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新手術ロボット「Hugo」の勝ち目は? 外科医が実機を操りダヴィンチ・hinotoriと比較してきた

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
Hugoを取材してきました(写真は筆者撮影)

筆者はロボット手術を専門とする外科医として、2022年12月に販売開始となった新ロボット「Hugo RAS システム(以下、ヒューゴ)」を取材した。これまで市場に出たダヴィンチ、hinotoriとどのような相違点があり、どういった強みがあるのか。最新の取材内容に加え筆者の分析も掲載した。

目次

・ロボット手術とは

・Hugoを触ってみた

・強みは

・インタビュー

・勝ち目はどうか

・ロボット手術とは

ロボット手術とは、正式にはロボット支援手術と呼ばれる。誤解されがちだがロボットが手術をすべてやってくれるわけではなく、ロボットアームを外科医が操り手術を行う、というものだ。

もともと湾岸戦争をきっかけに遠隔手術の開発から始まり、米国で約20年前から実用化されている。日本では現在500台以上が稼働しており、胃がんや大腸がん、前立腺がんなどの手術で使われる。9割以上を独占するのはダヴィンチ(インテュイティブサージカル社)で、その次に国産のhinotoriが販売開始となり、最新のものとしてHugo(ヒューゴ)がリリースされた。

詳細は他記事(「ロボットが手術をする時代 〜手術支援ロボット 「ダビンチ」とはなにか〜」)を参照いただきたい。

・Hugoを触ってみた

筆者(湘南東部総合病院外科医師 中山祐次郎)はダヴィンチを用いたロボット手術を日常的に執刀し、学会の認定医を取得し、専門書籍(「ダヴィンチ導入 完全マニュアル」2023年3月 メジカルビュー社)を出版しているロボット手術の専門家である。

今回、最新の手術支援ロボット「Hugo」を取材し、実機を操作したのでレポートしたい。

Hugoは下の写真のように3つのパーツからなる。真ん中の4つはアームと呼ばれ、実際に患者さんの体に刺さって動く。

Hugoはモニター、アーム、サージョンコンソールの3つからなる(写真はメドトロニック社提供)
Hugoはモニター、アーム、サージョンコンソールの3つからなる(写真はメドトロニック社提供)

椅子に座り、専用3Dグラスを装着する。先行のロボット2機(ダヴィンチ・hinotori)と異なり、大きな画面をみながら執刀するスタイルだ。

(筆者撮影、以下すべて同様)
(筆者撮影、以下すべて同様)

手元で動かすと、三メートル先の手術台のロボットアームが動く。

以下、さまざまな視点からコメントする。外科医向けの専門的なコメントも入っている。

①操作性

手を入れるものの形状が、先行2機の「クリップ型」と異なり、「ゲッツ型」(ダンディ坂野さんの持ちネタ「ゲッツ」の手)である。そのせいでやや手首の回転制限が生まれる。しかし回転のクラッチ機能のおかげで不自由はなし。慣れればまったく問題ないだろう。

動かす滑らかさは先行2機と変わらない。手術を執刀していると0.1秒でもストレスになる、アーム切り替え時のタイムラグも全く感じない。

フットペダルの位置も先行2機とほぼ同じである。

術者が見下ろしたビュー ゲッツ型の手とフットペダルがよくわかる
術者が見下ろしたビュー ゲッツ型の手とフットペダルがよくわかる

②外科医エルゴノミクス=姿勢などがラクに行えるか

先行2機では外科医は座ってはいるものの前傾姿勢でおでこで体重を支えるようなことがあり、腰痛や首の痛みに悩まされる外科医が多い。筆者はお尻の痛みが強い。

Hugoは執刀医の顔の位置が規定されないため、かなりラクな姿勢で執刀が可能になる点が大きな優位点だ。

③アームの使い勝手

アームの操作を行う筆者
アームの操作を行う筆者

先行2機ではアームがすべて一つにまとまっていたためロールイン・ロールアウト(ロボットアームを患者ベッド上空に入れること)を一斉に行うことができた。一方Hugoはアームがすべて独立しているため、それぞれを手術台に入れていく作業が必要になる。そのため、ロールイン時間は延長し(おそらく3倍以上)、手間は増え、手術室はさらに広いスペース(おそらくダヴィンチ最低平米の1.5倍)が必要になるデメリットがある。

しかしこれはメリットとも考えられ、四方八方どこからでもロールインできることで手術の可能性がかなり広がるだろう。新しいポート配置を開発し、これまでやりづらかったことが容易になる可能性を秘めている。外科医としては、こういう「余地」は職人心をくすぐられるのだ。

・強みは

すでに先行のダヴィンチが先進的な病院でのシェアを圧倒しているいま、Hugoの強みはなんだろうか。筆者は以下の2点を挙げる。

①没入型ではない術者の視野

外科医が顔を突っ込み、患者さんの体の中しか見えない没入型は、下の写真のように周囲がよく見えない。

ダヴィンチ執刀中の筆者。没入型はこのように顔が完全に機械に入れられ、周囲が見えない
ダヴィンチ執刀中の筆者。没入型はこのように顔が完全に機械に入れられ、周囲が見えない

没入型は、手術室の様子がよくわからないデメリットがある。患者が見えないと、何かトラブルが起きている時でも(アーム同士がぶつかるなど、しばしば発生する)すぐに気づけないのだ。患者の近くには助手外科医と看護師がいるが、最も経験豊富な執刀医が見ないと解決できないこともある。

