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日本人F1ドライバー誕生への道のりは遠い?チャンスを掴むのは早くても2020年。

辻野ヒロシモータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト
ヨーロッパでF1を目指す若手ドライバー達【写真:FIA F2】

日本人のF1ドライバーはなぜ出てこないの?

普段モータースポーツを見ない方から決まって出てくるのがこの質問だ。残念ながら、この質問の答えには即答が難しい。なぜなら、日本人F1ドライバー候補生を取り巻く事情があまりに複雑すぎるからだ。事実として一つ言えるのは、来年(2019年)、20席のF1のレギュラーシートは全て埋まっており、その中に日本人は居ないということだ。

スーパーライセンスのポイントが足りない

2019年のF1は日本のホンダが「レッドブル」と「トロロッソ」にパワーユニットを供給することになり、4人のドライバーがホンダと共に仕事をすることになる。「レッドブル」はマックス・フェルスタッペン(オランダ)とピエール・ガスリー(フランス)、「トロロッソ」はダニール・クビアト(ロシア)とアレクサンダー・アルボン(タイ)でドライバーは既に外国人に決定済みだ。

かつてのF1ではホンダやヤマハが出ていた時代には一定の成績を残した日本人ドライバーを起用するというストーリーが成り立ったが、現在のF1ではそうは行かない。ストーリーを阻むのは参戦シリーズのランキングに応じて与えられるポイント制に変更された「スーパーライセンス」発給のための条件である。

F1参戦に必要な「スーパーライセンス」を発給できる条件を整えるには過去3年間で40点のスーパーライセンスポイントを獲得する必要がある。F1を頂点とした自動車レースのヒエラルキーの中で、その重要度によってシリーズごとに獲得できる点数が異なり、F1直下のレースである「FIA F2」には最も多くの点数が与えられるシステムだ。

FIA F2のレース 【写真:FIA F2】
FIA F2のレース 【写真:FIA F2】

その「FIA F2」のランキング1位〜3位には発給条件一発合格の40点が与えられ、今年2018年のランキング1位のジョージ・ラッセル(イギリス)はウィリアムズから、2位のランド・ノリス(イギリス)はマクラーレンから、3位のアレクサンダー・アルボン(タイ)はトロロッソから、それぞれ条件を満たし、2019年のF1デビューを決定している。「FIA F2」のランキング3位までが揃ってF1に昇格。まさにFIA(国際自動車連盟)の思惑通りのストーリーになったのだ。

ホンダの育成ドライバーとして今年、「FIA F2」に参戦した日本人の牧野任佑(まきの・ただすけ/21歳)はランキング13位、福住仁嶺(ふくずみ・にれい/21歳)はランキング17位。スーパーライセンスポイントは「FIA F2」でもランキング10位までしか与えられないため、今季は牧野は同シリーズで1回優勝、福住は8回入賞したものの、獲得できたスーパーライセンスポイントは共に0点。F1昇格に向けて厳しい現実を突きつけられ、彼ら2人はスーパーライセンス発給条件40点を満たせなかった。

イタリア・モンツァのレースで優勝した牧野任佑【写真:FIA F2】
イタリア・モンツァのレースで優勝した牧野任佑【写真:FIA F2】

日本で山本尚貴が条件を満たした

一方で、スーパーライセンスのポイントは「FIA F2」以外の様々なレースにも点数は低めの設定ながら与えられる。日本国内のレースにもこれは適用され、「スーパーフォーミュラ」(最大15点)、「SUPER GT」(最大20点)、「全日本F3」(最大10点)、「FIA-F4」(最大12点)と選択肢は多い。これらの国内シリーズを戦いながら、3年間で40点の条件を満たすことも現実的には考えられるというわけだ。特に2018年に改訂されたルールに「SUPER GT」が加わったことは日本で戦うドライバーたちにとって朗報だったと言える。

その改訂された条件をフルに活用し、スーパーライセンスポイント40点を満たしたのが山本尚貴(やまもと・なおき/30歳)。今季、スーパーフォーミュラの最終戦ではドラマチックな展開のバトルを制して5年ぶりのチャンピオンになり、翌週のSUPER GTではジェンソン・バトンと共にホンダNSXをチャンピオンへと導き、国内2大レースでダブルチャンピオンを獲得した。タイトルを獲得した両方の最終戦の走りを見ても、山本は間違いなく現代の「日本一速い男」。誰もが納得する素晴らしいレースを山本は見せてきたのだ。

山本尚貴【写真:MOBILITYLAND】
山本尚貴【写真:MOBILITYLAND】

山本は来年31歳を迎えることになり、来季F1デビューするラッセルが20歳、ノリスが19歳、アルボンが22歳という年齢を考えると現実的にはF1への道のりは厳しい。しかし、彼自身はインタビュー等でも語っているように、F1への夢を諦めてはいない。彼はその気持ちを行動で示すかのようにF1最終戦アブダビGPをピットで見学する積極的な姿勢を見せた。

条件を満たしてもスーパーライセンス発給には数千万円の費用が必要というのが定説で、当然のことながら自分自身で負担できるものではなく、メーカーやチームによる発給への支援が必要となる。もし、仮にスーパーライセンスが発給されたなら、2019年に代役としてのF1デビューの可能性も出てくる。これだけ素晴らしいパフォーマンスを見せたドライバーなのだから、山本がいつでもF1に出られるように条件を整えて欲しいところだ。

