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米国国務省の元外交政策アナリストが提案 北朝鮮を非核化させるための具体的な方法とは?

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
金氏は米朝首脳会談で合意書に署名したものの、非核化の動きを見せていない。(写真:ロイター/アフロ)

 史上初の米朝首脳会談から1ヶ月以上が過ぎた。しかし、北朝鮮はいまだ非核化のための具体的な行動に出ていない。国防専門家は“期限付きで非核化計画書を作成させるべきだ”と訴えていたが(北朝鮮が30日間で非核化計画を作らなければ、トランプ氏は“最大限の圧力2.0”を加えるしかない)、作成された様子もない。トランプ大統領は「非核化には期限を設けていない」とまで言い出している。米朝首脳会談はトランプ氏と金氏が合意書に署名しただけの、意味のない会談であったことが証明されてしまったようだ。

 北朝鮮が非核化のための行動に出ないのはなぜか? また、北朝鮮に非核化させるには具体的にどうすればいいのか? ジョージ・W・H・ブッシュ政権時代、米国国務省政治軍事局で外交政策アナリストを務めていたベネット・ランバーグ博士に話をきいた。

UCLAで、世界安全保障セミナーを主催しているベネット・ランバーグ博士(写真中央)。筆者撮影
UCLAで、世界安全保障セミナーを主催しているベネット・ランバーグ博士(写真中央)。筆者撮影

非核化には十分な安全保証が必要

ーー先の米朝首脳会談についてはどう思われましたか?

 失望しました。よく出されるような一般的な声明しか出されなかった。米朝の指導者が会い、戦争を回避させた点は評価しますが、非核化の次のステップは具体的に提示されず、中身が全然ありませんでした。おそらく、両国間の交渉が事前に十分にできていなかったか、あるいは、会談当日、指導者間で行われた会談や側近を交えた両国間の会談で合意点を見出せなかったのでしょう。

ーー北朝鮮はいまだ非核化計画書も出しておらず、非核化のための具体的な動きを見せていませんが、なぜでしょうか?

 アメリカを信頼していないからだと思います。私がもし金氏のアドバイザーだとしたら、彼にこう尋ねるでしょう。「あなたはアメリカを信頼できますか? アメリカの野心や目的は何だと思いますか? 30年かけて開発した核を放棄できますか?」と。金氏の側近の中には彼にそんな質問を投げかけている人が必ずいると思います。金氏としても、リビアのカダフィー大佐の二の舞になりたくない。北朝鮮は十分な安全保証が与えられていると感じていないから、非核化の動きに出ていないのだと思います。

ーーでは、北朝鮮にどんな安全保証を与えれば、彼らは非核化するのでしょうか?

 私なりにその方法を考えてみました。それは様々な層からなる階層化アプローチとなります。

 4月に行われた南北首脳会談では、非武装地帯(DMZ)を平和地帯にするという合意がなされましたが、まず、そこにテコ入れをするのです。具体的には、平和地帯での紛争を防ぐため、1953年の朝鮮戦争休戦協定の際に設けられた中立国監督委員会を見直し、両国が同意した国々の軍人数百人に平和地帯を監視させるのです。今は、非武装地帯では、わずかな数のスイスやスウェーデンの軍人しか監視していない状況ですから。

平和地帯の北に中国軍を配備

ーー非核化の過程でも、安全保証が必要になりますよね?

 非核化するには、北朝鮮はどこにどれだけの核があるのか申告する必要があります。しかし、北朝鮮は申告することを恐れています。申告すれば、非核化の過程で問題が起きた場合、そこがアメリカの攻撃ターゲットになってしまう恐れがあるからです。

 では、アメリカの攻撃ターゲットにならないようにするにはどうすればいいか。北朝鮮と同盟関係にある中国が北朝鮮に安全保証のための様々な仕掛けを提供できると思います。核施設の停止状況を検証するのは国際原子力機関(IAEA)の査察官ですが、例えば、中国はその中に中国人査察官を入れてもらうのです。中国は自国の人材を危険に晒すことになりますが、そうすることで、北朝鮮がアメリカから攻撃を受けるのを防ぐのです。アメリカは、中国人査察官がいるところは攻撃しないからです。

 中国にはさらなる貢献をしてもらってもいいかもしれません。北朝鮮が許せばですが、非武装地帯の北に、軽武装した数千の中国軍を緩衝部隊として配備するのです。北朝鮮は韓国からの軍事行動も恐れているので、彼らは重要な陽動部隊となるでしょう。

 中国軍の配備は、非核化と同時に行います。また、中国軍の配備により、ロケットなど北朝鮮が所有する様々な兵器や化学兵器も放棄させることもできるかもしれません。

ーーしかし、北朝鮮は、中国軍を国内に配備させるでしょうか?

