スマホで診察、ドローンが薬を配達する時代
2015年夏、厚労省は「遠隔医療を認める」旨の通達を出した。これまで硬く禁じられていた、対面でない診察の功罪について医師の視点からまとめた。ベッドの上からスマホで受診し、ドローンが15分後に薬を持ってくる。そんな時代は来るのだろうか。
2015夏の事実上の規制緩和(厚労省通達)
事の発端はこうだ。2015年8月、ある厚生労働省の医政局長からの通達があった。通達とは、法律の改正にまでは至らないものの、解釈の変更や若干の規制緩和などで中央省庁から出されるもの。その通達の内容とは、
だ。
これだけでは意味の通じない文章だが、翻訳すると、長年に渡り医師を「対面診察以外の診察を禁じる」と縛っていた医師法20条(詳細は下記※1参照)を事実上緩和し遠隔診療をしても良い、と言っている。簡単に言えば、医者と患者さんが直接会わなくてもお薬を出したりしていいですよ、ということだ。この通達を受けてIT業界はにわかに騒ぎ始めた。いくつかのIT企業では、ネット診療などの診療サービスを検討し始めたのだ。とはいってもこの通達が出されて約9ヶ月が経ったが、まだ本格的にサービスを始めた企業はない。
医師として感じるのは遠隔医療の危険性
この規制緩和は患者さんと医師がリアルな空間で対面することなく診療することを可能とするものだが、これについて筆者は医師の立場から、幾つかの懸念がある。
まずは「誤診の可能性」だ。診察の能力がどれほど違うのか、対面診察 v.s. 遠隔診察を比較してみる。
医師が行う診察には「問診」つまり色々と問答をして情報を得るという手段と、「視診」(医師が見て判断する)「聴診」(聴診器などで聴く)「触診」(痛い部位などを触る)といった手段がある。これらの情報を医師は自分の頭にインプットし、頭に入っている病気データベースで検索をかける。すると「この疾患とこの疾患の可能性が高い。あと可能性は低いがこの疾患ではないことを確認しておかねば致死的になる」という具合にいくつかのメニューが浮かぶ。そこから1000以上もある病名という大海から少しずつ絞り込み、いくつかの怪しい病気を探り当ててから診断を確定するために必要な検査を選定するのだ。
このプロセスを例えば患者さんと医師がskypeやfacetimeなどの動画通話で行ったらどうなるだろうか。
「問診」はチャットで行うこともできるので、ログが文字として残るという意味で場合によっては現在の外来よりも高い精度で行えるかもしれない。「視診」はその動画の画質によって左右され、例えば今のスマホでやるビデオ通話のレベルだと、対面の4割程度しか得られない印象を筆者は持っている。もちろん皮膚の疾患などで、今のiPhoneくらいのレベルのカメラで撮影した写真を送れば皮膚科医にとっては5割、6割の情報が得られる。
残る「聴診」「触診」はどうだろう。「聴診」は例えば聴診器で得られた音はデジタルデータにして送信し、ほぼ対面診察と同じレベルでのデータが得られるだろう。しかし医師以外に、「これが聴きたい」というオーダーが通じる例えば看護師などがいなければ情報の質としては少し落ちてしまう。
「触診」は、当然だが会っていないので触れず遠隔医療で得られる情報は0割だ。
この他に、臨床医というものは少なからずnon-verval(非言語的)で数値化されない「第6感」のようなものを備えていることが多い。「検査データも正常だけど何かがおかしい」と感じその後患者の容態が急変したような経験は、臨床医ならば誰しも一度はあるに違いない。全くもって非科学的だが、これについても対面診察でしか通用しない。
全てまとめると、筆者の感覚としては「遠隔診察は対面診察の精度の50%」程度ではないかと考える。しかしこれはまだ実際のサービスを使っていないため憶測の域を出ないし、使いながら徐々に高精度になっていくだろう。
一人の患者として感じる大きなメリット
とはいえ、患者さんが遠隔医療で受ける恩恵はかなり大きい。はかりしれないと表現しても良いくらいである。
