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「ブラック研修」で健康被害 会社の責任を認める画期的判決!

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 スマホ、タブレット、財布を強制的に預けさせられ、12日もの間、10人が1部屋で寝泊まりする「研修センター」に閉じ込められ自由に外出もできない。研修中は朝6時30分に集合してから夜の7時まで講義があり、部屋に戻ったあとは会社概要を手書きで書き写す… 

 社会人になってすぐ、こういった研修を受けさせられたらあなたはどうするだろうか。「12日間だけだからなんとか頑張って我慢する」と答える人がほとんどだろう。

 しかし、この過酷な研修中についていけず精神的に病んでしまったり、怪我をして後遺症が残ってしまったりしたら、その後の仕事や生活そのものに影響が出てしまう。

 そんな中、最近「ブラック研修」中に怪我をして障害が残ってしまったことについて、会社の責任を問う画期的な裁判判決が下された。

 これから新卒として社会人になる大学4年生、転職を考えている社会人の方、あるいは過去に自分もブラック研修を受けさせられた方にとっては重大な裁判例だ。

 今回は、この判決の内容を紹介しつつ、日本社会に広がるブラック研修について改めて考えていきたい。

「サニックススピリッツ」という名の24キロ歩行訓練

 問題となったのは、福岡市の太陽光発電設備施工などを手掛ける「サニックス」という会社で行われていた新人研修の内容である。同社は、従業員数約1700人、売上高約500億円、昨年度は50人もの新卒採用を行っているいわば大企業だ。

 同社の研修では新入社員に対して、朝6時30分から夜は長くて7時まで「営業内容・方法等についての座学、試験、課題提出」が行われていたという。休みは1日だけありその日は自由に外出できるが、他の12日間は小銭以外のスマホも財布も会社が管理しており、外出はできなかったようである。

 発熱があってもなかなか病院に連れて行ってもらえなかった人もいた。

 この研修で最も重視されていたのが、「サニックススピリッツ」と呼ばれる24キロを5時間で完歩する訓練だった。途中で水やジュースを買うことは禁止されており、携帯電話も班のリーダーのみが所持することができるという過酷な訓練だ。この24キロを5時間で完歩するというのは、分速80m(不動産情報などでは歩く速度を一般的に分速80mと設定されている)のペースで、休憩無しで5時間ぶっ続けで行うことを意味する。

 会社を訴えた男性は、サニックススピリッツ実施前に右足の痛みがひどく、休ませて欲しい、病院に行かせて欲しいと研修担当の講師に頼んだが、「とりあえずがんばってください」、「続けましょう」と言われ、歩行訓練からの離脱はもちろん中断も許してもらえなかったという。

 そして24キロ歩き続けた結果、右足の膝が動きにくくなる障害が残ってしまった(なお、この男性は参加していないが歩行訓練の数日後には登山の訓練もあったという)。そこで男性は、会社に補償を求めて裁判を提起した。

「完歩しないと正社員になれない」

 これほどまで過酷な研修を無理にでも行わざるを得なかったのは、そもそも休ませてもらえなかったこともあるが、会社から「完歩しないと正社員になれない」と言われたからだった。

 さらに、「1人でも離脱したら班全体の責任」とも事前に言われており、自分が歩けなかったことで他の社員にも迷惑がかかる可能性があると考えると、無理をしてでもやらざるを得ないと思ったのは当然だろう。

 ここまで読んだ方は「なぜ太陽光の会社が長距離歩行を命令するのか」と疑問に思うだろう。裁判の判決から分かるのは、この訓練は「あきらめない、最後までやり通す社員の養成を目指す」ためらしい。

 しかし、裁判所はこの研修の真の狙いを見抜いていた。いわく、会社「にとって望ましい社員を選別するための手段としてスピリッツを用いる意向があるかも知れない」と。

 ブラック研修については、拙著『ブラック企業2 「虐待型管理」の真相』でもたくさんの事例を用いて詳しく紹介しているが、その目的はブラック企業が「ほしい」人を「育成」し選別するためだ。

 ブラック企業は単に労働時間が長く給料が低いだけでなく、残業代が違法に未払いになっていたり、パワハラ・セクハラが蔓延していたり、詐欺まがいの違法なことや明らかに理不尽な業務命令があったりする。こういったことに文句を言わず会社の言うことが当たり前だと考え従う人を、研修を通じて「育成」し、脱落者を選別しているのだ。

「元祖『地獄の訓練』」

 ブラック研修による「育成」と「選別」は労務管理の「技術」として一部の人材コンサルタント等によって確立されている。

 したがって、上で紹介した事例は、たまたまおかしな経営者が一人いて特異な研修を行っているという例ではない。同じような研修が日本全国で実施されており、私が代表を務めるNPO法人POSSEにもブラック研修の事例が沢山寄せられている。

 例えば、以前書いた記事(現在進行中! ブラック企業の「洗脳研修」に気を付けろ!)でも紹介したが、とある不動産会社では、朝8時から翌朝5時まで新入社員を人里離れた施設に隔離しての研修が行われていた。ここでもやはり、財布と携帯が没収され、朝6時半から河原を全力疾走させるという「訓練」が行われていた。

 この不動産会社もサニックスも、研修のノウハウを、研修プログラムを作る専門の会社から学んでいた。サニックスのケースでは静岡県に本社がある「元祖『地獄の訓練』」と称する研修プログラムを提供している研修会社から講師派遣を受けていたという。この研修会社は、30年以上前から合宿型社員教育を実施しており、これまで10万人以上がこの研修を受けている。

怪我をしたり病気になったりしたら、すぐに相談を

 ブラック研修で厄介なのは、「どういう研修を行っているかは実際に研修に参加してみないとわからない」ということだ。合宿型の研修と言っても雰囲気や内容は多様で、事前にプログラムを把握するのは難しい。面接中に「御社は「元祖『地獄の訓練』」から講師派遣をうけて研修を行っていますか」とも聞きづらいだろう。

 とは言え、会社側が自由にどんな研修を行ってもいいことにはならない。サニックスのケースでは、研修で障害を負ったことが認められ、裁判所は会社側に約1600万円の支払いを命じた(広島地裁福山支部判決2018年2月22日)。

 この判決によって、今後、「ブラック研修」の結果精神疾患に陥った場合にも損害賠償が認められる可能性が高まったと思われる。

 働いていて「おかしい」「嫌だな」「きつい」と思ったら、すぐに労働組合や労働NPOなどに相談してほしい。その際にあるとよいのは、研修プログラムのスケジュール表や内容のメモ、時間の記録などの証拠だ。こういったものがあれば会社側も言い逃れすることはできなくなる。

 研修中も、普通に働いているときと同じように、働いている人になにかあったら会社に責任が生じる。病気になったら「労災」がおりる可能性もある。今後の生活のためにも、気軽にご相談いただきたい。

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*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが法律や専門機関の「使い方」をサポートします。

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ブラック企業対策仙台弁護団

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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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