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核心部分のネタバレは避けたい。しかしその方策への注意を深く考えさせられた『怪物』

斉藤博昭映画ジャーナリスト
カンヌ国際映画祭で是枝監督を挟んだキャストの柊木陽太(左)と黒川想矢(写真:REX/アフロ)

公開前の映画に関する「ネタバレ」は近年、さまざまな作品で問題になることが多い。

是枝裕和監督の新作『怪物』でも、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

これから映画を観る人に、ストーリーはできるだけ知らないで向き合ってほしい。多くの作り手、また作品の送り手はそう考える。原作や元ネタがある作品では、ある程度、観る人も事前に「わかっている」。しかしまったくの新作は、ジャンルにもよるが、とくに終盤の展開を知らなければ、感動や興奮、サプライズは大きなものとなる可能性が高い。余韻も深くなるはずだ。

しかし、どんな物語なのかは、あらかじめ伝えておかないと、そもそも作品に興味をもってもらえない。新作映画は、そのあたりの匙加減をうまく行って、宣伝活動がなされる。

とくに近年、公開前のマスコミ・関係者向けの試写では、ネタバレをできるだけ回避するため(もちろん作品によってだが)、「公開前の紹介やレビューに、これは書かないでほしい」と案内されるケースが増えた。

かつてはミステリーにおける真犯人や犯行トリック、ラストでのドンデン返しや衝撃映像などは、紹介する側も暗黙の了解で気を遣っていた。しかしネットやSNSで瞬時に情報が拡散される時代になり、ネタバレの基準はかなり変わってきた。一般に劇場公開されてしまったらネタバレは仕方ないが……。

直近の例だと『ワイルド・スピード/ファイヤーブースト』のマスコミ試写では、「エンドクレジットの映像に関しては、公開まで内緒に」というお願いがあった。たしかにあれは、公開初日に観た人へのサプライズとして、とっておくべきものだろう。『THE FIRST SLAM DUNK』のように、劇場公開前、マスコミ試写を基本的に一切やらず、成功したケースも。

『怪物』のような作品は、とくに注意が必要だ。核心となる部分をできるだけ知らないことで、最初のパートでの混乱を存分に体感できたりするからだ。

ここで問題になったのは、最初のマスコミ試写の段階で、映画会社側が「公開までここを伏せてほしい」とお願いしたのが、セクシャルマイノリティに関する内容だったこと。これは結果的に作品の重要なパートだが、「そこを隠して売ろうとしている」、「その要素をサプライズに使っているのか」などという批判の声が上がり、すぐに「ここから後の展開は伏せてほしい」と、お願いの文面が変更された。

たしかにネタバレがその部分か…というのはセンシティヴである。一方で宣伝としての「できるだけ知らないで観てほしい」という意図もわかる。ひじょうに難しい線引きではあったと感じる。

しかし『怪物』は、出品されたカンヌ国際映画祭でクィアパルムを受賞する。これはLGBTやクィアを題材とした作品に贈られるもので、日本映画では初の快挙。このニュースによって、ネタバレとしてお願いされた部分は開示された。同時にカンヌの会見で、是枝監督の「LGBTQに特化した作品ではなく、少年の内的葛藤と捉えた」という言葉が切り取られ、「では受賞にふさわしいのか」という声も上がる。たしかに「特化した」作品ではないので、監督の気持ちもわかる。しかし公開直前までできるだけ隠しておきたいほど、重要な核心だったのも事実で、そのあたりで混乱が生じていた気もする。

カンヌから帰国した後の会見では、是枝監督が「LGBTQの子供たちを支援している団体の方に脚本を読んでもらい、演出上の注意点を聞き、現場にはインティマシーコーディネーターに入ってもらった」と細心の注意を払って、真摯に向き合ったことを語っている。子供たちの年齢(11歳という設定)でのセクシュアリティの自認についてもアドバイスをもらって、脚本からカットした部分もあるという。

そして、6/2に日本で劇場公開された『怪物』。反響を見ると、さまざまな方向に分かれている感触である。その中には「カンヌのクィアパルムの情報を知らなければ、もっと楽しめたかも」と、ネタバレ回避できなかったことを悔やむ感想もあるし、子供たちの関係描写に関しては賛否両論も見てとれる。ただ全体の構成、演出や演技は絶賛しているものが多く、だからこそ描ききれていない部分への不満が散見されたりもする。

こうして、さまざまな意見が出ること、観る人によって大きく印象が異なるのも、映画の美点である。『怪物』のような作品では、改めてそんな事実を突きつけられるだろう。それをふまえれば、少なくとも「自分の目で確かめるべき」数年に一本の作品であるのは間違いない。

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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