スマホ診療、知ってますか?遠隔医療の現在と未来
病院の診察といえば、体調が悪い中、長い時間待たされることが多いですよね。しかもどの科を受診すればよいかわからず、長時間待ったあげく医師に「これは専門の別の先生にみてもらったほうがいい」と言われまた振り出しに戻る、なんていうことも。病院ってこんなとっても不便なイメージをお持ちだと思います。そうでなくても、住む場所によっては「この町には一人も皮膚科医がいない」などということがあり、電車に乗り遠くの病院まで行かなければならないことも。大変不便です。
ところが最近、このような不便さを一気に解決する「スマホ診療」が話題になっています。筆者は外科の医師ですが、かねてより興味を持っていました。本記事では、まず「遠隔医療」について説明し、そのメリットやデメリットについて医師の立場から意見を述べます。少し長い記事で、15分で読み切れます。
衝撃の「解禁」は2015年夏のことだった
昨年(2015年)の夏のこと。厚生労働省からある衝撃の通達が出されました。それは、「遠隔で患者さんの診察をしてもいいよ」というもの(詳細は下記※1)。その後「やっぱり保険診療では初診(=初めての診察)はダメ、継続して診察するときだけ。あとメールだけとかSNSだけも違法」となった(※2)のですが、それでもこれって大変なことでした。
というのは、それまでは実は医師は患者さんと直接対面することなく診療を行うことは法律で禁じられていたからです(医師法20条)。この通達により、テレビ電話などによる診察が事実上の解禁となりました。それを受けていくつかの企業が「遠隔医療」のサービスを始めたのです。
現在は、プラットフォームのサービスとして7つあるそうです(※3)。
その一つの「ポケットドクター」というサービスについては筆者が実際にデモを試し感想を書きました(「スマホで診察、ドローンが薬を配達する時代」を参照)。
「遠隔医療」とは?
では、遠隔医療とは何なのか。簡単に言えば、「テレビ電話などを使った診察や健康指導」といって良いでしょう。
日本遠隔医療学会は、
と定義しています。
いまどんな病気の人が使っている?
遠隔医療学会の加藤浩晃先生(京都府立医科大)によると、現状は慢性疾患が中心ということです。具体的には、高血圧、花粉症、脂質代謝異常症などの病気に加え、精神疾患の患者さんも使っているそうです。
遠隔医療のメリットは?
では、遠隔医療のメリットは何でしょうか。
・医師への受診が楽になる
・ネット上の不確実な医療情報が不要になる
・医療費が安くなる
順に説明します。
・医師への受診が楽になる
何と言ってもまず、「医師への受診が楽になる」ことが挙げられます。
遠隔医療であればいちいち病院に行かなくても良いので、移動が大変な患者さん(足腰が悪い高齢者の方や、電車に乗ることに苦痛がある人など)は今よりはるかに医師の診察を受けやすくなります。病院というものは、「具合が悪いのにそこ(=病院)に行って診察を待たねばならない」という構造的な欠陥を抱えていますから、遠隔医療はそれを一気に解決します。
・ネット上の不確実な医療情報が不要になる
キュレーションサイトの相次ぐ閉鎖が話題ですが、ネット上の不確実な情報に頼るよりも、医師にすぐメールやテレビ電話が出来ればWELQのようなサイトが流行ることはなくなるでしょう(WELQ問題については私の過去記事をご参照ください)。
・医療費が安くなる
次には、「医療費が安くなる」可能性があるでしょう。これまではいちいち診察室で「ナントカさん、どうぞ」と言って診察していたのが、スマホですぐに出来てしまう。つまり診療所もいらなくなり、かかる経費は通信費だけですから、それだけで場所代、人件費などが大きく削減できます。医者としても、例えば育児休暇中の医師や介護離職した医師などが、家に居ながら外来診察が出来ますよね(※4)。しかも週1日とか、「午前中だけ」のようなフレキシブルな勤務も可能になります。これは言い換えれば「休業中の医師の掘り起こし」というメリットにもなります。それにより、日本全体で必要な医師数は減るかもしれません。それはさらに医療費の抑制につながるでしょう。
遠隔医療の問題点は?
