岸田政権の掲げる「新しい資本主義」は、いつ沈むか分からないタイタニック号ということか
フーテン老人世直し録(611)
神無月某日
就任後初の所信表明演説で岸田総理が力を入れて語ったのは「新しい資本主義の実現」だった。「何が新しいのか」と思って聞いていると、要するに新自由主義による格差拡大から脱却し、「分厚い中間層」を作るために分配に力点を置き、「成長と分配の好循環」を作るというのである。
分配に力点を置き「分厚い中間層」を作るというのは野党の主張と変わらない。違うのは野党が「分配することで成長させる」と主張しているのを、「成長も、分配もやる」と成長と分配を車の両輪にしていることだ。そして「成長と分配の好循環」を成し遂げるという。
しかし「成長と分配の好循環」は安倍元総理も語っていた。「アベノミクス第一幕」でデフレから脱却するため大胆な金融政策で円安株高を実現したが、その結果、富裕層に富が集中し、格差の拡大が問題視される。
すると安倍元総理は「アベノミクス第二幕」で「成長と分配の好循環」を言い出し、企業に賃上げを要求した。賃上げは労働組合が要求するものだが、安倍政権下では政府も企業に賃上げを要求し「官製春闘」と呼ばれた。
しかし安倍元総理の狙い通りに賃金は上がらず、「成長と分配の好循環」は実現しなかった。それを岸田総理はどうやって実現するのか。所信表明によると、賃金分配率を上げた企業の税金を支援する他、株主のため四半期ごとに企業が決算を開示する制度を見直し、企業の負担を軽くすると言う。さあこれで本当に賃金は上がるだろうか。
フーテンの手元に1997年を100とし、その後20年間の各国の実質賃金の推移を示すOECD(経済開発協力機構)の図表がある。主要先進国で下がり続けているのは日本だけだ。スウェーデンやオーストラリアは20年間で3割以上上昇し、フランス、英国、デンマークは2割以上、ドイツ、米国は1割以上上昇した。その間に日本だけが1割以上実質賃金を低下させている。
1997年は橋本龍太郎政権だが、その後の小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎政権と実質賃金は下がり続け、小泉政権後期の2005年、06年に少し上がるが、安倍第一次政権でまた下げに転じ、2009年の民主党政権誕生で上昇するも、2012年の第二次安倍政権で再び下がった。
フーテンがいつも言うことだが、「平成」は日本経済が劇的に転落した時代である。「昭和」の日本は「貿易立国」を掲げ、製造業で米国を圧倒し、1985年には世界一の債権国(金貸し)に上り詰めた。反対に米国が世界一の債務国(借金国)に転落したことから、米国の逆襲が本格化するのが平成の時代である。
「昭和」の成功がそのまま表れた平成元年(1989年)は、世界時価総額ランキングで、上位10社のうち7社が日本企業だった。世界1位はNTT、2、3、4、5、7位が日本の銀行、9位が東京電力だ。外国勢は6位にIBM、8位にエクソン、10位にロイヤルダッチ・シェルが入っただけだ。
それが30年後の平成31年(2019年)に、上位10社に日本企業は1社も入っておらず、上位50社中43位にトヨタ自動車が1社入っただけだ。米国や中国に負けているだけではない。韓国や台湾企業の方がトヨタより上位にランクされている。
平成元年には上位50社の64%、32社が日本の企業だった。それがたった1社になったのだ。平成の30年間にどれほど日本の経済力が落ち込んだかが分かる。ところが日本の中にいると、バブル崩壊直後の劇的な経済混乱は記憶していても、その後も賃金が下がり続けていることに対する危機感が希薄だ。
日本のGDPが中国に抜かれ「世界第2位の経済大国」から「世界第3位」になったのは平成22年(2010年)だが、平成30年(2018年)には国家の豊かさを表す国民一人当たりGDPで韓国に抜かれた。
自分たちの経済力を世界第3位だと思って韓国を上から目線で見る日本人がいるが、もはや韓国の方が日本を上から目線で見ていることに気付かなければならない。
フーテンに言わせれば、「昭和」の日本人はひたすら「坂の上の雲」を追い求めて貪欲だった。しかし昭和の末期に「坂の上に到達した」と錯覚したところから、米国の逆襲になすすべがなく、転落を食い止めることができなくなった。
「昭和」の成功神話はもう戻ってこない。現在の日本は「昭和」とは異なる地平に立たなければならないのだが、成功の余韻がまだ列島全体を覆っていて、日本人は危機を直視することができない。だから米国の逆襲にどう抗していくかの戦略が立てられない。
なにより安全保障をすべからく米国に委ねているのだから、米国の言うことを聞く以外に生きていく方法がない。それを知っているから米国は「日本に憲法9条を守らせろ。9条は米国に経済的利益をもたらす」と言う。だから安倍元総理の憲法改正は9条を廃止しない。9条を残したまま自衛隊を明記するという。
「昭和」の日本は9条を利用して経済的利益を得た。宏池会を中心とする保守本流の「軽武装、経済重視」路線がそれだ。メディアを動員して国民に9条の大切さを教え、その憲法を護る役目を野党に負わせ、広汎な大衆が護憲を支持するようにして、米国が日本に対し軍事的要求を強化すれば、たちまち中ソに近い野党が政権を握ると米国を脅した。
しかし野党第一党の社会党は常に選挙で過半数を超える候補者を擁立しない。従って絶対に政権交代は起きない。それに国民も騙されたが米国も騙された。日本は軍事負担を減らして持てる力を経済力の強化に充てることができた。それが高度経済成長のカラクリである。しかしこのカラクリは東西冷戦構造が終われば終わる。
だから東西冷戦構造の「昭和」の時代に日本経済は目覚ましい成長を遂げ、東西冷戦構造が終わった平成元年から日本経済は衰退に向かった。それを自覚しないと日本の衰退は止められないというのがフーテンの考えだ、だが残念ながらこのカラクリを理解する人がほとんどいないのが現実だ。
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