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身長178cm、流暢な英語、グッチの靴――金正恩氏が敵視する男の手触り感

西岡省二ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長
YouTubeに投稿されたハンソル氏の動画=筆者キャプチャー

 北朝鮮の現体制打倒を掲げる団体のリーダーが、2017年2月に金正男氏が殺害されたあと、息子ハンソル氏を保護した際の様子を語り、16日付米誌ニューヨーカーに掲載された。ハンソル氏については昨年、「米国在住」と報じられたことがあるが、現在の居場所はわかっていない。

◇母親は「美しい中年女性」

 ハンソル氏を保護したのは「自由朝鮮」のリーダー、アドリアン・ホン・チャン氏。ハンソル氏とは2013年にパリで知り合った。この時、ハンソル氏はグッチの靴を履いていたという。その後、ふたりは接触を続けた。チャン氏は「あれほどたくさんのお金を持っている子供に会ったことがない。金正男氏は生涯、多くの現金をためこんでいた」と振り返った。

 ハンソル氏は父親が殺害されたあと、自宅を警備していたマカオの警官がいなくなったことに気づいた。そこでチャン氏に「母や妹とともに、できるだけ早くマカオを離れる必要がある」と伝えてきた。

 チャン氏は当時、米国にいたため、団体のメンバーに、ハンソル氏らが向かっていた台北の空港に行くよう指示した。早朝、ハンソル氏は母親や妹とともに空港に到着した。顔を覆うために衛生用マスクを着用していた。

 ハンソル氏は身長約5フィート10インチ(178cmほど)。長袖のシャツとコートを着て、スーツケースを転がしていたという。母親は美しい中年女性。妹はジーンズを履き、10代後半のように見えたそうだ。

 メンバーは、ハンソル氏や妹とは英語で、母親とは朝鮮語でそれぞれ会話をした。母親が「私たちにいったい、何が起こるか」と口にした際、ハンソル氏はメンバーを指して「私は彼を信頼している。なぜなら、チャン氏を私は信頼しているから」と語ったという。

 メンバーは、個室のある空港ラウンジに家族を連れて行き、一つの部屋に母親と妹を案内した。タブレット端末を渡し、動画配信サービスのネットフリックスを開いたという。妹の英語は流暢で、典型的な米国のティーンエイジャーに思えたそうだ。

 ハンソル氏はメンバーと別の部屋に入った。1時間後、メンバーはチャン氏から連絡を受け、「ハンソル氏と家族の受け入れについて、三つの国と交渉している」と伝えられた。

◇台北滞在18時間

 その日の深夜、チャン氏はメンバーに「ある国が受け入れに同意した。オランダの首都アムステルダム郊外のスキポール空港に向かう便のチケットを3枚購入した」と伝えた。

 メンバーは3人を護衛しながら搭乗ゲートまで行き、係員にチケットとパスポートを渡した。だが係員がパスポートをチェックした時、驚いて反応し、「乗れない。手遅れだ」と口にした。メンバーがゲートで並んでいる人たちを見ながら「まだ搭乗しようとしている人がいる」と叫んだ。

 結局、メンバーと3人はラウンジに引き返した。

 その数時間後だった。米中央情報局(CIA)職員を名乗る2人の男性が現れた。「ウェス」という名前の韓国系米国人と、年配の白人男性だった。ふたりはハンソル氏と話をしたいという。メンバーはハンソル氏に向かって「何が起こっているのか理解できるまで、誰とも話すべきではない」と念押しした。

 翌朝、空港係員が到着した。彼らは友好的で、メンバーがアムステルダム行きの新しいチケットを予約するのを手伝った。ハンソル氏は安心した様子だった。

 この時、「ウェス」はメンバーに「飛行機に同乗して家族に同行する」と言った。心配したメンバーは、ハンソル氏と別れる際、携帯電話を使ってハンソル氏の動画を撮影した。メンバーはこの動画を「我々がハンソル氏を誘拐したわけではない、ということを証明するためのもの」と意義付けた。動画はこの3週間後、動画投稿サイトYouTubeにアップされた。

 結局、ハンソル氏らの台北滞在は約18時間だったという。

 スキポール空港では、オランダの人権弁護士の支援を受けた自由朝鮮のメンバーが入国ゲートで待機していた。だがハンソル氏らがゲートを通り抜けることはなかった。

◇「住民が豊かな暮らしを送ることができるようにしたい」

 ハンソル氏は10代のころから「金正日総書記の孫」「金正恩朝鮮労働党委員長の甥」として注目されてきた。

 ボスニア・ヘルツェゴビナにあるインターナショナルスクールに在学していた2012年10月、フィンランドのテレビ局のインタビューに応じ、流暢な英語で「父(金正男氏)は政治に関心がなく、母は一般市民の出身」と話していた。金総書記や金委員長についても「会ったことがない」と明かしていた。当時は「大学卒業後は人道主義活動に取り組みたい」と語るとともに「いつか母国に戻り、住民が豊かな暮らしを送ることができるようにしたい」と、含みのある表現を使っていた。

 その後3年間、パリで政治学を学び、オックスフォード大大学院に入る予定だったが、父親が殺害されたことに伴って、進学を断念したと伝えられている。

 団体メンバーが撮影したYouTube動画では、ハンソル氏は北朝鮮旅券を提示して、自身の身元を明らかにしていた。この時、安全な場所への移動を支援してくれたとして、オランダ、中国、米国の各政府に謝意を表明していた。

ジャーナリスト/KOREA WAVE編集長

大阪市出身。毎日新聞入社後、大阪社会部、政治部、中国総局長などを経て、外信部デスクを最後に2020年独立。大阪社会部時代には府警捜査4課担当として暴力団や総会屋を取材。計9年の北京勤務時には北朝鮮関連の独自報道を手掛ける一方、中国政治・社会のトピックを現場で取材した。「音楽」という切り口で北朝鮮の独裁体制に迫った著書「『音楽狂』の国 将軍様とそのミュージシャンたち」は小学館ノンフィクション大賞最終候補作。

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