スーパーフォーミュラで走る山本尚貴
スーパーフォーミュラで走る山本尚貴

松下信治がFIA F2に復帰する

11月26日、ホンダから驚きのリリースが出された。牧野、福住が参戦した「FIA F2」に松下信治(まつした・のぶはる/25歳)が2019年シーズンに再挑戦することが発表されたのだ。

松下はホンダのF1復帰後の日本人ドライバー候補生として、2015年〜2017年の3年間、「FIA F2」(=旧GP2)に参戦。3年間で合計4勝を飾り、モナコGPの前座レースでも日本人として初めて優勝する快挙を成し遂げた。しかし、スターティンググリッドを逆順にするスプリントレース(第2レース)での優勝であり、第2レースのポイントは低めに設定されているため、最高ランキングは2017年のランキング6位に留まってしまう。彼もまた過去の3年間でスーパーライセンス条件を満たせなかった。

2016年のGP2モナコで優勝した松下信治【写真:FIA F2】
2016年のGP2モナコで優勝した松下信治【写真:FIA F2】

失意のまま帰国し、今年はスーパーフォーミュラに参戦していた松下だったが、予選での速さとは裏腹に決勝では結果を残せず、ランキング11位に終わる。低迷で終わった2018年だったが、そんな松下が再び「FIA F2」に舞い戻るというニュースには本当に驚かされた。来年26歳になる松下にとってはF1へのラストチャンス。とはいえ、結果が残っていない松下を再びヨーロッパに送るという決定には当然のことながら賛否両論の声が上がった。

しかし、松下は国内でレース活動を続けながら「FIA F2」参戦に向けて資金集めに奔走し、自らの努力と交渉でその道を切り開いた。貪欲な姿勢がホンダにも認められ、松下は今季アレクサンダー・アルボンがランキング3位を獲得した英国のトップチーム「カーリン」からの参戦が決まった。

松下は2017年のランキング6位で10点のスーパーライセンスポイントを保有しており、2019年はランキング4位(=30点)までに入ることが2020年、F1昇格への最低条件となる。もう勝負しなくてはいけないことは明白だ。松下は11月29日からアブダビのヤス・マリーナサーキットで開催されるテスト走行に参加する。

国内で発給ポイントをクリアか?

そして、まだ発表はないものの、今季「FIA F2」に参戦した牧野任佑福住仁嶺は帰国し、「スーパーフォーミュラ」への参戦が噂されている。ホンダが決してこの若き2人を見限ったわけではなかろう。先に書いたように、日本国内のレースでスーパーライセンス発給条件を満たす環境はある。ヨーロッパの様々な思惑が絡み合う中でレースをするよりも、メーカー自らの努力で結果に繋がる環境を構築可能な国内レースを戦わせる方が得策かもしれない。

ヨーロッパのF2と日本のスーパーフォーミュラに参戦した福住仁嶺【写真:FIA F2】
ヨーロッパのF2と日本のスーパーフォーミュラに参戦した福住仁嶺【写真:FIA F2】

彼らが国内復帰となるならば、スーパーフォーミュラの最大獲得点数は15点と低いため、条件達成のためにはSUPER GTへのダブル参戦も予想される。ただ、スーパーフォーミュラは来季、レッドブル育成ドライバーのダニエル・ティクトゥムの参戦が噂されていたり、王者の山本尚貴をはじめ経験豊富なドライバーたちで今季以上に激しい競争になることは確実。当然、ライバルのトヨタエンジンユーザーも高い壁となって立ちはだかる。さらにSUPER GTは今季NSXが大幅に進化して速さを見せたものの、ライバルメーカーとの競争は激しく、チームメイトの仕事ぶりも結果に影響するため、山本のようにダブルタイトルを得るのはそうそう簡単なことではない。もし、彼らが参戦するとなれば、ヨーロッパのレース以上に厳しい試練を乗り越えなければならないだろう。

ジェンソン・バトンやヘイキ・コバライネンなど元F1ドライバーの参戦するSUPER GTも若手ドライバーにとっての選択肢か?
ジェンソン・バトンやヘイキ・コバライネンなど元F1ドライバーの参戦するSUPER GTも若手ドライバーにとっての選択肢か?

来季で小林可夢偉がケータハムからレギュラー参戦して以来、日本人ドライバー不在が5シーズン目となるF1世界選手権。現実的にはホンダの育成ルートを辿ってチャンスを掴むのが唯一のF1への道。かつてのようにメーカーやスポンサーのバックアップあってのF1昇格が難しい時代になり、求められるのは純粋に結果だけ。同世代のライバル達と争うのではなく、経験豊富なベテラン達に立ち向かわなけれならない環境は若手ドライバーにとって酷であるが、それを乗り越えてこそ、真の世界に通用するF1ドライバーが生まれるのだろう。オリンピックに日本中が夢中になる2020年、彼らがF1参戦の条件をクリアし、チャンスを掴めることを祈ろう。

モータースポーツ実況アナウンサー/ジャーナリスト

鈴鹿市出身。エキゾーストノートを聞いて育つ。鈴鹿サーキットを中心に実況、ピットリポートを担当するアナウンサー。「J SPORTS」「BS日テレ」などレース中継でも実況を務める。2018年は2輪と4輪両方の「ル・マン24時間レース」に携わった。また、取材を通じ、F1から底辺レース、2輪、カートに至るまで幅広く精通する。またライター、ジャーナリストとしてF1バルセロナテスト、イギリスGP、マレーシアGPなどF1、インディカー、F3マカオGPなど海外取材歴も多数。

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