Hugoは没入型ではないため、周りをよく見ながらの執刀が可能となる。この点は安全性の面から大きなメリットだ。没入型でも顔を離せば見えるではないか、と言う反論はあるが、機械が大きいため顔を離すだけでは見えないことが多い。

②独立アーム

独立した4本のアームにより、新しい角度からのアプローチが可能になり、より良い手術方法が開発される可能性がある。アームが患者の体と当たるリスクも減るだろう。

・インタビュー

筆者はHugoを販売するメドトロニック社に取材を行った。(2023年3月16日)

以下、Q&Aでお伝えする。

Q. Hugoというネーミングの由来はなんでしょうか。レ・ミゼラブルの作者ビクトール・ユーゴーでしょうか?恋多く、複数の恋人を持っていた姿が複数アームカートを持つHugoと重なります。

A. Hugo(ヒューゴ)は、諸外国(南米・ヨーロッパ)でよく使われている人の名前。手術スタッフの一員として親しみやすい名前にした。なお、日本語での正式な発音は「ヒューゴ」としている。

Q. 手術支援ロボットとしては後発になりますが、開発することになった経緯はなんでしょうか。

A. Hugoは2010年から自社で開発した。メドトロニックは「術者による臨床効果のバラツキが無い治療法」を重要視しており、その観点から手術支援ロボットが必要だと考えた。

Q. ダヴィンチやhinotoriといった、他企業の製品がすでに市場にある中での販売開始ですが、Hugoの強みを教えてください。

A. 開腹手術、腹腔鏡手術、ロボット支援手術すべての製品を取り扱う企業であり、在庫管理などを含めた全体的なコストの削減に繋がる可能性もあるのでは。また、導入に際しては専任スタッフに加え、スタートアップスペシャリストが3ヶ月〜半年程度導入のサポートを行う。

Q. 手術支援ロボットは一般に高価ですが、Hugoはおいくらでしょうか。

A. 非公開とさせていただいている。

Q. 手術数が多い消化器外科領域の保険適用につきまして、いつごろを目指しておられるのかご予定などお教えください。

A. 泌尿器科・婦人科は承認済み、消化器外科は申請中である。

Q. 欧州や米国、他国における外科領域でのHugoの現状(承認や販売、普及状況など)を教えてください。

A. ヨーロッパでは消化器の疾患に使っている国もある。

Q. 国内での販売状況を教えてください。

A. 国内でも複数の導入が決まっている。

(筆者注:北里研究所病院(東京都港区)がすでに導入したと発表している)

・勝ち目はどうか

ここからは完全に筆者の意見である。ズバリ、Hugoに勝ち目はあるのか

一番のポイントは販売価格とランニングコストである。

二番目には、これまで培っていた各病院外科医との関係からどれほど販売に食い込めるか、である。

価格についてはダヴィンチが3億円(Xiという最新機)や2億円(X)と強気な一方で、hinotoriは約1億円という情報がある。Hugoは非公開とのことだったが、1億円程度であれば、これからロボット手術を導入する病院はhinotoriよりもHugoを選ぶ可能性がある。それは、営業力、つまり後述する外科医との人間関係があるためである。

日本で消化器外科医をやっていると、Hugo販売会社(メドトロニック社)の製品を100%使うことになる。糸や針のみならず、腹腔鏡手術用のデバイスなどラインナップは多岐にわたっているのだ。そして講演会や研究会、学会などで業界との深いつながりがある。そういった理由で、営業担当者と製品情報など定期的に連絡を取る外科医がほとんどであろう。ここをどうロボットの販路に繋げられるか。

一方、ライバルであるhinotori販売会社(メディカロイド社)はもともと産業ロボットなどの川崎重工業と検査機器などのシスメックスが作ったベンチャー企業だ。外科医はその両名に馴染みがない。

強い影響を持つ業界の重要人物、いわゆるKOL(key opinion leader)はすでにメドトロニック社と密接な関係の外科医も多いため、どういったKOLをおさえていくのかも今後は重要なポイントとなる。

手術支援ロボットのような1億円超の高価な医療機器の導入については、現場サイドの外科医よりは病院経営陣の意見が大きく影響する。これまではダヴィンチ(インテュイティブサージカル社)の一択だったが、2023年3月現在はhinotori、Hugoという選択肢もある。

経営陣がまず大方針としてロボットの導入を決めたら、今後は外科系管理職(外科部長など)が「ダヴィンチ・hinotori・Hugoのどれを導入するか」検討することになる。

純粋な収益という意味では、ダヴィンチは高コストであるため、Hugoがもし1億円程度であれば、あとは外科部長が部下にヒアリングするなどして情報を集めるだろう。

しかし新技術のロボット手術は、触った経験がなければ比較することも不可能だ。そこで本記事などを参照していただきつつ、KOLの発言が大きく響く専門学会などでの印象で決まってくる可能性が高い、と分析する。

以上、筆者はすべての手術支援ロボット関連企業との利害関係のないフラットな立場から、そして執刀するユーザーの立場からそれぞれのマシンについて述べた。

今後の動きを注視したい。

※筆者は記事中に出てくるロボットを販売している会社と一切利害関係はありません。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人のテーマ支援記事です。オーサーが発案した記事テーマについて、一部執筆費用を負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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