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今期、猛暑に負けず熱かった男たちのドラマ

碓井広義メディア文化評論家
筆者撮影

思えば、今年の夏は本当に暑かったですね。気象情報で、「命に危険を及ぼすレベル」という表現を見聞きしたのも初めてです。

今期、そんな猛暑に負けないほど熱かった、男たちのドラマがありました。

沢村一樹の『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』

未然犯罪(まだ起きていない犯罪)を取り締まる。そう聞いて思い出すのはトム・クルーズが主演した映画『マイノリティ・リポート』(02年)です。これから起きる犯罪を予知能力者たちが感知すると、犯罪予防局が犯人になるはずの人物を捕まえていました。

フジテレビの月9『絶対零度~未然犯罪潜入捜査~』で使われたのは、予知能力者ではなくビッグデータです。

履歴から買い物までの個人情報、メールや携帯などの通信データ。さらに監視カメラの映像といった膨大なデータと犯罪データを照合することで、殺人など重大犯罪に走る可能性の高い人物を割り出していく。

ただし、あくまでも警視庁内の極秘プロジェクトなので、「ミハン(未然犯罪捜査チーム)」は警視庁総務部資料課という地味な部署を隠れ蓑にして活動していました。

リーダーは元公安の井沢範人(沢村一樹)です。若手の山内徹(横山裕)、小田切唯(本田翼)などと共に、ミハンシステムがリストアップする危険人物をマークしていきます。

いくつもの事案の中で、大学病院で亡くなった恋人の復讐を遂げようと、顔を整形して別人になりすます女性を、乃木坂46の白石麻衣さんが演じて話題になりましたね。

ターゲットは恋人を死に追いやった、大学の理事長。彼の息子との結婚式当日、「最愛の息子」を殺害することで、罰を与えようという計画でしたが、井沢たちの活躍で未然に防ぐことができたのです。

この井沢、ちょっと複雑な事情を抱えた刑事でした。それは公安にいた頃、叩き潰した犯罪組織からの報復として、妻と娘を殺されたという過去があるからです。自身で実行犯に対する復讐をしかけたため、ミハンに危険人物として指定されてしまったのです。

ふだんは軽口をたたくなど、ひょうひょうとした雰囲気なのですが、ふとした瞬間、ぞっとするほど冷酷な、また悲しげな表情を見せます。沢村一樹さんは、そんな井沢の表と裏をシームレスな演技で見せてくれました。

『ひよっこ』の“おとうちゃん”から、『絶対零度』のリーダーまでを演じ分ける沢村さん。次なる「オトナの男」が楽しみです。

綾野剛の『ハゲタカ』

綾野剛さんといえば、最近だと『コウノドリ』(TBS系)を思い出します。産科医療の現場を舞台に、患者と医療者、夫婦や親子のあり方について、社会背景を踏まえて描いたドラマでした。

主人公の鴻鳥サクラ(綾野剛)は、妊婦の気持ちに寄り添いながら出産をサポートしていく産科医。密かにジャズピアニストの顔も持つ、ミステリアスな私生活も綾野さんにぴったりでした。

そんな綾野さんが今期、挑んでいたのが木曜ドラマ『ハゲタカ』(テレビ朝日系)です。

原作は、2004年に出版された真山仁さんの同名小説。物語の舞台はバブル崩壊後の日本で、「ハゲタカファンド」と呼ばれた外資系投資ファンドを率いる鷲津政彦を軸に、銀行や企業など当時の経済状況や世相も取り込んでいました。

07年にNHKがドラマ化し、09年には映画にもなっています。その両方で主人公を演じたのが大森南朋さんでした。そんな大森さんの印象は強く、今回の綾野さんも比較されることが多かったですね。

しかし、結論から言えば、綾野さんの鷲津も悪くないどころか、オリジナリティのあるキャラが立っていました。綾野さん自身が、大森版など過去の映像作品にとらわれず、自分なりの鷲津像をつくり上げていたからです。

エリートビジネスマン風だった大森版鷲津に対し、インテリヤクザ風の綾野版鷲津。寡黙で伏し目がち、何を考えているのかわからないところが魅力だった大森版に比べ、綾野版は喜怒哀楽を明確に表現していました。

そこから、「死ぬこと以外はかすり傷だ」とか、「あなたはまだ生きている!」といった決めゼリフも生まれてきたわけです。

そうそう、鷲津が何かを考える際、机に両肘をつけ、顔の前で手を組む決めポーズがあります。これがアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の特務機関NERV(ネルフ)総司令であり、主人公・碇シンジの実父でもある、碇ゲンドウにそっくりでした。

和泉聖治監督の遊び心かもしれませんが、ちょっと嬉しかったです(笑)。そんなゲンドウ鷲津と、「使徒」ならぬ「腐った企業」の戦いは、最後まで猛暑に劣らず熱いものでした。

西島秀俊、安田顕、高良健吾の『満願』

1年の中で、お盆ほど「死者」が身近になる時季はありません。8月14日から3夜連続で放送された、ミステリースペシャル『満願』(NHK)は、まさに好企画だったと言えるでしょう。

原作は米澤穂信さんの同名短編集。収録された6編の中から3編を選んで、ドラマ化していました。

第1夜「万灯」の主人公は、商社マンの伊丹(西島秀俊)でした。単身赴任先は東南アジアの某国。天然ガス開発が使命ですが、頓挫していました。打開策は、村を牛耳る人物の殺害です。

伊丹はライバル企業の社員と共に犯行に及ぶのですが、その後、思わぬ事態が待っていました。西島さんが、仕事のためなら何でもする男を、あくまでも淡々と演じることで、観る側が感じる怖さが倍化しました。

また、交番勤務の警官・柳岡(安田顕)が、部下である川藤(馬場徹)の“名誉の殉職”に疑問を抱くのが、第2夜の「夜警」です。

刃傷沙汰の夫婦ゲンカを止めようとした柳岡たちですが、突然、川藤が夫に向かって発砲します。川藤は倒れる寸前の夫に首を切りつけられ、絶命しました。

柳岡は、葬儀で会った川藤の兄から「あいつは警官になるような男ではなかった」という話を聞き、川藤が死ぬ直前「うまくいったのに」という言葉を残したことを思い出します。この作品で、安田さんが見せた「鬱屈を抱えた警官」は絶品。3作中で最も強い印象を残しました。

そして最終夜の「満願」は、弁護士の藤井(高良健吾)が手がける殺人事件を軸に、過去と現在が交差する物語でした。

被告の妙子(市川実日子)は、藤井が学生時代に下宿していた畳屋のおかみさん。夫がつくった借金を取り立てにきた、金貸しの男を刺殺したのです。一本気な藤井と、奥底の見えない妙子。2人の絶妙な距離感がドラマに陰影を与えていました。

制作はNHKと日テレアックスオン。萩生田宏治(第1夜)、榊英雄(第2夜)、熊切和嘉(最終夜)といった演出陣がそれぞれに力量を発揮し、オムニバス映画3本分の見応えがありました。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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