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水戸芸術館で地元出身アーティストの個展が初めての開催。「中﨑透 フィクション・トラベラー」。

新川貴詩美術/舞台芸術ジャーナリスト
初期の看板作品と最新作の絵画が並ぶ photo takasix(以下すべて)

 最新作のインスタレーションにして回顧展でもある──そんなめったにない試みが、目下、水戸芸術館で繰り広げられている。「中﨑透 フィクション・トラベラー」という二重構造を持つ個展である。

 二重構造とは、どういうことか?

 このところ中﨑透は、芸術祭や展覧会が行われる地域に暮らす複数の人々にインタビューを行い、そのエピソードをもとに絵画や看板、立体、ライトボックスなどさまざまな手法を用いた空間作品として発表を続けてきた。

 今回は、水戸にゆかりのある人たちにこの地の歴史を語ってもらったり、水戸芸術館の構想や建設にまつわる話や、話し手たちみずからの生い立ちや趣味など話題は豊富だ。つまり、公と私が交わる。

 ここまでは、中﨑のインタビュー&リサーチ・ベース作品として従来どおり。だが、今回の個展ではこの形式が進化した。多種多様な挿話に加えて、中﨑による活動初期の看板や絵画、自身の卒業制作作品までもが随所にお目見え。ゆるゆるでちょろい作品も少なくない。ちゅうか、初期に限らず、いまもゆるい。

 そしてそれらは、地元の人たちのエピソードと旧作が重なり合っていたり、イメージが飛躍したあまりズレていたり、組み合わせはさまざま。つまり、土地の歴史と中﨑の個人史が交わる。

この展覧会の出品作、実は一点も売れてなくて

 では、なぜ、中﨑はストレートでオーソドックスな回顧展にしなかったのか。中﨑は振り返る。

中﨑 もともと今回の出発点は回顧展ではなかったんです。地元の人のインタビューをもとにした作品シリーズの新作を水戸でも手がけてほしいと竹久侑さん(水戸芸術館現代美術センター芸術監督)から依頼があって。で、新作なんだけど、新作と旧作のレイヤーが行き来するようなことができないかと考え始めて。

 いや、オーソドックスな回顧展もいずれやってみたいと思うけど、ぼくはいま40代半ばだから、さすがにまだ早いかなって。

──この個展には中﨑さんの20年分の作品が並ぶけど、いざ振り返ってみて、どう思いました?

中﨑 あんがいブレてなくて驚いた。10年、20年振りに開封した作品も多くて、まとめて見るのはぼく自身初めてだし、こんなふうに他人に見せるのももちろん初めて。もしかすると、他の人からすると、ぼくの作家像みたいなものが変わるのかも。

 ただ、今回、ビビったのは、この展覧会の出品作、実は一点も売れてなくて。駄菓子並みに安い作品もあるのに誰も買ってくれなくて、やべぇって。

水戸芸術館が開館に至る前のエピソードが建設現場を彷彿させる空間で展開
水戸芸術館が開館に至る前のエピソードが建設現場を彷彿させる空間で展開

特異な場で展示してきた経験値をホワイトキューブに応用

 ところで、水戸芸術館の現代美術ギャラリーは入口から続く5つの展示室がすべて見通せ、全室に天窓がある。だが、最近の展覧会では映像のプロジェクションや音の出る作品が増えたこともあって、展示室間を壁やカーテンで仕切ることが多い。

 ところが本展では、5つの展示室に多種多様な作品が、ずどーんと並び、賑やかなことこの上ない。さまざまなものが混ざり合い、溶け合うさまが目の当たりにできる。そして、各室を行き来しやすい。おまけに、すべての天窓を開けた状態にし、普段は覆われがちな窓ガラスも開放した。したがって、実に奔放で、開けっぴろげな展示となった。

 なお、最近の中﨑は廃校となった学校や閉店を迎えた店舗、東京湾の無人島など、美術館や一般的なギャラリーとはほど遠い場所で展示する機会が多かった。そんな特殊な場所で展示をしてきた蓄積が、他に類を見ない水戸芸術館の展示空間で存分に発揮したのが今回の展示である。

