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ジェイミー・ジョセフヘッドコーチの「死に物狂いで」発言をどう捉えるか。【ラグビー雑記帳】

向風見也ラグビーライター
期待を背負うチーム。(写真:FAR EAST PRESS/アフロ)

4年に1度のワールドカップを2019年に控えるラグビー日本代表は、本番の予選プールAで対戦するアイルランド代表と激突する。主力を欠いた相手に、22―50と大敗した。

ジェイミー・ジョセフヘッドコーチは「死に物狂いで勝ちに行く気持ちが足りなかった」と選手の精神面を問題視。もっとも真に見るべきは、「死に物狂い」に映らなかった背景に何があったか、である。

腕はどう巻き込んだ?

アイルランド代表は日本代表が入る予選プールAの最強豪国とされるが、今回は全英連合軍のツアーに11人のメンバーを供出している。日本代表は4年前、似た条件のウェールズ代表を破っているだけに、結果が期待されていた。

ジョセフ率いるいまの日本代表は、防御の裏へのキックを活用したスピーディーな試合展開を目指す。国際リーグのスーパーラグビーへ日本から加わるサンウルブズとも戦術を共有。キックの捕球技術など、それに紐づけされたスキルの涵養を図っていた。10日には、熊本・えがお健康スタジアムでルーマニア代表を33―21で制していた。

ところがこの午後は、「プラン」を支える根本的資質で後手を踏んだ。タックルを何度も外された。

前半24分。ハーフ線付近で懸命に防御網を敷き、相手がキックした球をフルバックの野口竜司が蹴り返す。敵陣10メートル線エリアで再び防御網を敷くも、対するウイングのキース・アールズにそれを破られる。

敵陣22メートルエリアまで攻め込まれると、右プロップの伊藤平一郎が接点での反則で一時退場処分を受ける。自陣ゴール前で相手の得意なラインアウトを与えると、その場でも簡潔な縦突進を許す。スコアを3―17と広げられた。

その他の場面でも、防御の枚数が揃えながらもタックルを外された。やや腰高だったり、身体の芯で相手を捉えきれなかったり。ジョセフヘッドコーチは「死に物狂いで…」と精神面での奮起を促すのみだったのだ。

「パワーのある選手に対して日本人がタックルしにいけるかという課題は、近年に限らずここ数十年続いています。より正確性を持って挑む気持ち。それだけだと思います」

タックルはカテゴリーを問わず必須のプレーとされるだけに、その領域でエラーが続くと「気持ち」に原因が求められがちである。ただ、安易な精神論はしばし問題を陰に隠す。

歴史的3勝を挙げた2015年のワールドカップイングランド大会時の日本代表では、鋭いタックルの踏み込みがいくつかある長所のひとつだった。

エディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ体制下では、総合格闘家の高阪剛がスポットコーチに就任。「ダウンスピード(相手の目の前で素早く低い姿勢になる動き)」を落とし込んできた。巨躯の下半身へ刺さるロータックルの礎を作っていた。

一方でジョセフは、細部へのこだわりよりも戦術の浸透に力を込めてきた。

キックを使うため前体制時より防御が重要視されるなか、ジョセフとともに来日のベン・ヘリングディフェンスコーチが防御網の外側から鋭くせり上がるシステムを採用。飛び出しのスピードを高めることで、想定される相手との体格差を埋めようとした。

もっともサンウルブズがスーパーラグビーで失点を重ねていた時期、ヘリングコーチは「タックルミスがあまりに多すぎた。常に向上しなくてはいけないエリアです。多くの選手は理解していると思いますが…」。もちろん個別のタックル練習も促しているが、試合のタックル成功率は出場選手の資質によると言いたげだった。

イングランド組に尊敬される高(ハシゴの高)阪コーチは、ジョセフ体制下でも招聘された。若手育成のナショナル・デベロップメントスコッドのキャンプに参加したのだが、担当領域は「(タックルの)前段階のところ」に限られた。

そしてアイルランド代表戦に向けた練習を、ある国内強豪チームの1対1の強化に助力した指導者が見学。全体セッション後の1対1のタックル練習を見て、あくまで独り言の延長でこう呟いていた。

「ずっとこの世界にいるもので、どうしても目が肥えてしまいまして…。例えば、タックルに入る瞬間の腕の巻き込み方、肩の位置とか、もっとこだわれるところがあるのかなぁ…と」

細部へのこだわりが日本人アスリートの普遍的なよさだった。しかし現体制下では、タックルなどいくつかの領域でそのこだわりが見えづらくなっていた。

現体制を信じるスクラムハーフの田中史朗は、こう言葉を足す。

「タックル練習をするしかないです。まだまだ(回数が)足りないからああいった場面が生まれる。もっと個人練習をしないといけないですし、1人でだめなら2人でとチームとしてタックルに行かないといけない。そこは(選手たちに)言っていきたいですね」

背水の陣

あくまでタックルは、いくつかある課題のひとつでしかない。この日の日本代表は、攻めてもしばし相手に押し戻され、ランナーが孤立するやターンオーバーを奪われた。前半で勝負をつけられての大敗とあって、各種メディアではタックル以外にもさまざまな問題提起がなされている。事実、もし膿があるなら、早めに出し切った方がいいのも確かだ。

例えば、田中とともに前回のワールドカップを経験した左プロップの稲垣啓太は、ピンチやチャンスの場面での反則を課題だとした。

「(今後は)ペナルティーを減らす以外の働きかけはしない方がいい。その方がチームは成長する。それほど、重大な問題だと思います」

チームは24日、東京・味の素スタジアムでアイルランド代表とぶつかる。「もう1回同じ相手とやれるのは幸せなこと」と、選手たちは異口同音に言う。向こう7日で最善を尽くし、勝ちに行くしかない。

ジョセフヘッドコーチはあくまで、「プラン」を結実させるための選手の気迫を期待する。

「プランを遂行して自分たちの展開に持ち込めると信じて臨んだが、そうならなかった。選手に貪欲さがなかったら大問題だと感じている。プランを変えるか、選手を変えるかのどちらかだと思います」

もちろん次の結果とは別の問題として、これからの日本代表に真に必要なものが何かという分析も待たれる。ファンは、グラウンド内外両方での動向に視線を向ける時だ。

ラグビーライター

1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年に独立し、おもにラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「ラグビーリパブリック」「FRIDAY DIGITAL」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会もおこなう。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)『サンウルブズの挑戦 スーパーラグビー――闘う狼たちの記録』(双葉社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。

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