の実現
(10)短時間労働者等への社会保険の適用拡大
支援プログラム一つひとつにここでは触れないが、厚生労働省が描く全体像から見て、少しでも実効性または効果性を高めるための提案をしたい。
情報をクラウド上で一元化する
プラットフォームの話となると多くの場合協議会が設置され、本会および分科会でネットワーク会議が開かれる。顔の見える関係性の重要性は否定しないが、会議および会議にかかる資料作りや移動時間に相当の負荷がかかる。
また、それぞれのステークスホルダーはこれに限らず、似たような会議で顔を合わせることも多く、テーマが少しだけ異なる類似会議に忙殺されるよりは、対象者に向き合い、伴走する時間を確保したい。
何より顔の見える関係をもとにしたネットワーク形成は重要であるものの、ひとを「つなぐ」にあたって、対象者の困りごとやこれまでの経緯を新しい場所を紹介されるごとに聞かなければならない状況は、対象者を疲弊させるとともに、内容によっては自尊心を大きく傷つけることになる。
それでも相談窓口の担当となれば、何も聞かないわけにはいかず、「すでに何度も聞かれているかもしれませんが・・・」と同じことを繰り返し聞かなければならないことに心を痛めているはずだ。何より、対象者自身にダメージが蓄積され、相談疲れが懸念される。
それであれば各機関が個々に情報を管理するのではなく、クラウド上で一元的に情報を集約し、閲覧権限を設定することで、窓口担当のレベルで見られるものと、責任者レベルが見られるもので見られるものにわければいいだけのことだ。
専門機関の連携による包括的な支援体制の構築という理念に対して、何度も同じことを聞かれ、その度ごとに辛い経験を語らなければならない対象者、それを聞かなければならない相談員の負担を極力減らしてほしい。
実費負担の原則を越える
就職活動、職業訓練、支援機関の往復には交通費を含む実費がかさむ。低収入または無収入であると、この支援プランに乗るコストは相対的に高くなってしまう。そもそも家族など経済的に支えてくれるひとがいるかどうかではなく、その個人が経済的に厳しいのであれば、この部分を負担することなく、いくら機会を提供しても活用することは難しい。
インターネットを使って、一定程度の負担を下げる工夫をすることもできるが、電車や車での移動を大きく伴う地域で、十分な機会を得るためには対象者が課される「実費負担の原則」を越えなければならない。
育て上げネットでは、個人や企業の寄付を活用して、支援を希望する若者にプログラムを無料で活用できる枠組みに加え、自宅と場の往復やインターンシップにかかる交通費の提供を始めたところ、これまで「来ない」のではなく、「来られなかった」若者と出会うことが可能になった。
彼らは、働くことを望み、支援プログラムを受けたいと考えていたが、交通費など実費コストを負担することができないままであった。また、ある公的機関と民間機関が集まる会議で交通費負担を発表したところ、ある公的機関の責任者が、公的機関として別の公的機関を紹介したくても、相手の経済的事情を把握していると他所を紹介できなくて困っていたという話もあった。
一般的に公的施策は利活用が無料となるが、受講料や使用料が無料だから誰もが活用できると考えるのは間違いだ。利活用無料に加え、実費負担の原則を越えていく施策を願いたい。
多様な人材と仕事ができるように
このプランでもハローワークでの人材拡充やアウトリーチ(訪問)要員の配置が明記されている。対人支援において、支援現場にひとを増やすことそのものが間違いと言うわけではないが、その多くが「直接雇用」に限定され過ぎている。
本施策が当初から3年と集中期間を定めていることから、3年間は国も支援するが、そこから先は地方自治体へと受け渡していくことが想定される。第一に、3年という期間が見えている場合、中長期での人材育成プランは描きづらくなる。
特にアウトリーチ要員とあるように、対象者が来所することが困難である場合、自宅や自宅付近に訪問するというのは、非常に難易度の高い行為だ。そもそも訪問支援を専門に、十分な経験を積んでいる人材がどれほどいるのか。また、いたとしてもすでに多忙を極めていることは想像するに容易く、期間限定の職場に転職してくることも考えづらい。
十分な経験を持つ人材がいなければそもそも困難度の高い対象者の役に立つことはできず、人材を育成することもできない。そもそも育成のための期間も担保されていない。ここで直接雇用という縛りが、他機関に所属する専門家とともに仕事をすることを妨げる要因となる。
それであれば一定のルールのもとで、他機関からの出向を受けられたり、柔軟な働き方を可能にする多様な契約形態を認めていくことで、限られた高度な知識と経験を持つ人材とともに仕事ができる枠組みを作ることが現実的だ。
私たちのところにも、特定の職員に対して出向のような依頼を受けることがあるが、直接雇用以外が不可ということで、正規雇用契約の職員をこちらで週3日、出向先で週2日と、それぞれの職場で非常勤契約をするしかないため、どうにも協力しようがないということがよく起こる。
政府としては予算を確保するところで役割を終え、あとは現場での運用に任せるという立場かもしれないが、その運用が硬直的となり現場がうまく回りづらくなっているところまでも目を向けていただきたい。
私自身はこれらの施策を行うにあたって正社員転換政策、被雇用政策だけではうまくいかないのではないか、と考えている。ひとつのゴールとして就職(雇われる)を立てるのは、少なからず「働きたい」「正社員になりたい」若者が存在するため、間違っているとは思っていない。
しかし、それは就業や正社員化を目指す若者の希望に伴走すればいいだけの話だ。KPIが就職者数、就職率となれば、誰もがそれを基準に事業進捗を見るようになる。支援プログラムが自由度高く構想されていても、運用段階になれば就職支援に最適化されたものに変容する。そして現場で立ち会う相談員も、就職支援に強い人材が求められ、評価されるようになる。
誰もがすぐに働けるわけではなく、雇われて働くことで生きづらくなる若者もいる。提示された支援プログラムの9番目に「地域共生社会の実現」を掲げている。私はここに期待したい。地域共生社会の実現は、必ずしもすべての若者が正社員で、雇われて働くことの実現ではないはずだ。
政府や自治体がKPIで就職者数を掲げなくても、出会った若者が「働く」を望めば支援者はそこに向かって伴走していく。そうでない場合は、何がそのひとのためになるかを考えて、行動していくはずだ。すべてがうまくいくことばかりではないにせよ、誰かの役に立つことを望むひとたち、支援者をもう少し信じてみてもいいのではないだろうか。