都市伝説「二日酔いはロキソニンで治る」は本当なの?医師が始めた検証プロジェクト
「ロキソニンって、あるじゃないですか」
「はいはい、痛み止めの薬ですよね。頭痛とか生理痛などに良く使われます。最近ではテレビCMでも良く名前を聞きますよね」
「そうです。それが、”二日酔いに効く”っていうウワサが、医師のあいだに広がっているんですよ」
「ええー、そうなんですか?」
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循環器内科医の原正彦さんから、医師のあいだに広がる『都市伝説』について聞いたのは、去年の夏ごろのことでした。
飲みすぎた次の日などに頭痛、吐き気や全身のだるさに襲われる「二日酔い」。つらいものですよね…。すぐに良くなる方法があれば知りたいところですが、わたし個人はこれまで、良い手立てを聞いたことがありません。
ロキソニンは、炎症を抑える効果があり、頭痛や生理痛などの痛みを和らげる目的で広く使われています。2010年からは医師の処方せんがなくても薬局で買える薬(スイッチOTC)として販売されていますので、名前を聞いたことがある方も多いかもしれません。
二日酔いの症状のひとつに頭痛がありますから、その対策にロキソニンを使うのは理解できます。でも原さんによると、医師のなかには経験的に、ほかの症状(全身のだるさなど)にも効くのでは?と感じている人が少なくないんですって。
いわば「都市伝説」みたいなもの。でも医療者向け雑誌「日経メディカル」が行ったアンケート調査(※1)では、医師2700人以上に聞いたところ、全体の17.1 %が「二日酔いをやわらげるためにロキソニンを服薬したことがある」と答えました。2割近くというのは、確かにけっこう多い気もします。
そこで今月、原さんは仲間の医師と声をかけあって、この「伝説」の検証を目指す試験をはじめました。
どう確かめる?薬の効果のホントのところ
そもそも、ある薬や治療法に「効果がある」ことを確かめるには、どうすれば良いのでしょうか?
例えば『薬を患者さん100人に飲んでもらい、後日、どのくらいの人が治ったかを調べる』というやり方はどうでしょうか。十分なようにも思えますが、実はこのやり方では、正確に効果を調べることはできません。
というのも症状の感じ方(例えば「気持ちが悪い」)は、そのときの精神状態によっても左右されます。効果が全くない薬だったとしても「薬を飲んだから大丈夫」と気持ちが軽くなれば、体調が良くなったように錯覚するかもしれません。また、単に時間が経過したから自然に良くなった可能性もあります。
じゃあ、どうすれば良いのか?一般的に行われているのは「比較試験」という方法です。
研究の参加者をいくつかのグループに分け、片方には本物の薬を飲んでもらい、片方のグループには、形は似ているけれど薬の成分を含んでいない「偽の薬」を飲んでもらい、効果を比べます。こうすることで、思い込みや自然治癒の影響を減らすことができます。
さらに厳密に調べる場合、「本当の薬」グループと「偽の薬」グループで年齢や性別などの偏りが出ないようにするために、くじ引きなどで参加者をランダムに振り分ける「ランダム化」をします。このような手続きを踏むことで、ある薬に本当に効果があるのかどうか、その実態が見えてくるのです。
でも考えてみると、この手続きを行うのって、偽の薬を作ったり、参加者にいろいろ指示したり、とっても大変そうですよね。実際、上記のような手続きを踏んだ「ランダム化比較試験」は手間もお金もかかり、原さんによると、最近では医師や研究者もなかなか手を出さなくなっているんですって。
実は原さんが今回、「二日酔いとロキソニン」という都市伝説をわざわざ検証しようとした背景には、「若い医療者に、もっとこういう試験にチャレンジしてもらいたい!」という思いもあるのだそうです。では具体的に、どんなことを予定しているのか?その裏にある思いは?インタビューしてみました。
Q)今回の検証は、具体的にどのようなことをするんですか?
今回の試験で薬を飲む被験者は、医師から募集しています。すでに、若手を中心に80人の応募を頂いています(9月9日現在、募集継続中)。
参加者は、まずランダムに「本当の薬」グループと「偽の薬」グループに分けられ、どちらかの試験薬が郵送されます。外見上は全く一緒ですから、自分にどちらが送られているかは本人にはわかりません。
その後、参加者が二日酔いになったと感じたときに試験薬を飲んでもらい、3時間後に全身のだるさなどがどう変わったかを報告してもらいます。試験の運営は完全にボランティアで行い、試験薬の購入や郵送など研究費の一部はクラウドファンディングでご支援を募っています。
Q)なるほど、それにしても、なんでそもそも「二日酔いとロキソニン」について調べようと思ったんですか?
もちろん、本当かどうか確かめたい、という思いがあります。もし本当であれば二日酔いに悩んでいる方にとって朗報でしょうし、また効果がないとわかれば、不適切な薬の利用を防ぐことにつながります。
もう一つの理由は「ワクワクできる」ということです。都市伝説的に何となく言われてきたことをみんなで検証するって、何かワクワクしませんか?
Q)確かに!ワクワクするって大事ですよね
そうです、そうです。いま海外では臨床研究(人間に対し、治療を目的として行われる研究)の数はどんどん増える傾向にあります。ところが日本では研究費が厳しくなっていることもあり、その流れから置いて行かれつつあります。臨床研究の数が減り、若い医療者が触れる機会が少なくなれば、将来的にもっと臨床研究が減るという悪循環にもつながりかねません。
だから、今回の試験に若手の医療者に参加してもらうことで、臨床研究ってどういうものか、効率的に進めるにはどうすれば良いのかなどを学んでほしいんです。そのことが、将来の医学の発展に役立つと思っています。
Q)なるほど。今回は原さんたち医療者が企画し、医師を対象に行う試験ですよね。その研究費をクラウドファンディングで一般の人にも支援をお願いするのは何故ですか?
先日、「えんとつ町のプペル」の作者、西野亮廣さんの記事を読んでいたら、クラウドファンディングは「支援者がそのプロジェクトの当事者になれる」仕組み、と書かれていて、非常に共感を覚えました。
臨床研究と聞くと他人事というか、遠い世界の話のように聞こえるかもしれないけれど、いざ病気になったときに頼りになる薬や治療法をよりよいものにするために、欠かせないものです。もし少しでも興味を持っていただけたとしたら、より多くの人に「当事者」として、このプロジェクトに参加してもらい、楽しんで頂けたらなと思っています。
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【ご紹介した取り組みについて(外部リンク)】
※~Hungovercome(ハングオーバーカム)試験とは~
【備考】
※筆者と取材対象者である原正彦医師は以前からの知り合いですが、今回の記事の執筆にあたり一切の利益の供与は受けていません。
※今回の臨床研究に関し、ロキソニンを販売している製薬企業との間で利益の供与などは行われていないことを原医師に確認しています。
※今回の取り組みは日本臨床研究学会倫理審査委員会による承認を受けUMIN-CTRに登録されています。(ID :UMIN000028441)
【参考資料】
(※1)日経メディカル記者の眼「二日酔いにロキソニンが効く」は本当か 2015/9/16 田島 健=日経メディカル