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30年前の赤裸々な性と愛の告白を映画化。女性の狂おしい愛を体現したフランス人女優が感じたこと

水上賢治映画ライター
「シンプルな情熱」より  (c)Julien Roche

 フランス現代文学を代表する作家、アニー・エルノーのベストセラー小説を映画化した現在公開中の「シンプルな情熱」。

 ひとりの女性の赤裸々な愛と性が語られる同作について、実際に主人公のエレーヌを演じたフランスの女優、レティシア・ドッシュに訊くインタビューの後編へ。

 前回のインタビューに続き、今回も演じたエレーヌ役についてから。

エレーヌとしては、『わたしの人生に現れないと思っていた人が、

突然目の前に現れてしまった』という感じだったんじゃないかしら

 彼女はアレクサンドルに心を丸ごと奪われる。心も体も彼なしでは満たされず、幾度も逢瀬を重ね、やってくる日を待ち焦がれる。なぜ、そこまで心を奪われてしまったのかレティシアはこう分析する。

「アレクサンドルは見た目もかっこいいし、紳士的で優しい。なによりエレーヌの心を、愛をみたしてくれる。

 エレーヌとしては、『わたしの人生に現れないと思っていた人が、突然目の前に現れてしまった』という感じだったんじゃないかしら。

 もうめまいを覚えるような理想の人物が現れてしまった。

 自分はおそらくこういう人生を送るだろうと思っていたところに、そのプログラムを崩してしまうぐらいの人が現れた。

 だから、アレキサンドルの存在はどこか非現実的。

 エレーヌが想像して理想化してしまっているところがあるから、あれだけ彼はパーフェクトなのかもしれない。

 でも、少なくともエレーヌの目にはそう映っている。想像を超える理想の人になってしまっているから、もう自分の気持ちはとめられないですよね」

 ただ、エレーヌはアレクサンドルが自分の手が届かないところ、いつか手放さないといけないと察知しているように映るところもある。

「それがエレーヌという女性の興味深いところ。

 おそらくアルノーにつながると思うのだけれど、自分の情熱や本能に身を任せるところがある一方で、常に自分を客観視しているところがある。

 だから、もちろん一線を超えてしまうところはあるんだけれど、ほんとうに危ない領域には一歩手前で踏みとどまっている」

インタビューに答えてくれたレティシア・ドッシュ Photo by Carlos Alvarez
インタビューに答えてくれたレティシア・ドッシュ Photo by Carlos Alvarez

彼女は最後は現実に立ち戻った。そこは斬新かもしれない

 エレーヌはアレクサンドルの愛は、通常の物語のパターンならば互いの愛憎が渦巻くドロドロの悲劇、泥沼劇になってしまっても不思議ではない。

 でも、そこにいかないところが斬新といっていい気がする。

「そうかもしれません。

 彼女は、狂気じみたところまではいかなかった。最後は現実に立ち戻った。

 そこは斬新かもしれないですね」

 アレクサンドルを演じたのは、バレエ界の異端児として世界中に知られるダンサー、セルゲイ・ポルーニン。

 実は、レティシア・ドッシュもダンサーのキャリアを持つ。

「わたしはコンテンポラリー・ダンスをちょっとやっている程度。彼のような域のダンサーではないので、ダンサーとしての彼については語れないわ。

 今回の撮影での印象になるけど、ふだんの彼は、とってもシンプルで、誠実で、常に周囲のことを考えてくれる人。

 ものすごくジェントルマンで、わたしだけじゃないくて、スタッフ全員に気を配る人でした。

 気さくで、けっこう冗談ばかりいって、笑わされることが多かったです。

 ほんとうに楽しい時間を過ごすことができました」

「シンプルな情熱」より  (c)agali Bragard
「シンプルな情熱」より  (c)agali Bragard

わたしが一番大切にしているのは、とにかく自分自身が退屈しないこと

 いまや女優としてフランスでさらなる飛躍が期待される彼女だが、作家、演劇監督としても活動するなど、幅広い分野で才能を発揮している。

 それぞれの仕事とどう向き合っているのだろう?

「わたしが一番大切にしているのは、とにかく自分自身が退屈しないこと。

 常になにかに取り組んでいて、そのことに夢中になっていたい。

 だから、分野やジャンルが違ってもどれも同じ仕事で、自分の職業だと思っています。

 わたしがやりたいことは物語を語ること、いろいろな人と交流すること、そして、さまざまな考えや価値があることを分かち合うこと。

 そういう創作活動をし続けることを目指しています」

 今回のコロナ禍でもその精神は失わなかったという。

「たしかに劇場や映画館が閉まってしまい、撮影もできなくなったりして、厳しい時期ではありました。

 でも、一方でわたしの中では、いままで気づいていなかった新たな発見もありました。

 たとえば、これまであまり気にとめていなかった家の近所をまわってみたら、意外な発見がいっぱいあって。新たな出会いが生まれた。

 あと、病院にいったら、医療用ユニフォームが足りないとのことで、じゃあと、作ることにチャレンジしました。

 台本も書き上げましたし、ラジオ番組も作りました。

 なにか自分ができることを探せば、必ずあるはずです」

 「シンプルな情熱」より (c)Julien Roche
「シンプルな情熱」より (c)Julien Roche

「シンプルな情熱」

監督:ダニエル・アービッド

原作:アニー・エルノー「シンプルな情熱」(ハヤカワ文庫/訳:堀茂樹)

出演:レティシア・ドッシュ、セルゲイ・ポルーニン、ルー=テモー・シオン、

キャロリーヌ・デュセイ、グレゴワール・コランほか

Bunkamuraル・シネマほか全国公開中

場面写真はすべて(C)2019L.FP.LesFilmsPelléas–Auvergne-Rhône-AlpesCinéma-Versusproduction

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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