競争率150倍の人気、フライトだけを楽しむという新たな飛行機の魅力
飛行機を利用するとすれば、成田空港からホノルル空港へ、羽田空港から那覇空港へ、といったぐあいに「移動する」ことが前提になっているはずである。ところが、成田空港を飛びたって成田空港へ戻ってくる、つまり出発地と到着地が同じフライトが人気だという。それも希望者が抽選しなければならないほど殺到し、すごいときには150倍もの競争率になった。
|きっかけは顧客からの電話
競争率150倍にもなったフライトとは、ANA(全日本空輸)が昨年8月に初めて実施した「遊覧飛行」である。成田空港を発ち、四国上空などを経て鹿児島上空で旋回し、新潟上空などをめぐる約3時間半のフライトである。その間に、どこの空港にも着陸せず、再び成田に戻ってくる。
「きっかけは、昨年6月に当社のコールセンターにかかってきたお客様からの電話でした」というのは、この遊覧飛行を企画したANAのグループ会社である「ANA X」の国内旅行事業推進部商品開発チームの髙橋潤さん。
「新型コロナウイルス(新型コロナ)の影響で運休が続くなかでも、機材(飛行機)を正常に保つためには、お客様を乗せない状態でも飛ばさなければいけないんです。それがニュースで流れて、それを観たお客様から、『どうせ飛ばすなら、乗せてくれ』というお話があったんです」
このときニュースで流れた機材が、成田-ホノルル便だけで使われている「A380」だった。総2階建ての超大型旅客機というだけでも珍しいのだが、ウミガメのペイントがほどこされた、“空飛ぶウミガメ”を意味する「FLYING HONU(フライング・ホヌ)」と呼ばれているものだった。魅力ある機材である。
とはいえ、そういう要望が殺到したわけでもない。コールセンターに寄せられた顧客からの要望は2件だけにすぎなかった。「飛んで戻ってくるだけのフライトにお客が集まるのか?」という、懐疑的な声も社内にはあった。
それでも、実施にむけて動きはじめた。顧客に喜んでもらえるなら、という気持ちと、カラで飛ばすよりは少しでも収益になるかもしれない、という理由からだった。
「しかし、実現にむけて動きだしてみると、たいへんでした」と、髙橋さんは笑う。通常の定期便としての運航ではないので、チャーター便として飛ばすために航空路を選定し、その申請許可の手続きを新たにしなければならない。
A380は520名の乗客を乗せることができるが、募集は330名前後に抑えた。新型コロナの感染予防ということもあるが、大型機材なのでバスでの案内となるため、最初に搭乗してもらった顧客を長時間待たせないための配慮でもあった。
|ハワイを感じてもらえるフライトを工夫
ただ飛ばせばいい、というものでもない。搭乗してもらうからには、可能なかぎり顧客に楽しんでもらうようにしなければならない。
「そのために、記念品を準備したり、ホノルル便と同じ機内食を楽しんでいただけるようにしました。食事は定期便ではない、特定の日だけのためなので、その調整からして、たいへんでした」
最初の遊覧飛行は8月に予定していたので、搭乗口では係員がアロハシャツを着て迎えるなどハワイのムードをだすための演出も、いろいろに工夫した。それでも、ほんとうに顧客が集まるのかどうか不安はあった。
ところが蓋を開けてみると、150倍もの競争率になったのだ。それ以降も何回か不定期に実施しているが、最初のころの競争率まではいかないものの、それでも10倍となっている。
「窓側ではない席では外の風景もさほど楽しめるわけではないのですが、それでもホノルル便の機内食を楽しんでいただいたり、飛行機での旅気分を楽しんでいただけているとおもいます。小さいお子様連れのお客様も多くて、想い出づくりに利用されているのではないでしょうか」
と、髙橋さん。新型コロナが収束して国際便も普通に運航できるようになれば、当然ながら「FLYING HONU」は本来の定期路線に戻されることになる。そうなれば同機が遊覧飛行に使われるのか、遊覧飛行そのものが続けられるのかどうか、まだ方針は決まっていない。
ただ、遊覧飛行というニーズが存在していることだけは新型コロナの経験のなかから確認された。新型コロナ禍のなかで、航空各社が遊覧飛行を実施するようにもなった。ここから、新たな航空ビジネスへとつながっていくかもしれない。