Google、Facebookの「ニュース使用料戦争」勝ったのは誰か?
グーグルはニュース使用料の支払いに急転直下で同意し、フェイスブックはニュース共有を拒否する――。
プラットフォームによるメディアのコンテンツへの対価支払いを義務付けるオーストラリアの法案審議の最終盤で、標的とされたグーグルとフェイスブックの対応が、大きく分かれた。
撤退も掲げていたグーグルは一転、ニューズ・コーポレーションなど大手メディアグループとの交渉に相次いで合意。法案成立前に、オーストラリア政府との"手打ち"の雰囲気が漂う。
一方でフェイスブックは、オーストラリアでのニュースコンテンツ共有の排除を断行した。
グーグルはすでにフランスでメディア業界とニュース使用料支払いに合意しており、オーストラリアでも土壇場で譲歩戦術に切り替えたようだ。
プラットフォームによるデジタル広告収入の支配とニュースメディアの地盤沈下は、世界的な課題となっている。
オーストラリアで動きがあった同じ日、日本では公正取引委員会が、やはりプラットフォームによるメディアへの配信料基準の透明化の提言を含む報告書を公開している。
プラットフォーム規制の機運が高まる中で、同様の議論は各国へ波及しそうだ。
だが、プラットフォームからの期限付きのニュース使用料が、メディアが抱える問題を解決するわけではない。
●フェイスブックがメディアを排除する
オーストラリア首相のスコット・モリソン氏は2月18日午後4時半すぎ、フェイスブックにそんな投稿をした。
フェイスブックは現地時間の17日、オーストラリアでニュースコンテンツの共有と閲覧を制限する、と公式サイトで表明。
同国内では18日から、地元メディアのコンテンツの共有・閲覧に加えて、海外メディアのコンテンツも表示されなくなった。
この余波で、保健関連の行政機関のフェイスブックページなども、コンテンツが削除されるという混乱も起きている。
フェイスブックはグーグルとともに、オーストラリアの規制法案「ニュースメディア・デジタルプラットフォーム契約義務化法」の標的とされてきた。
同法案は大手プラットフォームにメディアとのニュース使用料の交渉を義務付け、不調に終わった場合には、仲裁機関が拘束力を持った裁定を下すという内容だ。
そして同法案はフェイスブックがニュース共有の排除を表明した17日、下院を通過している。
※参照:Googleがメディアに報酬、「陽動作戦」が明暗を分ける(01/23/2021 新聞紙学的)
※参照:Googleが1,000億円をメディアに払う見返りは何か?(10/04/2020 新聞紙学的)
ニュースコンテンツの排除という強硬策に踏み込んだことについて、フェイスブックのオーストラリアとニュージーランド担当のマネージングディレクター、ウィリアム・イーストン氏は「苦渋の選択」とした上で、後述のようなグーグルとの立場の違いを、こう説明している。
その上で、フェイスブックのニュースフィードで、ニュースの占める割合は4%未満で、「ビジネス上の収益は最小限」だとしている。
グーグルとフェイスブックの対応の違いは、モリソン氏もこう指摘している。
●グーグルの脱出口
ニューズ・コーポレーションは17日、ニュースリリースでそう発表した。
この合意には、ウオールストリート・ジャーナルやニューヨーク・ポストなどの米国メディア、タイムズやサンなどの英国メディア、そしてスカイ・ニュースなどのオーストラリアメディアが含まれる、としている。
そしてリリースは、「オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)」委員長のロッド・シムズ氏、首相のモリソン氏、財務相のジョシュ・フライデンバーグ氏ら、「ニュースメディア・デジタルプラットフォーム契約義務化法案」を推進してきた中心人物の名前を挙げて、謝意を表明している。
つまり、この合意は法案があってこそ成立した、ということのようだ。
グーグルはこれまで、同法案には強い反対姿勢を示していた。
1月22日の議会公聴会で証言に立ったグーグルのオーストラリア・ニュージーランド担当のマネージングディレクター、メル・シルヴァ氏は、「現時点の本法案が成立すれば、オーストラリアではグーグル検索を停止せざるを得ない」とまで述べた。
だがそれからわずか2週間後、法案審議が最終盤に入った2月4日に、一転して、モバイル向けの新サービス「ニュースショーケース」をオーストラリアでも開始する、と公表する。
「ニュースショーケース」とは、いわば新サービスという看板の、法規制回避の"当て馬"だ。「ニュースショーケース」へのコンテンツ提供料という名目でメディアと使用料契約を結び、法規制による拘束を逃れる。
立ち上げ時には、キャンベラ・タイムズなど7サイトと契約。その後、矢継ぎ早に大手メディアとの合意を取り付けている。
まず大手のセブン・ウェスト・メディアが15日にグーグルとの合意を発表する。
ニューデイリーなどの報道では、契約金額は年間3,000万オーストラリアドル(約24億6,500万円)と見られている。
やはり大手のメディアグループ、ナイン・エンターテイメントも17日、グーグルとの合意が報じられている。
同グループ傘下のシドニー・モーニング・ヘラルドによると、契約は5年間で金額はやはり年間3,000万オーストラリアドル以上に上るという。
そして、オーストラリア国内の新聞の3分の2を傘下に持つ「マードック帝国」ニューズ・コーポレーションとの合意。
法案推進の中心の1人、財務相のジョシュ・フライデンバーグ氏は17日、グーグルの相次ぐメディアとの契約合意を受けて、同社を新法案の対象から外すことを考えているか、との報道陣からの質問に、こう回答している。
グーグルには、法案からの脱出口が見えてきているようだ。
●勝ったのは誰か?
