「プリゴジン氏の亡霊」が暗躍、米大統領選最終盤にロシア偽情報攻撃のインパクトとは?
米大統領選最終盤に「プリゴジン氏の亡霊」が暗躍している――。
米クレムソン大学は10月30日、CNNとの共同調査で、ロシアによる偽情報拡散の最新の実態を発表した。
大統領選最終盤にも、ロシア発のネットワークから、AI生成を含む偽動画を使った「ハリス氏がひき逃げ」「ウォルズ氏が元教え子に性的暴行」などの偽情報が拡散されているという。
しかもそれは、「プーチンの料理人」と呼ばれた元側近、エフゲニー・プリゴジン氏の残した偽情報組織や拡散手法と密接に関連していた、と指摘する。
プリゴジン氏は、ドナルド・トランプ前大統領が当選した2016年米大統領選に大量の偽情報拡散で介入した中心人物だ。だが武装組織「ワグネル」のオーナーとして、ロシア政府に武装蜂起。鎮圧を経て、飛行機墜落事故で死亡している。
いわば「プリゴジン氏の亡霊」が、2024年米大統領選への偽情報拡散で、なお暗躍していることになる。
来週火曜日(11月5日)に迫った投開票本番。いずれの選挙結果になっても、選挙後も大きな混乱が予想されている。
●「ストーム1516」からの偽情報
クレムソン大学メディアフォレンジックハブの共同ディレクター、ダレン・リンビル氏とパトリック・ウォーレン氏は、10月30日に公開した報告書の中で、そう指摘している。
「カマラ・ハリス氏が13歳の少女を車ではねて現場から逃走」。この偽情報は、「KBSF-TV」を名乗る偽装ニュースサイトが2024年9月2日付で報じている。
「ティム・ウォルズ氏が未成年者への性的虐待で告発される、マンケート・ウエスト高校の元生徒が名乗り出る」。この偽情報は、「パトリオット・ボイス」と称する偽装ニュースサイトが2024年10月16日付で報じたものだ。
ワイアードによれば、Xに投稿された「被害者の告発動画」とされるものは、430万回超の再生回数だった。複数のディープフェイクス検知ツールで「AI生成」との判定だという。
クレムソン大学の報告書によれば、いずれのサイトも「ストーム1516」と呼ばれる偽装ニュースサイトなどのネットワークの一部だ。
報告書の調査では、2023年秋以来、ウクライナや西側の支援国、さらに米大統領選を標的に、54のナラティブを拡散している。
「KBSF-TV」のサイトのドメイン名は、ハリス氏の偽情報を発信するわずか2週間前、2024年8月20日に登録されたばかりの急ごしらえだった。「パトリオットボイス」のドメイン名も、そのさらに2週間前の8月5日の登録だ。
7月21日のジョー・バイデン大統領の大統領選撤退とハリス氏支持表明という選挙戦の急展開によって、バイデン氏を標的としてきたロシアなどによる影響工作も、大幅な内容変更を迫られた。
ドメイン名登録と偽情報発信のあわただしさは、その舞台裏をうかがわせる。
※参照:米大統領選で急浮上、「ハリス氏攻撃」の焦点とは?(07/22/2024 新聞紙学的)
※参照:「出生」「人種」米大統領選「ハリス旋風」を巡る偽誤情報の狙いとは?(07/25/2024 新聞紙学的)
※参照:キーワードは「分断」「急展開」――平和博さんが語る2024年アメリカ大統領選と情報空間(09/05/2024 Yahoo!ニュース newsHACK)
●元フロリダ保安官代理の生成AIネットワーク
クレムソン大学のリンビル氏とウォーレン氏は、2023年12月に公開した報告書で、ロシアのナラティブを拡散する偽装ニュースサイトのネットワークに、元フロリダ州パームビーチ郡保安官代理でロシアに逃亡したジョン・マーク・ドーガン氏が関与している、と指摘した。
マイクロソフト脅威分析センターは、このネットワークを「ストーム1516」と名付けた。
これらのサイトは、「DCウィークリー」「アリゾナ・オブザーバー」「ヒューストン・ポスト」といったローカルメディアを装う「偽装ニュースサイト」で、親ロシアの偽・誤情報を発信してきたことが知られている。
※参照:AIチャットボットがロシア発「偽装ニュースサイト」の偽情報をオウム返しする(06/19/2024 新聞紙学的)
ワシントン・ポストは2024年10月23日付で、ロシアの内部文書から、ドーガン氏がロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)から資金提供を受けていたことが判明した、と報じている。
この一連のサイト群を、欧州連合(EU)の対外行動庁(EEAS)は「偽装ファサード作戦」と呼び、米サイバーセキュリティ企業「レコーデッド・フューチャー」は「コピーコップ」と名付けている。
同ネットワークは生成AIを活用した大規模展開が特徴の1つだ。
「レコーデッド・フューチャー」の調査では、同ネットワークは観測した3日間で120の偽装ニュースサイトを立ち上げ、1,000人の偽ジャーナリストのプロフィールを使い、スクレイピングした他のニュースサイトのコンテンツを改変、配信していたという。
ウェブ評価サイト「ニュースガード」は、ドーガン氏が運営する167件の偽装ニュースサイトを継続的にウオッチしている。過去1年間の配信コンテンツは5万件以上、という。
