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「ピエロ恐怖症」は現代特有の病か

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 この週末は世界的にハロウィンで盛り上がっていたようだが、本来のハロウィンは明日10月31日だ。昨年、米国ではピエロ(clown)の仮装をした不審な人物が目撃され、ドイツやスウェーデンなどヨーロッパ、さらに南米やオーストラリアまで広がり、同じようなニュースが報じられて話題になった。

 ピエロ騒動はその後、沈静化し、一種の都市伝説のようなものだったのではないか、と言われているが、ピエロの仮装をして人を驚かすなどイタズラする行為はかなり以前から横行していた(※1)。2014年にはフランスでピエロ騒動が起き、自警団が組織されるなどしている。

ピエロ恐怖症は新しい病気か

 また、この騒動の背景には「ピエロ恐怖症」があるのではないか、という論評もあり、俳優のジョニー・デップが2015年に自分が「ピエロ恐怖症」と告白し、この恐怖症についての話題が広がった。だが、精神病理学の分野にピエロ恐怖症という正式な病名はない。逆に自らを茶化すような道化症候群という症例があり、これは遅発性の統合失調症の一種「憑依症候群」ではないかと考えられている(※2)。

 一方、近年になってピエロ、つまり道化師は、笑いの対象ではなく、恐怖をイメージするキャラクターになってきているのも事実だ。例えば、映画『バットマン ダークナイト』のジョーカーや映画『IT』のペニー・ワイズなど、ピエロが殺人を犯したりする恐ろしい存在としてフィーチャーされつつある。それが実際の事件と結びつけられているのだろうか。

 サーカスのピエロなど、大人が道化を演じつつ子どもたちを楽しませる、という興行は多い。子どもたちの反応は様々だが、滑稽な仕草で近づいてきたピエロの目が実は笑っていなかったり、白粉を塗った顔の下に無精ヒゲが生えているのを発見し、ピエロの「素顔」に恐怖を感じ、それが幼児期のトラウマになった、という事例は少なくない(※1)。

 もちろん本来のピエロ、道化師は、歴史的に宮廷などで芸を磨き、単なるご機嫌取りや幇間ではない存在として長く続いてきた。道化的な役柄は日本でも狂言などにみえ、舞台芸術やサーカスなどに欠かすことのできない役どころだ。

小児治療に役立つピエロの存在

 だからか、小児科などではオランダで先進的に行われている「クリニクラウン(CliniClowns、臨床道化師)」という治療法があり、ピエロ(クラウン)が子どもたちの症状緩和や遊び相手になるなどして小児治療に役立てている。日本にもクリニクラウンの団体があり、入院中の子どもたちを訪問し、ボランティアらがピエロに扮し、小児患者に安らぎや笑いを提供しているようだ。

 笑いが治療に役立つことは証明されている。実際、ピエロが一緒にいることで、注射の際に泣く子が少なくなることがわかっている(※3)。また、16の論文を比較したメタ解析では、ピエロを使った療法に子どもはもちろん両親の不安さえも和らげる心理的な効果があるようだ(※4)。

 一方、最近になり、クリニクラウンとピエロ恐怖症の関係について調べた論文がいくつか出た。イスラエルの小児科で1歳から15歳までの1160人の子どもの患者を調べてところ、そのうち14人がピエロを怖がり、そのうち12人が女の子だった、と言う(※5)。この論文の研究者は、テレビや映画などでピエロのネガティブがイメージが広がっているのが原因ではないか、と考えている。

 この論文は大きな反響を呼び、クリニクラウン治療法の成果を否定したり広がりを妨げることにつながるのではないか、という危惧を医療関係者に抱かせた。さらに、ピエロの仮装をした犯人らは実際に社会を不安に陥れているのだから無闇にピエロ恐怖症という病理を否定するのはどうか、という意見も出ている(※5)。

 ピエロは子どもたちの味方だったが、逆に人々を恐怖に陥れるためにピエロの扮装を悪用する連中が現れてきた、ということだ。子どもたちのセンサーは敏感だ。社会の不安や問題を感知し、それが彼らの心理や精神に思わぬ影響を与えることがある。子どもたちがピエロを怖がることのない社会は戻ってくるのだろうか。

※1:Joseph Durwin, "Coulrophobia and the Trickster," Trickster's Way: Vol. 3: Iss. 1, Article 4. 2004

※2:向井泰二郎、人見一彦、「憑依状態 により二重記帳を形成することで安定した遅発性精神分裂病の1例」、近畿大学医誌、第25巻、第2号、2000

※3:Lars Kjaersgaard Hansen, Maria Kibaek, Torben Martinussen, Lene Kragh, Mogens Hejl, "Effect of a clown’s presence at botulinum toxin injections in children: a randomized, prospective study." Journal of Pain Research, Vol.4, 297-300, 2011

※4:Kannan Sridharan, Gowri Sivaramakrishnan, "Therapeutic clowns in pediatrics: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials." The European Journal of Pediatrics, Vol.175, 1353-1360, 2016

※5:Lennarud T. van Venrooij, Pieter C. Barnhoorn, "Coulrophobia: how irrational is fear of clowns?" The European Journal of Pediatrics, Vol.176, 677, 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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