 確かに、北朝鮮は中国軍を領土に入れないという意見もあります。しかし、金氏は、核を放棄したら、カダフィー大佐の二の舞になることを懸念しています。

 また、歴史を振り返ると、ウクライナ侵攻という最悪の事態も起きました。ウクライナは旧ソ連から引き継いでいた核兵器を放棄しましたが、放棄する見返りとして、ウクライナ領土には侵攻しないという安全保証の約束をアメリカ、ロシア、イギリスと取り付けました。しかし、その約束から20年を経た2014年、ロシアは約束を破ってウクライナに侵攻し、その一部を奪取してしまいました。北朝鮮はこのウクライナのケースについてはまだ言及していません。ロシアを怒らせたくないからでしょう。しかし、ウクライナは核兵器を放棄したために、侵攻されてしまった。金氏は北朝鮮も同じような状況に陥るのではないかと懸念しているはずです。

 北朝鮮は十分な安全保証を求めているのです。しかし、今のところ、アメリカが非核化と引き換えに与えようとしている保証は経済制裁の解除や経済支援や外交政策による保証だけ。しかし、北朝鮮にとっては、これらは十分な安全保証とは言えないのです。

ーーしかし、階層化アプローチにより、北朝鮮は核をすべて放棄するでしょうか?

 北朝鮮がすべての核を放棄するとは思いません。また「核を放棄しました」と彼らが宣言したところで、それを確かめる術もありません。金氏は北朝鮮のすべてにアクセスさせることはないからです。彼の住まいやベッドの下はチェックさせてはくれないでしょう。しかし、核は、すべてとはいかなくても、一部であっても放棄させることはいいことだと思います。

軍事行動の透明性を高める

ーー北朝鮮の非核化に対し、トランプ政権はどういう動きに出たらいいのでしょうか?

 北朝鮮が非核化するのに対し、トランプ政権は、在韓米軍28000人の一部を撤退させ、軍事演習の数を減らし、グァム島から核戦闘能力があるB52爆撃機を撤退させればいいと思います。

 非核化には確認作業が必要ですが、それは国際原子力機関(IAEA)が行います。また、これまでの軍縮協定で行われてきたように、紛争解決パネルがルールを作る必要もあるでしょう。

 さらに、米朝が秘密裏に軍事力増強を図るのを防ぐために、中立国監督委員会に監督させたり、アメリカが北朝鮮に衛星による監視システムを提供したりしてもいいのではないでしょうか。また、両国は、軍事行動の透明性を高めるため、領空開放プログラムを採用して、韓国と北朝鮮の上空に、非武装の偵察機を飛行させることもできると思います。

 もっとも、米朝間に横たわる深い不信を考えると、私が考えた階層化アプローチを進めるのはなかなか難しいかもしれません。しかし、この階層化アプローチによる安全保証は、金氏が核を持たずして政権を維持していくことを可能にし、同時に、アメリカと韓国も守ることができると思います。やってみる価値があるアプローチだと思います。このまま何もしなければ、恐ろしいことが起きる懸念もありますからね。

ーー懸念している恐ろしいこととは、何でしょうか?

 北朝鮮が核物質や核兵器を他国に売ることです。それが最も懸念されるレッドラインです。アメリカは北朝鮮にそんなことをさせてはならない。例えば、北朝鮮は制裁を受けているイランに爆弾を売るかもしれません。私はそれを最も危惧しています。彼らはシリアに原子炉を売ったし、イランにはミサイル技術を売りましたから。イランはこれからもっとアメリカの経済制裁を受けるでしょうから、北朝鮮がイランにアプローチしてもおかしくありません。アメリカはそれを最も懸念しています。

 トランプ政権は北朝鮮に十分な安全保証を与えて、非核化を実現することができるのだろうか?

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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