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新たに「サツマイモ」の謎がわかったかも

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 サツマイモは南米原産とされ、西洋人の新大陸到達後、世界へ拡がったとされていた。日本へもヨーロッパからフィリピン〜中国経由でもたらされたなどとされているが、実はサツマイモは人間の手で広められたのではないという論文が出た。

サツマイモは南米原産

 なんでも今年2018年は明治維新150年とかで、ドラマでも西郷隆盛が躍動していたりする。西郷といえば薩摩だが、そもそもサツマイモの原産地は南米大陸の北西部とされている。紀元前2500年には、すでに人間が食べていた痕跡があり、紀元前1000年頃からは南米ペルーで出土した土器にサツマイモが描かれたりしている。

 西暦1世紀頃にはポリネシアでサツマイモ栽培が行われていたとされ、これはマゼランによる太平洋地域へのサツマイモの再導入よりずっと前であり、おそらく鳥などによって運ばれたか、南米のインカ文明とポリネシアとの関係を実際の航海によってトール・ヘイエルダール(Thor Heyerdahl)が検証したように人間の手によって運ばれたのではないかと考えられていた(※1)。

 その後、サツマイモの世界への伝播については、長く「3方向伝播説」というのが一般的に流布される。これは1982年にニュージーランドの研究者が唱えた学説(※2)だ。

 原産地であるメキシコ南部から南米北西部にかけてのエリアから(1)コロンブス後にヨーロッパを経てアフリカ、インド、東南アジア、中国へ伝わったとする「バタタ・ルート(Batata lineage)」(2)スペインの植民地だったメキシコから太平洋を渡ってハワイ、グアム経由でフィリピンへ伝わったとする「カモテ・ルート(Camote lineage)」(3)紀元前1000年頃に南米ペルーからマルケサス島を経由し、ニュージーランドやハワイ諸島へ拡がり、ポリネシアやメラネシア、ニューギニアなどへ伝わったとする「クマラ・ルート(Kumara lineage)」の3系統となる。

 この中ではバタタ・ルートとカモテ・ルートは文書などの証拠から歴史的に明らかになっているが、最後のコロンブス以前のクマラ・ルートは決定的な証拠がなく、長く議論が続いてきた。

 サツマイモの葉緑素とマイクロサテライト(microsatellite、※3)を使っての研究(※4)によれば、先史時代にペルー・エクアドル地域からポリネシアへ伝えられたという明確な遺伝的な証拠があるという。だが、この研究は遺伝子の関係について調べているだけで、サツマイモが鳥によって運ばれたのか人間が運んだのかはわからない。

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サツマイモの「3方向伝播説」。黄色の矢印がバタタ・ルート、青がカモテ・ルート、赤がクマラ・ルートとなる。Via:Caroline Roullier, et al., "Historical collections reveal patterns of diffusion of sweet potato in Oceania obscured by modern plant movements and recombination." PNAS, 2013

サツマイモは自然にポリネシアへ

 そんなサツマイモの伝播に関し、DNA分析により新たな仮説が出た。これは英国のオックスフォード大学や米国のオレゴン州立大学などの研究者が生物学雑誌『Current Biology』オンライン版に出した論文(※5)で、サツマイモが太平洋のポリネシアへ拡がったのは従来の学説でいわれていた人の手ではないとするものだ。

 この論文の研究者は、世界中からサツマイモの栽培種と野生種(crop wild relative、CWR)199種のDNAサンプルを集め、比較分析した。サツマイモは、同種間の交雑で同じ種からのDNAが1つの核に取り込まれる同質倍数体(autopolyploidization)を起源とする植物で、その最初の野生種はカリブ海原産のIpomoea trifidaとされる。

 サツマイモは根が肥大化することで我々がよく知っているイモになるわけだが、このIpomoea trifidaに根を肥大化する遺伝子があったのではないかと考えられている。もちろん、この野生種の根は固くて食べられないが、この論文の研究者は葉緑素の遺伝子解析と系統解析を組み合わせ、まずサツマイモがIpomoea trifidaの単一系統であることを確認したという。

 これにより、現在のサツマイモへとつながるIpomoea trifidaの祖先は、約80万年前に他の種と分離したことがわかった。さらに研究者は、英国ロンドンの自然史博物館にあるキャプテン・クックの船員がポリネシアで採取したサツマイモの葉のサンプルを調べてみた。すると、ポリネシアの在来サツマイモの遺伝子は、約11万1000年前に他のサツマイモ類と分離していたことがわかったという。

 人類はそんな昔にポリネシアへ到達してはいないので、おそらく根の一部が鳥によって運ばれたか海へ漂い出して流れ着いたかしたのだろうと研究者は推測する。つまり、南米原産のサツマイモがポリネシアへ伝わったのは、人間の手によるものではなかったということだ。

 もちろん、日本へサツマイモが伝えられたのは人間の手による。だが、この伝承も諸説あり、サツマイモが1594年にフィリピン経由で中国へ渡り、その後、琉球国の役人が1597年に中国から持ち帰ったとも、1605年に現在の嘉手納に住んでいた農民が栽培を始めたのが最初とも言われている。

 ちなみに、農林水産省の統計によれば、都道府県別でみた2017年のサツマイモ(かんしょ)の栽培は、収穫量1位は鹿児島県、2位が茨城県、3位が千葉県となっている。ただ、鹿児島県の場合、約半数が焼酎の醸造用で、消費量で見た醸造用・でんぷん用以外の食用1位は千葉県産のサツマイモだ。

※1:Patricia J. O'brien, "The Sweet Potato: Its Origin and Dispersa." American Anthropologist, Vol.74, Issue3, 342-365, 1972

※2:D E. Yen, "Sweet potato in historical perspective." proceedings of the first international symposium, 1982

※3:マイクロサテライト(microsatellite):DNA上の塩基配列の反復。数塩基の単位配列の繰り返しからなるものが多く、単純反復配列(simple sequence repeat、SSR)などと呼ばれる。DNA鑑定などでマーカーとして利用されるなどする。

※4:Caroline Roullier, et al., "Historical collections reveal patterns of diffusion of sweet potato in Oceania obscured by modern plant movements and recombination." PNAS, Vol.110(6), 2205-2210, 2013

※5:Pablo Munoz-Rodriguez, et al., "Reconciling Conflicting Phylogenies in the Origin of Sweet Potato and Dispersal to Polynesia." Current Biology, doi.org/10.1016/j.cub.2018.03.020, 2018

※2018/04/14:17:59:「だが、この研究は遺伝子の関係について調べているだけで、サツマイモが鳥によって運ばれたのか人間が運んだのかはわからない。」のパラグラフを追加した。

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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