マイクロソフト脅威分析センターのゼネラルマネージャー、クリント・ワッツ氏は2024年4月のブログで、「ストーム1516」の偽情報拡散の手法について、①個人が内部告発者または市民ジャーナリストとして、専用の動画チャンネルにナラティブを投稿②動画は、無関係に見えながら管理された、グローバルなウェブサイトのネットワークによって「報道」される③ロシアの海外駐在員、政府関係者、およびその仲間たちが、この「報道」をさらに広める、というプロセスを踏む、と指摘している。
②の「グローバルなウェブサイトのネットワーク」が、ドーガン氏の運営する偽装ニュースサイトだ。そして、クレムソン大学の報告書が、拡散のネットワークとして密接なかかわりを指摘するのが、「ロシア不正撲滅財団」のアカウント群だ。
この「ロシア不正撲滅財団」は、今は亡き偽情報拡散の中心人物、エフゲニー・プリゴジン氏の置き土産のような存在だ。
そしてクレムソン大学の報告書は、「ストーム1516」と「ロシア不正撲滅財団」が、ワッツ氏の指摘するような拡散の手法、さらに人脈も含めて、かつて偽情報拡散の中心的存在だったロシアの「インターネット・リサーチ・エージェンシー(IRA)」の手法を引き継いでいる、と指摘している。
●「トロール工場」の手法
フェイクニュース(偽情報・誤情報)拡散による米大統領選介入の代名詞として知られるのが、ロシア・サンクトペテルブルクを拠点とした「インターネット・リサーチ・エージェンシー」だ。
「インターネット・リサーチ・エージェンシー」は2016年の米大統領選への偽情報に介入。当時の共和党候補、ドナルド・トランプ氏の当選と、民主党候補だったヒラリー・クリントン氏の落選を狙った。
選挙の混乱を引き起こしたことから、「トロール(荒らし)工場」と呼ばれた。
※参照:サイバー攻撃と偽ニュース:ロシアによる米大統領選妨害は、いかに行われたのか?(01/07/2017 新聞紙学的)
その手法は、インフルエンサーやメディアを偽装したソーシャルメディアアカウント、さらにAIも使った偽装メディアを舞台に、偽情報を拡散するというものだった。
※参照:ソーシャル有名人「ジェナ」はロシアからの“腹話術”(11/04/2017 新聞紙学的)
※参照:偽装メディアの「編集長」はAIが合成、ダマされたのはユーザーだけではなかった(09/03/2020 新聞紙学的)
「インターネット・リサーチ・エージェンシー」のオーナーが、「プーチンの料理人」と呼ばれた側近のエフゲニー・プリゴジン氏だ。
2016年米大統領選へのロシアの介入疑惑を調査したロバート・ムラー特別検察官は2017年2月、同社やプリゴジン氏らを起訴している。
※参照:ロシアの「フェイクニュース工場」は米大統領選にどう介入したのか(2/18/2018 新聞紙学的)
米大統領選介入については、プリゴジン氏本人も2022年11月に認めている。
ただ、ロシアによるウクライナ侵攻の一角を担う武装集団「ワグネル」代表でもあったプリゴジン氏は、2023年6月に同集団を率いてロシア政府に対して武装蜂起。鎮圧後の2023年6月末、「インターネット・リサーチ・エージェンシー」を含む同氏の傘下のメディアグループ「パトリオット・メディア」の解散が報じられている。
プリゴジン氏はその2カ月後の同年8月、自家用ジェット機の墜落で死亡。ウォールストリート・ジャーナルは同年12月、プーチン大統領側近による暗殺と報じた。
そのプリゴジン氏が「人権団体」として2021年3月に設立していたのが、「ロシア不正撲滅財団」だ。クレムソン大学の報告書は、この団体を偽情報拡散拠点の1つと位置付けている。
クレムソン大学の報告書が挙げた54件の「ストーム1516」による偽情報のナラティブの大半で、ドーガン氏が展開している偽装ニュースサイトが発信源となっており、それらを「ロシア不正撲滅財団」の関係者らのアカウントが拡散している、と指摘する。
プリゴジン氏の築き上げた偽情報拡散マシンが、その死後も形を変えて、機能し続けているということだ。
●「ドッペルゲンガー」「ポータルコンバット」との連携
ロシアが関与する偽情報ネットワークは、このほかにも「ドッペルゲンガー」「ポータルコンバット」などが展開されている。
※参照:「ガザ攻撃」大学デモに介入、工作ネット「ドッペルゲンガー」「スパモフラージュ」の影響力とは?(05/07/2024 新聞紙学的)
※参照:1週間で閲覧1億超、ロシア「内部文書」が示す偽情報拡散のPDCAとは ウクライナ侵攻3年目に(02/26/2024 新聞紙学的)
米司法省と財務省は9月、「ドッペルゲンガー」による米大統領選介入に絡んだ摘発・制裁を発表している。
そして、「ストーム1516」発の偽情報は、「ドッペルゲンガー」「ポータルコンバット」でも拡散されているという。
米大統領選に介入しているのはロシアだけではない。
イランはトランプ氏に照準を定め、サイバー攻撃、内部文書の暴露などの混乱を引き起こしている。
大統領選本番の投開票日とその後に向けて、介入のさらなる激化が予想されている。
(※2024年11月1日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)