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実名報道のあり方とメディア・スクラムに真摯な反省を

伊藤和子弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

アルジェリア人質事件はあまりに痛ましい結果となった。

遺族の方々のことを思うと言葉がない。亡くなられた方のご冥福を心からお祈りしたい。

今回、日揮の意向により、人質となられた方の氏名はしばらく公表されず、「家族の強い意向」とされた。こうした事件でのメディア・スクラムの過熱と家族の意向を考えれば、賢明な判断だったと思う。

ところが、朝日新聞等がこうした意向に反して実名を報道し(報道によれば遺族との約束を破って実名公表したとされる)、政府も最終的には実名公表するに至った。

メディアにはなぜこのような要望が出たのか、なぜこの間、報道機関の実名報道に厳しい批判が起こったかを考え、真摯に反省し、常軌を逸した取材報道を改めてほしい。

邦人が海外で大規模な犯罪に巻き込まれた時、メディアは当たり前のように実名を公表し、犯罪被害の詳細を書きたて、ショックを受けている本人や遺族に対して追い打ちをかけるように心無い取材合戦・報道をしてきた。

観光旅行に行って殺害された女性等には「甘かったのではないか」、ジャーナリストや人道支援家には「危険なところに行った判断が間違っていたのではないか」と非難し、プライバシーを暴き立ててきた。

無事で帰ってほしいと祈る家族、死去を知らされて本当に大きなショックを受け、立ち直れずにいる遺族の方々に、情け容赦なく、何ら関係もない報道関係者が取材合戦・会見要求をし、居丈高に私生活に介入し、追い打ちをかけるようなストレスを与えてきたのだ。

それは暴力的であり、第四権力ともいわれる権力をかさに着た強制的なものであり、脆弱な個人が太刀打ちできるようなものではない。

私自身は、2004年のイラク邦人人質事件の際、人質になった一人と親交があったので、ご家族に頼まれて様々なサポートをしたことがある。

この事件では、三人の人質の実名が公表され、新聞に大きく顔写真が掲載された。そして自宅には報道陣が殺到した。しかし、事前に家族などにメディアが了解をとって実名を公表した形跡はない。

犯人グループが自衛隊撤退を求めたために問題自体が政治性を帯びてしまったことも影響しているが、家族はメディアに連日さらされて、その一挙手一投足が詳細にメディアに取り上げられ、家族へのバッシングが人質バッシングにつながった。プライバシーを侵害したり、憶測に基づくひどい報道が雑誌を中心に相次いで報道され、あまりにも心無い報道に、「犯罪に巻き込まれただけでなぜこんなプライバシーまで書きたてられるのか」と愕然とした。

人質になった方々は解放されるまで、国内でどんな報道がされたのか、全く知らなったわけであるが、犯罪に巻き込まれただけで著しい精神的なダメージを受けているのに、解放された際に突然、「日本に迷惑をかけた」「自己責任だ」などと言う非常に厳しい日本の世論に接して、一層心の傷を深めていった。

救出されて帰国した直後、人質になった三人の方は、無防備にカメラのフラッシュの放列にさらされ、恐怖を覚えたようだ。

自宅に帰る前に一時滞在した都内のホテルで、メディアの方々とやりとりをしたことを覚えているが、毎日本人の声を拾うためにホテルの前で待ち続けていたメディアは怒りやいらだちを隠そうとせず、「あれだけみんなに心配をかけたのだから、会見を開いてほしい、いつ開くのか。」と迫り、「いつまでも会見を開かないと、我々の三人に対する報道姿勢はいよいよ厳しくなりますよ」と脅してきた。

被害直後に事件を思いおこすということはそれ自体フラッシュバックを伴うものであり、大勢の人間の前で声を大にして事実関係を微細にわたり問い詰められる「会見」というものは精神的に著しい負荷である。精神科医はもちろんストップをかけた。2004年の事件の場合、「判断が甘かったのではないか」などと徹底して責められるという恐怖も甚大であった。

本人の心身が少し回復したタイミングにようやく会見を開いたわけだが、そうした対応も批判された。

週刊誌のなかには、いまだに「あの人は今」という記事で、元人質だった方に悪罵を投げつけるような報道をする社もある。

以後、海外で活動するNGOやジャーナリストが海外で拘束されたり、殺害されたとき、家族の方々はただでさえ筆舌に尽くしがたい不安・悲しみに会いながら、同時に取材攻勢に苦しみ、どうバッシングをされないように細心の注意を払うか、を考えなければならなくなってしまった。

しかし、NGOやジャーナリストのようなバックグラウンドもない個人の場合、さらに無防備な立場に置かれてしまう。イラクで残虐に殺されてしまったのに、実に心無い報道やバッシングをされた青年がいた。ご遺族はどんな心情だっただろうか。

今回は企業の海外事業のケースであるから事情は異なり、「状況判断が甘い」などの批判等はないであろう。しかし、そうであったとしても、遺族の心情を無視した取材攻勢やプライバシーの侵害は、到底常人が耐えうるものではない。

もちろん、表に出て救出を訴えたい家族もいることだろうし、事実を語りたい被害者もいるであろう。しかし嫌だという人のプライバシーを無理やり暴く必要はないはずである。

今後、被害者の実名報道をするか否かについては、被害者や残された人々の意思に基づき、氏名の公表をするか否かが決められるべきで、被害者・遺族から非公開を求める要望が出された場合、実名を公表しない扱いを真剣に議論すべきだと思う。

また、ひとたび氏名が公表されたからと言って、いかなるメディア・スクラムにも耐えなければならない、いかなるプライバシー侵害にも耐えなければならない、というのは絶対におかしいと思う。

遺族の方々、帰国された方々の心境を思うと、これ以上の取材合戦が行われないことを切に望む。

そしてメディアに対して、本件に限らず、報道が過熱しがちなこうした事件について、実名が仮に特定された後であっても、被害者、生存者、遺族の心情を最優先し、心情を踏みにじるような報道被害を起こさないよう、明確なルール作りをするよう求めたい。

生存者、遺族の方々の心のケアを何よりも優先してほしいと願う。

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ副理事長

1994年に弁護士登録。女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。ミモザの森法律事務所(東京)代表。

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