枚挙に暇がないが、例えば救急医療では救急車を呼んだ方がいいかどうかを真夜中でも連休中でもすぐ相談できるし、へき地医療ではすぐに医師が駆けつけられない時でも医師の診察を受けられる。災害時にはいつもの主治医の診察が受けられなくなることが多いが、他の地域のその疾患の専門家からアドバイスが受けられる。
そのような特殊な場合でなくとも、例えば咳が止まらない時は呼吸器内科医の意見を聞けるだろうし、冷え性で漢方を飲んでいたら漢方の医師に相談できる。
さらには、「セカンドオピニオン効果」も期待できると筆者は考えている。セカンドオピニオンとはもともとがん治療などの領域で、他の専門家の意見を求めて受診することを指すが、これが日常的な風邪や高血圧、痛風などの疾患でも同じことがかなり容易に可能になる。すると、医師たちは常に他の医師の目に晒されることになり、怪しい治療をしている医師は淘汰されていくだろうし、専門外の知識不足のところは患者さんを通じ他の専門家のコメントをもらうことも出来る。つまり医師による医師の相互監視機能(peer review)が働くことで、全体的な診療レベルが上がる可能性が考えられる。これを「セカンドオピニオン効果」と呼んだ。
実際にスタートした遠隔医療サービスの話を聞いた
実際にこの遠隔医療サービスを始めようとしている会社の担当者にお話を伺った。元々医師の人材派遣業を主としていたこのMRTという会社は、「ポケットドクター」というサービスを4月末にリリースし、現在医師の登録を進めている。筆者も実際にデモのシステムを使わせていただいた。
この写真を見ればわかるように、この動画を見れば眼瞼結膜(まぶたをめくった赤いところ。主に貧血の有無を見る)、眼球結膜(しろめの部分。黄疸や充血の有無を見る)はかなりはっきりと見える。一般内科レベルの「視診」であれば、対面診察の70-80%ほどのクオリティは得られるという印象だったので、とても驚いた。使ってみたい、そう思わせるレベルだった。医師としても、空いた時間を診療に貢献できるというメリットは大きいと感じる。
担当者の足達桜さんは「診療だけでなく相談も受けられる健康相談の「予約相談」、「今すぐ相談」もあるのが患者さん、ドクター双方にメリットであると考えています。」と語った。
ドローンと組めばへき地はなくなる
さらにドローンと組めば、タイトルに書いた「スマホで診察、ドローンが薬を配達」という夢のような診療が可能になるかもしれない。ドローンの航行時間が伸びれば、へき地や被災地などにも活用できるだろう。
筆者は台風の季節に離島で医師として診療した経験があるが、台風で海が大時化(しけ)となり船がこないため、薬が来ず採血をとった検体を送れず結果が不明であり、さらに交代の医師がこれず自分も帰ることが出来なくなり島の滞在を延長したという経験がある。もしドローンが離島に行けるほどの航行距離をもてばこのようなこともなくなるだろう。
以上、遠隔医療のリスクと可能性についてまとめた。
<追記>
遠隔医療は、医師と患者さんが対面せずに診療を行う行為だが、実際には一度も医師と患者さんが会うことなく診療を完結するということは医師法違反である。このことが3月14日、厚労省から通達された(医政医発0318第6号)。
つまり、現段階では「ちょっと風邪気味だからスマホで受診しよう」とテレビ電話で受診し、薬を配達してもらうのは違法であるということだろう。少なくとも一度以上通院している患者さんが、定期的な処方薬を求めてスマホ受診をすることは可能であり適法なのだと考えられる。なお、紹介した「ポケットドクター」はこの点についても配慮されているとのことだった。
※筆者は今後「ポケットドクター」の利用を検討していますが、筆者と株式会社MRTに一切の利害関係はありません。
(参考)
※1 医師法第20条
「医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。」