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かくも日本人の神経を逆撫でする2020東京五輪

田中良紹ジャーナリスト

 最後の落としどころは無観客での開会式ではないか。前回のブログ「天皇は現状での東京五輪開催に心を痛めておられる」を書いた時、心の中でそう思った。

 五輪憲章では、開催国の元首が開会式で祝意を述べ、開会を宣言することになっている。通常であれば天皇は開会式に出席して開会を宣言する。しかしコロナ禍での東京五輪は通常の五輪とは異なる。

 まず海外からの観客がゼロになった。そして国内の観客も最大で1万人という制限が設けられた。ただし開会式だけは例外で、各国元首や大会スポンサーの招待客などおよそ1万人が観客とは別に出席できるという。

 各国元首など世界のVIPが出席する開会式となれば、天皇も儀礼上出席せざるを得ないだろう。しかし国内の観客はその開会式への参加を制限されている。そうした中で祝意を述べなければならないことに天皇は心を痛めておられると私は書いた。

 国民と共に歩む姿勢を示すことが、象徴天皇制として大事なことだと考える立場からすれば、まず国民に犠牲を強いる中で祝意を述べなければならないことに抵抗がある。そして海外も含め大勢の観客の前で開会を宣言するならともかく、限られた観客とそれに匹敵する数の大会関係者の中だけで開会を宣言することにやはり抵抗がある。

 私は天皇が今年の「全国植樹祭」にリモートで挨拶をされたように、コロナ禍の中ではリモートでの開会宣言を望まれているのではないかと思った。そのためには開会式も無観客でやることが望ましい。しかしIOC(国際五輪委員会)をはじめ五輪関係者は、無観客でやることに抵抗を示しているようだ。

 無観客での開会式では「コロナに負けたことになる」という理屈もあるが、本当の理由は巨額の資金を五輪に投じたスポンサーの機嫌を損ねたくないというのが真相だろうと思う。

 とにかくIOCは「カネ、カネ、カネ」なのだ。IOCと1兆円を超す五輪放映権の独占契約を結んだ米NBCテレビの経営者は、東京五輪は史上最高の売り上げを記録することになると豪語している。従ってIOCと米NBCテレビにとって東京五輪中止はあり得ない。

 コロナ禍によって外出自粛を強いられてきた人々が、五輪放送に飛びつくことは火を見るより明らかで、高視聴率が期待され、それだけ利益が上がると計算されている。そして日本の東京五輪組織委は、国内で63社というかつてなく多くのスポンサーを集め、過去の五輪で最高額となる3兆8500億円を投入したと米国の経済学者アンドリュー・ジンバリスト氏が分析している。

 日本が3兆円を超える巨額資金を投入したのだから、「東京五輪が消えてなくなることは考えられない」とジンバリスト氏は言う。さらにもし中止になれば、2年おきに五輪を開催するだけが仕事のIOCは、その存在意義に疑問符が付き、存続が危ぶまれる。だから中止はあり得ないのだという。

 一方、6月27、28日に実施された朝日新聞社の世論調査では、東京五輪の「この夏の開催」を支持する者が38%、「中止」が33%、「さらに延期」が27%だった。そして「この夏に開催する」場合、「無観客」に賛成が64%、「観客を制限する」が30%である。「無観客」賛成が圧倒的に多い。

 この世論調査では、今年夏の開催を支持しない者が6割もいるが、「カネ、カネ、カネ」の理由で中止や延期ができないのであれば、「無観客」での開催が次善の策になる。その経済的損失は日本側が負うことになるからIOCの懐は痛まない。

 そして東京五輪名誉総裁である天皇も、無観客の開会式になればリモートで開会を宣言することになり、コロナ禍で国民が参加できない東京五輪への参加の形としては、いささかではあるが心の痛みを和らげることが出来るのではないかと私は考えた。

 願わくは、天皇の心の痛みが各国元首に伝わり、開会式への参加を見合わせる動きが出て、日本国内のスポンサーもそれに倣って参加を自粛し、観客がいない中での開会式が実現すれば、それはコロナ禍での五輪開催を象徴する。しかしそれに抵抗する動きが出る可能性もあり、どうなるかはまだ分からない。

 ただ東京都のコロナ感染状況を見ると、感染者は増える傾向が顕著で、開会式を前に緊急事態宣言が発せられてもおかしくはない。菅総理は来週後半に「無観客」を決断するという情報も流れてきた。

 言ってはならないことだが、宮内庁長官が「天皇の懸念を拝察した」と記者会見で発言した2日前に、菅総理は天皇と2人だけで面会している。そこから「無観客」の流れになったとも考えられるのだ。

 菅総理は、安倍前総理やバッハ会長と異なり、「1年延期」を決めた責任があるわけではない。中止ができないなら、次善の策として「無観客」を決断する可能性はあると私は考えている。