では、この"ニュース使用料戦争"で勝ちが見えてきているのは誰か?
グーグルがニュース使用料の支払い交渉で先行したのはフランスだ。
グーグルとフランスのメディア団体「一般報道同盟(APIG)」との間で合意が成立したことは、1月21日に発表されていた。だが、その金額については明らかにされてこなかった。
ロイター通信の2月13日の報道によると、その合意内容は、「一般報道同盟」に加盟する121社との間で3年間に合わせて7,600万ドル(約80億円)を支払う、というものだった。
その内訳は年間2,200万ドルのニュース使用料に加えて、3年間は著作権侵害の申し立てをしないとの誓約によって1,000万ドルが追加で支払われる、という。
また、個別のメディアへの金額も、ルモンドの130万ドルから地方メディアの1万3,741ドルまで、幅があるという。
このフランスでの合意は、年額で見ると121社を合わせても、セブン・ウェスト・メディアやナイン・エンターテイメントなどオーストラリアの大手メディアグループ1社分程度だった。
さらに、グローバルでの契約を明らかにしたニューズ・コーポレーションは、これらをさらに上回る金額と見られる。また、同社との3年契約の中には、購読契約プラットフォームの開発や広告収入のシェアなども含まれる、とされている。
フランスとオーストラリアの違いは、法律の強制力だ。そして、その背景にはニューズ・コーポレーションなどの政治力と交渉力が見え隠れする。
フランスでは、メディアにコンテンツ使用料の交渉権を認めているが、オーストラリアの法案では、交渉が決裂した場合に仲裁機関が拘束力のある裁定を出す仕組みになっている。
使用料について、事実上、グーグルなどのプラットフォームによるコントロールがきかない強力な建てつけと言える。
それを強力に推し進めたのは、モリソン政権と足並みをそろえた大手メディアグループだ。
●各国が注ぐ視線
メディアとプラットフォームの報酬をめぐる問題は、グローバルに広がっている。そのため、オーストラリアの動きを、各国も注視している。
フランスとオーストラリアの合意金額の差を見せつけられたEUは2020年12月、プラットフォーム規制のための「デジタルサービス法」「デジタル市場法」という2つの新法案を発表している。
※2021年、GAFAは「大きすぎて」目の敵にされる(12/18/2020 新聞紙学的)
メディアのコンテンツ使用料交渉権を認めるEUの新著作権指令を主導した元欧州委員会副委員長で欧州議会議員のアンドルス・アンシプ氏は、フィナンシャル・タイムズの取材にこうコメントしている。
カナダ政府の遺産大臣、スティーブン・ギルボー氏も1月末、プラットフォームによる報道機関への補償に関する法案を今年の早い時期に提出する予定であることを明らかにしている。
カナダでは、これと合わせて、ヘイトスピーチや児童ポルノなどの違法コンテンツへのグーグル、フェイスブックなどのプラットフォームの対策の監督機関を設置する新法も予定しているという。
さらに、ギルボー氏はツイッターでもこう述べている。
日本では公正取引委員会が17日、154ページに及ぶ「デジタル・プラットフォーマーの取引慣行等に関する実態調査報告書―デジタル広告分野の取引実態に関する最終報告書」を公開している。
この中で、EUやオーストラリアの動向も参照しながら、プラットフォームからメディアに対する配信料の算定基準が曖昧だとされる問題について、「公正な競争を促進する観点から,配信料の算定に関する基準や根拠等が明確化されることが望ましい」などと指摘している。
●「メディア帝国」の逆襲
オーストラリアの動きに対しては、異論もある。
米ニューヨーク市立大学ジャーナリズムスクール教授のジェフ・ジャービス氏は、グーグルの一連の合意によって損害を被るのは、社会だ、と述べる。
ネットの広がりは既存メディアによる体制を揺るがし、新たなメディア生態系を生み出す――そんなメディアのイノベーションの期待の果てに登場したのが、相も変わらぬ「メディア帝国」の強力な政治力と交渉力だった、というのがジャービス氏の批判のポイントだ。
これらはグーグル、フェイスブックの主張でもあり、ワールド・ワイド・ウェブの開発者、ティム・バーナーズリー氏の主張でもある。
ニューズ・コーポレーションを筆頭に、政権と足並みをそろえ、規制法案を掲げたキャンペーンで多額の合意にこぎつけたオーストラリアの大手メディアグループ。
合意には及んだものの、その金額には大きな開きが出たフランス。
その差は、前述のように「メディア帝国」の政治力と交渉力の差、と見ることはできそうだ。
●時間を買う
プラットフォーム規制は、世界的な課題だ。
その中で、オーストラリアの動きが各国に波及し、プラットフォームとメディアの利益の分配をめぐる議論が広がることは避けられないだろう。
ただメディアに視点を移せば、このような期間限定の利益配分によって得られるものは、地盤沈下への猶予時間に過ぎない。
オーストラリアでのグーグルとの合意で、大手メディアはその猶予時間を買ったことになる。
その時間をメディア環境の変化に対応するために使うことができるかどうか。
それができなければ、結局、メディアが抱える問題の出口は見えてこない。
(※2021年2月19日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)