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新型コロナウイルスはどうやって人獣共通感染症になったのか。コウモリの糞便に要注意。東京大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(提供:イメージマート)

 なぜ、新型コロナのウイルスが、このように強い感染力と病原性を持つようになったのかは議論が続いている。東京大学などの研究グループは、コウモリに感染するコロナウイルスの分析から新型コロナのウイルスの起源を探るヒントを得たと発表し、次のパンデミックにどう備えるのか問題を提起した。

新型コロナウイルスはコウモリ由来か

 新型コロナウイルスの起源については議論が続き、米国では議会公聴会を巻き込んだ問題にもなっている。世界中をパンデミックに巻き込んだ新型コロナウイルス感染症だが、他のコロナウイルスはごくありふれたウイルスだ。

 新型コロナのウイルスは、人獣共通感染症(Zoonosis)のウイルスで、ウイルスの自然宿主(最初にウイルスにかかった生物)はコウモリとされている(※1)。一般的なコロナウイルスも人獣共通感染症で、最初に発見されたのが1965年という新しいウイルスだ(※2)。

 人獣共通感染症の自然宿主はコウモリが多く、コウモリの次は霊長類、齧歯類の順になるようだ。世界で新たな人獣共通感染症が発生するリスクの高い地域としては、コウモリはアジアの一部と中南米で多く、霊長類は中米、アフリカ、東南アジアに集中し、齧歯類は北米、南米、中央アフリカの一部と予測されている(※3)。

 コウモリ以外にもセンザンコウなどの野生動物から新型コロナウイルスと近縁のコロナウイルスが発見されているが、どのような特徴を持つコロナウイルスがヒトに感染するように変異し、パンデミックを起こすような感染力や病原性を持つようになるのか、そのメカニズムはまだよくわかっていない。

 東京大学などの研究グループ(※4)は、新型コロナウイルスと近縁でヒトに感染が確認されているコウモリ由来のコロナウイルスを使い、ヒトへの感染の経路として大腸で多く増殖することを明らかにし、人獣共通感染症としてのコロナウイルスがどうやってパンデミックを起こすまでに変異するのか、そのヒントの一端をつかめたと感染症の国際雑誌で発表した(※5)。

感染力や病原性の低いウイルスからわかること

 同研究グループは、以前にマレーシアやインドシナ半島のタイ、ラオスなどに生息するキクガシラコウモリの一種(Rhinolophus marshalli)から分離された新型コロナウイルスと近縁のB236株(BANAL-20-236)というコロナウイルスを使い、新型コロナウイルスとB236株を比較することで、パンデミックを起こすウイルスの特徴を知ろうと試みた。

 新型コロナウイルスは、ウイルス表面のスパイク・タンパク質が、ヒトの細胞のACE2(アンジオテンシン変換酵素2)を足がかりにして感染する。だが、感染するには、細胞の壁をこじ開けるための鍵が必要となる。

 それが新型コロナウイルスのスパイク・タンパク質に存在するFCS(Furin Cleavage Site)と呼ばれる切断解除システムで、新型コロナウイルスとB236株との大きな違いはB236株には細胞に侵入するためのFCS(切断解除システム)がないことだ。これまでの研究からFCSが、ウイルスがヒトへ感染して人獣共通感染症を引き起こすために重要な役割を持つことがわかっている(※6)。

 同研究グループは、新型コロナウイルスとB236株、そしてFCSを失わせた新型コロナウイルスを使い、よりヒトの臓器に近いiPS細胞によるヒト細胞(オルガノイド、ミニ臓器の呼吸器細胞モデル)、実験動物のハムスター(ヒトの新型コロナウイルスへ感受性を示すことがわかっている実験動物)に対し、3つのウイルスの特性を比較した。

 その結果、ヒト細胞の呼吸器細胞(iPS細胞による気道上記細胞)ではB236株が他の2つよりウイルスが増殖する能力が低い一方、ヒトの大腸のオルガノイドではB236株が他の2つよりも増殖能力が高いことがわかった。また、ウイルスに感染した細胞が細胞表面に形成する細胞のかたまりを作る能力を比較したところ、B236株は新型コロナウイルスよりもこの能力が低いことがわかった。