 それにしても、どうして日本人はこれほど東京五輪開催を巡って頭を悩まさなければならないのか。米NBCテレビの経営者は「ロンドン五輪でもリオ五輪でも国民には反対の声があった。しかし開会式が始まればみなそのことを忘れて五輪を楽しんだ。今度もそうなる」と楽観的見通しを語るが、それらの例はコロナ禍のパンデミックと同じではない。

 さらに言えば、IOC幹部らからは日本人の神経を逆撫でされる発言を聞かされ続けた。バッハ会長は「日本国民は歴史を通じ不屈の精神を見せてきた。困難な状況にある五輪を可能にするのは、唯一逆境に耐え抜いてきた日本国民の能力」と歯の浮くようなセリフで犠牲的精神を強要した。

 バッハ会長は日本国民が逆境に耐えた歴史について、それが何かを語っていないが、私は米国による原爆投下をまず思った。日本国民は世界で唯一悪魔の兵器を投下されたにもかかわらず、米国を憎まず、それどころか米国に安全保障の全てを委ね、自分は経済だけに専念して復興を成し遂げた。

 だからコロナ禍に遭遇しても、他の国なら不可能な五輪開催を不屈の犠牲的精神でやり遂げるはずだとバッハ会長に言われているようで、私は極めて不愉快になった。そのバッハ会長が来週8日に来日し、国連の「五輪休戦決議」期間が始まる16日に広島訪問を希望しているという。

 それを知って、私がバッハ会長の「逆境に耐えた歴史」という言葉で直感した原爆投下が的外れではなかったと思う反面、広島の被爆が2度にわたって汚されたという思いにとらわれた。

 1度目は、米国から原爆を投下された日本人が米国を憎まず、平和憲法によって軍隊を持たず、米国に安全保障の全てを委ねることで、経済に専念して復興を成し遂げたと思われ、それを理由にコロナ禍での五輪開催に犠牲的精神を払うよう求められていることだ。

 確かに日本人は平和憲法によって軍隊を持たず、原爆を投下した米国に安全を委ね、経済に邁進したが、そこには「ウォー・ギルド・プログラム」という新聞とNHKラジオを使った米国の日本国民に対する洗脳工作がある。

 GHQは1945年12月から新聞の全国紙に米国人が書いた「太平洋戦争史」を掲載させ、またNHKラジオで「真相はこうだ」という放送を開始させた。

 それによって日本軍部の残虐さが国民の意識に刷り込まれ、一方で国民には罪がないと持ち上げられて、国民は米国に親近感を感じ、そして国民は米国の原爆投下の罪を忘れた。それが「ウォー・ギルド・プログラム」の狙いで、それはまんまと成功した。

 バッハ会長はそれを知ってか知らでか、とにかく日本国民の犠牲的精神を持ち上げて賞賛すれば、日本人は喜んで犠牲的精神を発揮すると思っているようだ。一方でコーツ調整委員長には「緊急事態宣言中でも開催する」と強い言葉を言わせ、その両方を繰り出せば日本国民は操れると思っているように見える。

 2度目は、「平和」を掲げれば日本人は喜ぶと思わせる広島訪問だ。日本国民は今コロナ禍の中で、県境をまたぐ移動をしないようにと心がけているのに、なぜこの時期に広島を訪れるのか、神経を逆撫でする訪問である。

 一方ではそれが「ノーベル平和賞」を狙った行動だと報道されている。コロナとの戦いに水を差すような東京五輪開催強行なのに、それが「平和賞」を狙うとは恐れ入る。広島を訪れることが免罪符になるというのなら、広島の被爆が軽く見られているようで、なおのこと日本人の神経に触る。

 私はそもそも夏の季節に東京で五輪を開催することに反対だった。中東の砂漠の暑さより東京の暑さは息苦しく厳しいと感じていたからだ。それがコロナのパンデミックに遭遇したので、コロナとの戦いに専念するため返上するのが妥当だと考えた。

 しかし安倍前政権はコロナ禍を甘く見たのか「1年延期」を決めた。それは政治的思惑だけが優先した政治決断である。その決断には政治責任が生ずる。しかし決断した当の安倍前総理は病気を理由に責任を菅総理に負わせ、自らは自派閥の選挙応援に飛び回り、五輪を高みの見物と決め込んでいる。

 東京五輪組織委の森喜朗前会長は「2年延期」を考えていたようだが、安倍前総理の決断で「1年延期」を飲まされた。今となっては「2年延期」の方が妥当だったと思うが、それはもはや言っても仕方のないことだ。

 しかしその「1年延期」が様々な人を悩ませ、天皇の心を痛ませている。そして問題は戦後史をさかのぼり、日本人の神経に触れる話にまでつながった。これは一体だれが責任を負うことになるのだろうか。

ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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