では、遠隔医療の問題点は何でしょうか。順に説明します。
1, 誤診はないか
2, 人違いはないか
3, 貧困層へ届くのか
4, フリーアクセスとのバッティングはないか
1, 誤診はないか
正直なところ、患者さんと対面することなく診察をするのは、筆者はひとりの医師として若干の恐怖を感じます。というのは、診察という行為は医師の五感を使って行うため、触って診察が出来ないうえ、画面では「顔色」や「元気のなさ」を見誤ったり、聴診器の音を電波に乗せて送ってもらってもうまく音が聞こえないなどの危険性があると感じるからです。さらに、これはちょっと変な話なんですが、臨床医というものは少なからず非言語的な「第6感」のようなものを診察に用いることがあります。「検査データはすべて正常だけど何かがおかしい」と感じ、その後患者の容態が急変したような経験は、多くの臨床医が持っています。全くもって非科学的なのですが、遠隔医療ではこんな「医師の勘」も鈍ることになります。このあたりは8Kやいろいろなテクノロジーの進化で、すべて払拭されるかもしれませんが。
2, 人違いはないか
これは前出の加藤浩晃先生のご指摘ですが、遠隔医療では画面の向こうに「本当に本人がいるかどうか」をはっきりさせるのがとても難しいのです。つまり、病院で言われているいわゆる「本人確認」がやりづらいのです。画面の向こうのその人が、その保険証の本人なのかどうか。これはいろいろな認証システムが必要になりそうです。このことは、「犯罪に使われる可能性」と「人違いによる医療ミス」の2つの危険をはらんでいます。ただ、現在は「初めての受診(初診)の時は、保険診療では遠隔医療は使えない」ので、今のところ大きな心配はないようです。
3, 貧困層へ届くのか
筆者はこれを強く心配します。遠隔医療はスマートフォンやパソコンを持っていて、さらにはwi-fiなどの良好な通信環境にいなければ難しいからです。また、「遠隔医療というシステムがある」ことを情報弱者の方々が知ることが出来るかという問題があります。そのような人々にまで届けるような、行政ベースの仕組みも将来的には必要になるでしょう。
4, フリーアクセスとのバッティングはないか
「フリーアクセス」とは、日本中どこでも、そして保険証を持っていれば誰でも簡単に病院に受診できるという意味です。正確な意味については引用します。
これを達成するために、厚生労働省はかつてすべての都道府県に1つ以上の医大を作ったりしたのです。ここでは「フリーアクセス」の中で「日本中に病院がある(=どこにでも医師がいる)」という側面について考えます。遠隔医療が発達し、どこからでも専門医にすぐ診察を受けられるようになったとします。すると、へき地や離島などで大変なコストをかけて運営している小さな診療所は「不要」となり、閉鎖することになるかもしれません。その意味でフリーアクセスと遠隔医療がバッティングするかもしれない、と筆者は心配しています。
しかしこれも上手く全体のバランスを見ながら、完全なビジネスベースのみでなく発展させていけば、フリーアクセスと遠隔医療は相互補完的になるかもしれません。行政の介入がある程度は必要だと筆者は考えます。
安倍さんも後押ししている
政府も遠隔医療を後押ししています。つい先日、安倍総理は未来投資会議でこう発言しました。
政府も推し進めたい分野の一つとして、「遠隔医療」をかなり重視していることがわかりますね。
遠隔医療は未来の医療か
見てきたようにメリットとデメリット双方がありますが、概ね良いことが多いというのが筆者の「遠隔医療」に対する実感です。政府の強く推進する意向もありますし、今後はさらに広まっていくことでしょう。その背景には、「病院は長時間待つもの」として何十年も改善をしなかった我々医療者の怠慢があり、更なる健康を求める日本人の志向があり、スマートフォンを始めとする技術の革新があり、またリスクを取り事業を始めた人たちの熱意があります。「遠隔医療」の更なる発展を祈り、稿を閉じたいと思います。
(謝辞)
取材をご許可下さった日本IoMT学会 代表理事の猪俣武範氏、ご講演内容の引用を快諾下さり、また記事全体にコメントを下さった京都府立医科大学眼科学教室の加藤浩晃氏に御礼申し上げます。
※筆者とIoMT学会および紹介企業の全てに利益相反関係はありません。学会から記事作成の許可を得ています。
※情報源の多くは、筆者が参加した第1回日本IoMT学会総会によります。「IoMT」とは、今流行のIoT(Internet of Things)に'M'、つまりMedical(医学の・医療の)という単語をつけた言葉で、「医療分野に特化した、インターネットに繋がっているスマホなどの機器による情報収集とフィードバック」というような意味です。例えば、iPhoneを高齢者が持っているだけで1日の歩数がわかり、「運動不足ですよ」とか「足が悪くなってきている」などがわかりかかりつけの医師に連絡が行く、などのサービスあるいはシステムを指します。
参考・引用
(※1)情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について(厚生労働省医政局長 平成27年8月10日)
(※2)医政医発0318第6号(平成28年3月14日)
(※3) 第1回 IoMT学会総会
遠隔医療学会遠隔医療モデル分科会長 加藤浩晃先生(京都府立医科大学眼科学教室)の講演から(平成28年12月10日 第1回日本IoMT学会総会)
(※4) 現在の医療法では、医行為が出来る場所は病院や患者さんの家などに限定されており、医師が自宅で医行為をして良いか否かの見解は厚生労働省から出されていません。ですから、この記述は未来への展望にとどまっています。