 実験用のハムスターを使った感染実験では、新型コロナウイルスで明らかな体重減少があり、FCSを失わせた新型コロナウイルスではわずかな体重減少、そしてB236株ではウイルス感染のない群と変わらない結果になった。また、他の2つのウイルスと比較し、ハムスターがB236株を肺からすみやかに排除することもわかった。

 これらのことから、キクガシラコウモリ由来のB236株は、呼吸器よりもヒトやハムスターの大腸などの腸管で多く複製されることが示唆され、またFCSがないこと以外にも病原性が低くなる何らかの因子を持つことが考えられた。

コウモリはなぜウイルスの「ため池」なのか

 コロナウイルスは、コウモリの大腸などで増殖し、糞便などから排泄されるようだ。つまり、他の動物へ感染する能力を持つようにウイルスが変異した場合、糞便などに触れたりすることで人獣共通感染症になってパンデミックを引き起こす危険性があるということになる。

 これまでのところ、コロナウイルスのFCSの有無についての研究はほとんどない。キクガシラコウモリのACE2の遺伝子配列はまだないものの、同研究グループは今後もコウモリなどヒト以外の他の動物由来のコロナウイルスに対する研究を続け、コロナウイルスがどうやってヒトに感染する力を持ち、病原性を強めるのかなどを明らかにしていきたいとしている。

 では、なぜコウモリが人獣共通感染症の「ため池」のような存在になっているのだろうか。

 それはコウモリとヒトには多くの共通点があるからだ。コウモリはウイルスが好みやすい不衛生な環境に密集して棲息して大集団を形成し、広く分布して長距離を移動し、ぺちゃくちゃと周囲に唾液をまき散らしながらコミュニケーションをとり、身体のサイズのわりに寿命が長い。

 その一方、コウモリの生息域は自然破壊で狭められ、これまで以上にヒトとの生息域が重なりつつある。地球温暖化で分布も変化し、これまでヒトとあまり接触しなかった種類のコウモリが身近に現れるようになってきた(※7)。

 コウモリというウイルスの「ため池」の中では、ウイルスが変異しやすくなっている。これからもコウモリから新たなウイルスが出現し、人類の脅威になるかもしれない。コウモリの糞便などには要注意だ。

※1-1:Peng Zhou, et al., "A pneumonia outbreak associated with a new coronavirus of probable bat origin." nature, doi.org/10.1038/1s41586-020-2012-7, 2020
※1-2:Sarah Temmam, et al., "Bat coronaviruses related to SARS-CoV-2 and infectious for human cells" nature, Vol.604, 330-336, 15, February, 2022
※2:Jeffery S. Kahn, Kenneth McIntosh, "History and Recent Advances in Coronavirus Discovery." The Pediatric Infections Disease Journal, Vol.24, Issue11, 2005
※3:Kevin J. Olival, et al., "Host and viral traits predict zoonotic spillover from mammals." nature, Vol.546, 2017
※4:東京大学医学系研究所感染・免疫部門システムウイルス学分野、北海道大学大学院医学研究院、北海道大学人獣共通感染症国際共同研究所、北海道大学One Healthリサーチセンター、京都大学iPS細胞研究所、ヒトレトロウイルス学共同研究センター熊本大学キャンパス、研究責任者は佐藤佳、伊東潤平(東京大学)
※5:Shigeru Fujita, et al., "Virological characteristics of a SARS-CoV-2-related bat coronavirus, BANAL-20-236" eBioMedicine, Part of THE LANCET Discovery Science, Vol.104, 105181, June, 2024
※6-1:Bryan A. Johnson, et al., "Loss of furin cleavage site attenuates SARS-CoV-2 pathogenesis" nature, Vol.591, 293-299, 25, January, 2021
※6-2:Tohmas P. Peacock, et al., "The furin cleavage site in the SARS-CoV-2 spike protein is required for transmission ferrets" nature microbiology, Vol.6, 899-909, 27, April, 2021
※7:Peggy Eby, et al., "Pathogen spillover driven by rapid changes in bat ecology" nature, doi.org/10.1038/s41586-022-05506-2, 16, November, 2022

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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