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3回目の新型コロナワクチン ブースター接種の現時点でのエビデンスは?

忽那賢志感染症専門医
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

米国保健当局は8月18日、新型コロナワクチンの3回目の接種を、早ければ9月20日の週に米国内の全住民に提供する計画を発表しました。

一方で、WHOは米国の決定に対して、エビデンスが不十分であり、世界におけるワクチン配分の不平等を加速することになると警告しています。

ブースター接種となる3回目の接種が必要というエビデンスは現時点ではどのようなものがあるのでしょうか?

ブースター効果とは?

ブースター効果の考え方(筆者作成)
ブースター効果の考え方(筆者作成)

感染症の種類によって様々ですが、自然感染やワクチン接種によって得られた免疫は時間とともに低下してきます。

ブースター効果(追加免疫効果)とは、自然感染やワクチン接種によって得られた状態で再感染、またはワクチン接種をすることでより速く強い免疫が得られることを指します。

ただし、どのワクチンでもブースター効果が得られるわけではなく、例えば成人用肺炎球菌ワクチン(PPSV23)はメモリーB細胞が誘導されず免疫記憶が作られないため、ブースター効果は見られません。

また、麻しんのワクチンのように1ヶ月以上の間隔を空けて2回接種すれば原則として生涯追加接種が不要なワクチンもあります。

したがって追加接種が必要なワクチンは、

・接種後に経時的に免疫が低下し、それに伴い感染リスクが高くなる

・追加接種によってブースター効果がみられる

ということになります。

新型コロナワクチンはこの2つの条件を満たしているのでしょうか?

mRNAワクチン接種後の中和抗体は経時的に低下する

モデルナワクチン接種後の中和活性の推移(DOI: 10.1056/NEJMc2103916)
モデルナワクチン接種後の中和活性の推移(DOI: 10.1056/NEJMc2103916)

mRNAワクチンを接種した後、免疫の指標となる中和抗体は経時的に低下していくと考えられており、例えばモデルナのmRNAワクチンでは2回目の接種後4週くらいをピークに6ヶ月後まで漸減していくことが報告されています。

ブレイクスルー感染は中和抗体の低下と関連する

ブレイクスルー感染者と非感染者の中和抗体の比較(DOI: 10.1056/NEJMoa2109072)
ブレイクスルー感染者と非感染者の中和抗体の比較(DOI: 10.1056/NEJMoa2109072)

また、ワクチン接種を完了した医療従事者1497名のうち、ブレイクスルー感染を起こした39人について解析したところ、感染する1週間以内に測定された中和抗体が非感染者と比べて低かったと報告されており、中和抗体の低下は感染リスクと関連していると考えられます。

以上の2つの報告からは、経時的にワクチン接種による効果が低下し、それに伴い感染するリスクが高くなることが予想されます。

経時的にワクチン効果が低下しているという海外からの報告

ニューヨークにおけるワクチン接種者、未接種者の新規新型コロナ感染者とワクチン接種率、ワクチン予防効果の推移(http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm7034e1)
ニューヨークにおけるワクチン接種者、未接種者の新規新型コロナ感染者とワクチン接種率、ワクチン予防効果の推移(http://dx.doi.org/10.15585/mmwr.mm7034e1)

日本よりも先駆けてワクチン接種を開始した海外では、経時的にワクチン効果が低下しているという報告が出てきています。

2021年5月3日から7月25日の間に収集されたニューヨークのデータによると、ワクチンによる新型コロナの感染予防効果が91.7%から79.8%に低下していた、とのことです。

ただしこの研究が行われた時期は、デルタ株がニューヨークで広がっていく最中に行われており、5月上旬には2%未満であったデルタ株が、7月下旬には80%以上となったことから、「経時的にワクチンによる感染予防効果が落ちていく」とは言い切れず、デルタ株によるワクチン効果の低下の影響も考えられます。

同様に、高齢者施設の入居者において、デルタ株が優勢になる前の2021年3月1日から5月9日までの間にはmRNAワクチンの感染予防効果が75%であったのに対して、少なくとも半数をデルタ株が占めるようになった6月21日から8月1日までの間には53%にまで低下したという報告もあります。

ファイザーおよびモデルナのワクチン接種者、ワクチン未接種者の累積の新型コロナ発生率(doi: https://doi.org/10.1101/2021.08.06.21261707)
ファイザーおよびモデルナのワクチン接種者、ワクチン未接種者の累積の新型コロナ発生率(doi: https://doi.org/10.1101/2021.08.06.21261707)

ミネソタ州の住民を対象に行われた査読前の臨床研究でも、2021年1月から7月までの長期の予防効果について検討されています。

ミネソタ州では2021年1月時点ではアルファ株が、7月時点ではデルタ株が主流でしたが、1月から7月にかけてモデルナワクチンでは感染予防効果が86%から76%に、ファイザーワクチンでは76%から42%に低下しました。

これらの研究の問題点として、ワクチンによる感染予防効果が低下している時期はデルタ株が広がっている時期でもあることから「経時的に効果が落ちる」のか「デルタ株によって効果が落ちる」のか、あるいはその両方なのかが見えにくいところにあります。

ワクチン接種後の中和抗体の推移や、デルタ株に対するワクチンの効果に関する様々な報告からは、どちらもワクチン効果低下に影響しているものと考えられます。

つまり、今回の米国保健当局の決定は、経時的な中和抗体の低下による感染リスクの増大と、デルタ株の蔓延による感染リスクの増大を懸念しての決定と考えられます。

ブースター接種に関する未解決の問題

提供:TKM/イメージマート

このように、ブースター接種を支持するデータは出てきていますが、まだ分かっていないことも残っています。

例えば、ブースター接種を行ったとして、どれくらい免疫反応を高めるのか、その効果はどれくらい続くのかについては(一部の免疫不全の方以外では)分かっていません。

すでに高齢者に対するブースター接種を一部で行っているイスラエルでは、ブースター接種後の37名が新型コロナと診断されるなど、デルタ株に対するブースター接種の効果を疑問視する専門家もいるようです。

また米国は、2回目の接種から8ヶ月後に3回目の接種を行うとのことですが、このタイミングが最適であるという根拠も現時点では十分ではありません。

では日本としては、どうすべきでしょうか。

幸いと言うべきか、日本は欧米と比較して数ヶ月遅れて接種を開始していますので、海外の状況や今後出てくるエビデンスを見ながらブースター接種を行うべきか、行うのであればどのタイミングが最適かを検討することができます。

日本はまだ希望する人全てにワクチン接種が行き届いている状況ではありませんので、まずは全ての希望者にワクチン接種を進めることを優先すべきでしょう。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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