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「絵を描く時は、フリーダイビングと同じ気持ち」──キュンチョメが初めての絵画展を開催中

新川貴詩美術/舞台芸術ジャーナリスト
キュンチョメはホンマエリとナブチで2011年に結成 photo takasix

 キュンチョメの個展が始まった。会場は、ワタリウム美術館の地下にあるオン・サンデーズ&ライトシード・ギャラリー。そしてタイトルを知ると、おやっと思う。

 題して、「キュンチョメの絵」。

 ホンマエリとナブチによる二人組アートユニットのキュンチョメは、これまで映像やインスタレーションを数多く手がけてきた。だが、今回はこのシンプルなタイトルどおり絵画展である。しかも初の機会となる。そもそもキュンチョメが絵画を描き始めたのも、ごく最近の話だ。

初めてのダイビングはフィリピン。珊瑚がほぼ全滅した海の中で祈る

 絵画展ではあるものの、この展覧会は建物の入り口そばの映像作品から始まる。ホンマが海に潜りながら祈りを唱える映像作品《海の中に祈りを溶かす》だ。祈りの言葉を耳で聞くことはできないが、言葉が泡の形となって可視化される。

──ダイビングのライセンスを取ったのはいつですか?

ホンマ 滞在制作でフィリピンに行った時なので、2022年の3月くらいですね。

──フィリピンの海を見て、潜ろうと思ったんですか?

ホンマ 私たちは2011年の東日本大震災がきっかけでアーティスト活動を始めました。その時からずっと海に潜りたいと思ってたんです。海がすべてを連れ去ってしまったから、悔しくて、潜りたかった。でも足のつかない深さの海が怖くて、なかなかできなくて。震災から10年以上経ってからフィリピンの海に出合って、今なら潜れるなと思ったんです。

──最初に潜った時のこと、覚えてます?

ナブチ すごく覚えてます。フィリピンのセブ島だったんですが、僕らが行く直前にセブに巨大ハリケーンが来て、街はボロボロ。でもそれ以上に海の中が壊滅状態になってて。

ホンマ 数百年かけて育った珊瑚礁がほとんど全滅していて、魚もいない。だから海の中で震災のことを思い出して、たまらなくなって、海の底に膝をついて目をつむって祈ったんです。「この場所に命が戻ってきますように」って。

──海の中で目をつむるって怖くないですか?

ホンマ 全っ然! むしろ海の中って祈るのに最適な場所だなって思っています。地上は差別や暴力であふれているし、いきなり暴言が飛んでくることもある。でも海の中ではそんなことはありません。海の中って実はとても安全な場所なんだなって気がついて、《海の中に祈りを溶かす》という作品をつくり始めました。

ナブチ 海の中ってしゃべれないから、何を言っているのかはわからない。でも祈りを声に出して唱えているので、泡が祈りの形になるんです。祈りが目に見えるようになるのも素敵だなと思っています。それと、海の中って地上よりも4倍早く音が伝わるじゃないですか。だから祈りも4倍早く伝わるんじゃないかなって(笑)。

ワタリウム美術館前の路面で展示中の《海の中に祈りを溶かす》 2022-2023 photo takasix
ワタリウム美術館前の路面で展示中の《海の中に祈りを溶かす》 2022-2023 photo takasix

海が先生です。自然のことも作品のことも、海から全部教わった。

 2022年3月から1年間、キュンチョメはフィリピン各地で滞在制作を続けた。これを機に絵画で表現することが次第に増えていったと二人は振り返る。

ホンマ 海に潜り始めたのと絵を描き始めたのは、だいたい同じタイミングです。それまでの私たちは長尺の映像作品を作っていたんですが、もっとシンプルに愛とユーモアを手渡すためには、絵もいいんじゃないかなと思ったんです。だからなんていうか、展覧会で展示しているのは「絵画」というより「四角い形の愛」と言ったほうがしっくりくる。

──じゃあ、絵で表現することが増えたのは自然な成り行きという面も大きい?

ホンマ 私たちの作品は、ほぼすべてアクションとポエトリーからできているんですが、アクションとポエトリーって、じつは絵とすごく相性がいいんですよね。展示している絵はどれも絵本みたいな感じですけど、描かれていることは、全部本当に実行しているんです。海を止めようとしてみたり、金魚と海を渡ったり、ため息を風船に詰めて浮かんでみたり。それが今回の展示の楽しいポイントですね(笑)。

キュンチョメ《海を止めたいと思った -DO NOT ENTER-#2》 2024 画像提供:キュンチョメ
キュンチョメ《海を止めたいと思った -DO NOT ENTER-#2》 2024 画像提供:キュンチョメ

 今回の個展でキュンチョメは、絵画という手法で表現の幅を広げた。また、かつては福島の原発や沖縄の米軍基地など社会的な問題を作品の題材としていたが、今回の絵画は、表向きにはおだやかに映る。

──今回の展覧会では、以前のような声高な主張は影を潜めてますね。

ナブチ 主張や考えをストレートに表現するのではなく、ちょっと迂回して、抽象的に表現することが今は必要だと思っていて。

ホンマ 今はSNSやスマホの影響で社会の速度がどんどん早くなっていますよね。そのスピードにいかに乗り遅れず、どう食らいついていくのか、みたいなことを考えがちだけれど、芸術は真逆のものだと思っていて、時間を遅くしたり伸ばしたりしてくれる。そのほうが幸せにつながる気がするんです。

ナブチ そのためには抽象がとても重要。身体の力を抜いたり、深い呼吸を僕らが大切にしているのも、芸術は幸せのためにあるべきだと考えているからなんです。

ホンマ 私はフリーダイビングが大好きで。フリーダイビングでは、酸素ボンベを背負わずに一呼吸でどこまで深く潜れるかに挑戦します。フリーダイビングをする時は、緊張しちゃだめ。体の力を全部抜いて、呼吸を深くして、心拍数を可能な限り下げて安心した気持ちで潜るのが大切なんです。絵を描く時は、フリーダイビングをする時と同じ気持ち、同じ体の使い方をしています。海は私にたくさんの愛をくれました。だから私はその愛を、芸術という形で他の人に渡さなきゃって思ってます。

ナブチ 今は海が先生って感じ。自然のことも自分の作品のことも、海から全部教わってます。ああ、いますぐ海に行きたい!!

キュンチョメ《幸せでいて#1 -海の中に祈りを溶かす-》 2024 画像提供:キュンチョメ
キュンチョメ《幸せでいて#1 -海の中に祈りを溶かす-》 2024 画像提供:キュンチョメ

キュンチョメ個展「キュンチョメの絵

会期:2024年5月11日(土)~6月23日(日)

時間:11時~20時

休み:無休

会場:オン・サンデーズ&ライトシード・ギャラリー

   (ワタリウム美術館地下)

料金:無料

美術/舞台芸術ジャーナリスト

出版社に勤務した後、執筆活動を開始。国内外の現代アートをはじめ演劇やダンスなど舞台芸術に関して、雑誌や新聞、ウェブメディアなどに執筆。主な著書に『残像にインストール 舞台美術という表現』(光琳社出版)、主な編書に『蓬莱山 蔡國強と大地の芸術祭の15年』(現代企画室)などがある。早稲田大学第一文学部卒業、同大学院情報通信専攻修了。多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科非常勤講師。プロフィール画像撮影:松蔭浩之

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