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将棋で取った駒を使うのは「捕虜虐待」ではない 木村義雄、升田幸三の言葉をたどる

松本博文将棋ライター
将棋では相手から取った駒を「持ち駒」として使える(写真撮影:筆者)

 戦時中、木村義雄名人は満州で張景恵(ちょう・けいけい)国務総理と会い、日本の将棋を他国の将棋と比較して論じる機会がありました。そのとき、どんなことを言ったのか。のちに座談会で次のように述べています。

木村「(前略)もう一つの特長は敵から取つた駒を使ふことである。これも世界中何処にもない。ところが西洋人には敵から取つた駒は捕虜と云ふ感じがあるから捕虜を味方として使ふのは人道に反すると云ふ考へを持つてゐる。張国務総理もさう云つた口吻を漏らされてゐた。然し敵の駒を取ると云ふことは駒と共に敵の場所を占領することである。占領地の物を使ふことは戦争にもある。また味方に降つた敵兵でも一芸一能あるものは是をいかして使ふのが日本人の精神である。日本将棋の駒の色はみな同じだが西洋将棋の駒は赤、白、青など色々ある。日本は人種の如何を問はず一視同仁であつて皇威に靡いたものは同胞と同じ様に扱つて甲乙をつけない。日本の将棋道に八紘為宇の日本精神が織り込まれてゐる。だから日本将棋は勝てば益々味方が殖えて益々強く大きくなつて行く。これが日本将棋の特長だ(後略)」

出典:『将棋世界』1943年11月号「木村名人を繞(めぐ)る『座談会』」

「皇威」「八紘為宇」(八紘一宇)などは時代を色濃く反映した言葉です。木村名人をはじめ、将棋界の人々もまた、時代の大きな流れの中で翻弄されました。

 ともかくも木村名人が強調したかったのは「取った駒を持ち駒として使うのは、決して捕虜虐待ではない」という点でしょう。

 木村名人は若い頃、いち早くチェス(西洋の将棋)に触れ、そのゲームの面白さ、奥深さを知っています。またチェスの制度の合理的な点を認め、持ち時間や封じ手などを将棋界に導入しました。

 その上で木村名人は、取った駒を持ち駒として使える点を日本の将棋の大きな特長としてあげています。他国の将棋に類例なきルールによって、日本の将棋は世界に誇るゲームとなりました。

 他国の人がそれを「捕虜虐待」と解釈してしまうのは、日本の将棋の愛好者からすれば残念な限りです。「それは誤解」と説明するため、たとえ話が必要な場面は何度もあったのかもしれません。

 さて、以上の言説は、将棋界の故事に関心ある方ならば聞き覚えがあるでしょう。そう、終戦後GHQに呼ばれた升田幸三(1947年当時は八段)の例が有名で、升田八段もまた、同様のことを言っていたわけです。

 本稿では升田幸三『歩を金にする法』(1963年刊)から該当箇所を引いてみます。

 そのときの質問の中に、「日本の将棋というのは、捕虜虐待みたいなところがあるが、どうか?」というのがあった。

 僕は、捕虜虐待ではない、と答えた。降伏してきたから、味方の駒として使う、差別せずに使う、それが日本の将棋だ。日本将棋の精神というのは、たとえば楠木正成とかいろんな武人が、敵の捕虜が橋を切り落とされて流れていくのをみて助けてやり、火をたいて温めてやる、すると捕虜は感激して「あなたのところで働きたい」という・・・これが将棋の精神だ。

 昭和の戦争になったら、捕虜なんて云うのは、殴ったり蹴ったりするような変調子になってしまい、この野郎、こん畜生式になってしまったが、これは日本の精神ではない。

出典:升田幸三『歩を金にする法』(1963年刊)

 升田八段にとって木村名人は打倒すべき相手でした。また性格も合わなかったため、繰り返し批判をしています。しかしそこはやはり、将棋史上屈指の大棋士2人。どこか通じ合う部分は、多々あったのでしょう。

 文献をたどっていくと、いくつかの点で木村、升田は似たようなことを言っています。

「将棋を富士山にたとへるなら、私の将棋などはやつと山麓に達したか、贔屓目に見て、二合目か三合目に差しかゝつたところであらう」

(木村義雄『勝負の世界』1951年刊)

「たどりきて未(いま)だ山麓」

(升田幸三、1957年に史上初の三冠を達成したときの揮毫)

 などはその例です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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