ヘディングで認知症リスクが上がる?サッカー界への影響は。
【注意】本記事は最新の医学論文についての紹介あり、研究結果の内容はあくまでも「論文筆者」によるものです。また論文の解釈は論者により異なる可能性もあります。あくまでもご自身の見解形成の参考としてお読みください。
以前から指摘されていたプロサッカー選手の神経障害
ワールドベースボールクラシックの興奮も冷めやらぬ毎日ですが、2022年はサッカーワールドカップで盛り上がりました。予想外の大活躍に大きな声援を送られた方も多いのではないでしょうか。
しかし3月16日、そんなサッカー界に冷水を浴びせるような医学論文が報告されました。「ヘディングで認知症などの神経障害が増える可能性」が示されたのです。報告したのはカロリンスカ研究所(スウェーデン)のPeter Ueda氏たち。臨床医学領域ではNEJM(ニューイングランド医学雑誌)に次いで信頼性の高いランセット(Lancet)誌の「公衆衛生版」に掲載されました [文献1]。
もっとも、プロサッカー選手における神経障害リスク上昇はかねてから懸念されていました。衝撃的だったのは2019年、スコットランドからの報告です。プロサッカー選手は一般の人に比べ神経障害で死亡するリスクが約3.5倍も高いことが分かったのです [文献2] 。この論文が掲載されたのが臨床系医学では最も信頼性が高いとされるNEJMだったこともあり、欧州では大きな反響を呼び起こしました。
さらに2022年にはフランスからも、プロサッカー選手における認知症による死亡リスク増加を示唆する論文が出されました [文献3]。
ヘディングが悪い?
「サッカーで神経障害や認知症」と聞くと誰でも「ヘディングが悪いのかな?」と考えます。しかし上述のスコットランドやフランスの研究では、その点が明らかではありませんでした。その点Ueda氏たちによる今回の論文は、「ヘディングが神経障害の原因」である可能性を強く示唆しているのです。
同氏たちが解析したのは、スウェーデンの最上位レベルでプレーした経験のあるサッカー選手およそ6,000人です。この選手たちが神経障害を発症する確率を、年齢と居住地域をそろえた非サッカー選手56,000人強と比較しました。
するとサッカー選手ではアルツハイマー病やその他の認知症を発症するリスクが、非サッカー選手に比べ約1.5倍増えていたのです。ここまでの結果はこれまでの研究と大きく変わりません。
ゴールキーパーではリスク上昇なし
Ueda氏らの研究で興味深い点は、神経障害を発症するリスクの上昇をフィールドプレーヤーとゴールキーパーに分けて解析した点です。
するとヘディングする機会がまずないゴールキーパでは、神経障害を起こすリスクは非サッカー選手と同じでした。増えていなかったのです。非サッカー選手に比べ神経障害リスクが高くなっていたのはフィールドプレーヤーだけ。そして同じサッカー選手にもかかわらずフィールドプレーヤーはゴールキーパーに比べ神経障害を発症する確率が1.43倍、高くなっていました。
Ueda氏たちは明言を避けていますが、ヘディングが影響している可能性が強く示唆されていると言えるでしょう。
アマチュアに当てはめるかどうかは不明
ただし注意したいのは、今回ご紹介したデータはすべて「プロサッカー選手」にまつわるデータだという点です。試合数が少なく、ゲームの強度も低いアマチュアサッカーでも神経障害が増えるかどうかは不明です。Ueda氏たちもこの点には留意するよう呼びかけていました。
なお欧州サッカー協会(UEFA)と英国サッカー協会(FA)は冒頭でご紹介したスコットランド論文の出版後、未成年のサッカープレーヤーではヘッディング練習を減らし、ゲームでもできるだけヘディングの機会を避けるようガイダンスを出しています [文献5、6]。
また日本サッカー協会による「育成年代でのヘディング習得のためのガイドライン(幼児期~U-15)」には「現時点ではヘディングに関わるリスクについては、その科学的な根拠は十分ではない。今後の医・科学研究の報告を十分にフォローしながら、本ガイドラインは常にアップデートされる」と明記されています(太字化は筆者)。
今回の論文は一流学術誌に載ったしっかりした研究です。この結果を受け、どのような対応が見られるでしょう?この点にも注目です。
今回ご紹介した論文
- 神経障害のリスク上昇はフィールドプレーヤーだけ。ゴールキーパーでは増えず。
- スコットランドのプロサッカー選手は普通の人に比べ、神経障害で死亡する危険性が3.5倍も高い。
- フランスのプロサッカー選手は認知症に起因する死亡が多い。
- 英国サッカー協会による未成年サッカープレーヤーにおけるヘディング回避推奨 [PDF]
- 欧州サッカー協会による未成年サッカープレーヤーにおけるヘディング回避推奨。
上記はすべて英語ですが、無料翻訳サイトDeeplを使えば簡単に日本語に直せます。
ではまた!