中﨑 なんかいつも、ぼくに依頼されるのは厄介な課題ばかりで。ただ、特異な場で展示してきた経験値がたまってきてたから、ホワイトキューブ(白い壁に囲まれた展示室空間)でも応用できればと思った。そもそもホワイトキューブが好きだし。

 だいたい、高校生の頃から何度も来てるから、水戸芸の空間のことはわかってるつもり。やっぱ磯崎新が設計した空間を活かしたかった。それに高校の頃から知っている設営チームの施工スタッフもいるから、十分に甘えまくれましたし。

 自分のホームグラウンドにある美術館でこんなことできるアーティストはあまりいない。いやあ、ぼくは恵まれてるなあとあらためて思いましたよ。他の地域に暮らすアーティストが水戸芸で個展をするよりは少しアドバンテージがありますし。そのアドバンテージをどう活かすかを考えながら展示プランを考ましたね。

ほ、ほんまか? 水戸芸術館で水戸出身者の個展が開かれた最初の例が中﨑透

 この回答には説明が必要だろう。

 中﨑は生まれも育ちも水戸である。実家は水戸芸術館の6キロくらいのところにあって、美大進学を決めた高校生の頃から自転車で何度も何度も足を運んだ。それまで知ってる美術とは異なる美術があると知った。同館でイチハラヒロコや小沢剛らの活動に触れ、現代美術の世界への入口となった。

 なお、水戸芸術館は1990年にオープン。いまでこそ現代美術を扱う美術館は少なくないが、当時は稀有な存在だった。

 そして東京の武蔵野美術大学に進んだ後も、中﨑は帰省するたびに足を運んだ。大学院修了後は水戸に戻り、芸術館のすぐ隣町にアトリエを構えた。水戸芸術館での展覧会やイベントに関わる機会も増えた。

中﨑にしては珍しくとても有益な作品は、初めて手がけたライトボックス
中﨑にしては珍しくとても有益な作品は、初めて手がけたライトボックス

 さらに、今回の個展は、中﨑にとって初めての美術館での個展となる。

 それだけではない。水戸芸術館において、水戸出身者の個展が開かれるのは、中﨑透が最初なのである。

 大半の公立美術館は地元ゆかりの美術家を重視する。まとまった収蔵品があったり個展が開かれたりする。その点、水戸芸術館は地元にとらわれることなく、国内外各地の同時代を生きる美術家たちを中心に紹介してきた。そんな同館が初めて、水戸芸術館を見て育ったアーティストの個展を開くことになったのである。

中﨑 いやあ、よそから招くアーティストと対峙できるだけの展示をしなきゃ、あかんっ!と思って取り組みましたよ、そりゃ。これから水戸芸で個展ができるような水戸出身の人は他にもいる。だから、もしぼくがヘタを打ったら、今後は続かないし。

──ご両親もさぞお喜びでしょう!

中﨑 いや、それが……。ちょっと前に親に聞かれましたよ。「今回、展示室を借りて、お金かかったのか? 大丈夫か?」って。依頼された仕事だって何回も言ったはずなのに。

なかざきとおる 1976年生まれ。個人活動に加え、3人組アートユニットNadegata Instant Partyの一員でもある
なかざきとおる 1976年生まれ。個人活動に加え、3人組アートユニットNadegata Instant Partyの一員でもある

中﨑透 フィクション・トラベラー

会期:2022年11月5日(土)~2023年1月29日(日) 

時間:10時〜18時(入場は17時30分まで)

休館日:月曜、年末年始 | 2022年12月27日(火)~2023年1月3日(火) ※ただし1月9日(月・祝)は開館、1月10日(火)休館

会場:水戸芸術館現代美術ギャラリー

料金:一般900円、高校生以下・70歳以上は無料、他にも各種優待制度あり(詳細はWEBサイト参照)

美術/舞台芸術ジャーナリスト

出版社に勤務した後、執筆活動を開始。国内外の現代アートをはじめ演劇やダンスなど舞台芸術に関して、雑誌や新聞、ウェブメディアなどに執筆。主な著書に『残像にインストール 舞台美術という表現』(光琳社出版)、主な編書に『蓬莱山 蔡國強と大地の芸術祭の15年』(現代企画室)などがある。早稲田大学第一文学部卒業、同大学院情報通信専攻修了。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科非常勤講師。プロフィール画像撮影:松蔭浩之

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