テレビでも不謹慎かと話題になったダムカレーは本当にダメカレーなのか?
ダムカレー
みなさんはダムカレーをご存知でしょうか。
ダムカレーとは主にカレーライスのライスをダムのようにプレゼンテーションした料理です。
日本ダムカレー協会が定義するダムカレーでは、以下のように説明されています。
日本ダムカレー協会は一般社団法人ではないようですが、ダムカレーと非常に真摯に向き合っており、全国のダムカレーを収集したり、ダムの素晴らしさを広めようとしたりしているなど精力的に活動しているように見受けられます。
ダムカレーを巡る事案
この日本ダムカレー協会を巡って話題となっていることがあります。
Yahoo!ニュースのトピックスにも取り上げられました。
建設系メディアに掲載された記事で、ダムカレーが不謹慎かつ不愉快であり、怒りを感じるものであるという論旨が述べられていました。
その理由は、ダムカレーを壊して食べることは、多くの人が亡くなり、家屋やビルが倒壊した悲惨な災害を連想させたり、施工管理技士を侮辱したりするからということです。
これに対して、日本ダムカレー協会はTwitterで「多くのダムカレーは、過疎化に悩むダム水源地の方々が考えだしたものです。ダムカレーで、少しでも活気が取り戻せたらという気持ちから誕生しています」と反論しました。
事態は収束に向かっているようですが、私はこの件に関して考察する必要があると考えています。
問題の核
この件に関しては、問題の核となる部分はどこでしょうか。
それは料理の名前であると考えています。
おそらく「ダム」という言葉を使っていなければ、ここまでの問題には至っていなかったのではないでしょうか。
なぜならば、日本ダムカレー協会はダムをテーマとして「ダム」と名の付くカレーを収集しており、建設系メディアの記事には「ダム」と名付けられたカレーが食べられることによってダムが侮辱されたと述べられているからです。
フランス料理の名前
料理の名前が問題の核と述べましたが、では、一般的に料理の名前はどうなっているのでしょうか。
フランス料理では、その料理にまつわる人名や地域名を料理名に付けることが多いです。
たとえば人名では、ジャガイモが用いられる料理にフランスの農学者「パルマンティエ」、フォアグラやトリュフを使った料理にイタリアの作曲家である「ロッシーニ」、魚料理やそのソースにフランスの名料理人「デュグレレ」が名付けられます。
地域名では、タマネギを用いた料理にリヨン風の「リヨネーゼ」、シュークルートやジャガイモにはアルザス風の「アルザシエンヌ」、赤ワインで煮込んだものにはブルゴーニュ風の「ブルギニョン」があるのです。
イタリア料理の名前
イタリア料理では、パスタの料理名に職業名がよく見掛けられます。
魚介類のトマトソースは漁師風を意味する「ペスカトーレ」、チーズと豚肉の塩漬けと卵黄を使うパスタは炭焼職人風の「カルボナーラ」、キノコと白ワインを用いたものはきこり風の「ボスカイオーラ」。
ニンニクとオレガノのトマトソースは船乗り風の「マリナーラ」、この「マリナーラ」にケッパーとオリーブとアンチョビを加えたものは娼婦風の「プッタネスカ」と呼ばれています。
これらは日本でもポピュラーなので食べたことがある方も多いのではないでしょうか。
イタリアでは地域名が付いた料理も少なくありません。
バジルを用いた料理はジェノバ風の「ジェノベーゼ」、挽肉とタマネギとワインのソースはボローニャ風の「ボロネーゼ」、牛肉やほうれん草を用いたものはフィレンツェ風の「フィレンティーナ」となっているのです。
日本でも人名が付いた料理
日本でも、人名が付いた料理が生まれています。
1936年に来日したオペラ歌手フョードル・シャリアピンのために作った「シャリアピンステーキ」、1975年来日の際に女王陛下のために考案された舌平目と車海老のグラタン「レーヌ エリザベス」は食通にはよく知られた逸品でしょう。
どちらとも帝国ホテルで紡ぎ出されたものであり、前者は当時「ニューグリル」料理長の筒井福夫氏が、後者は当時帝国ホテル料理長であった村上信夫氏が考案しました。
最近では、調理技術が進み、様々な分野が融合してきたことによって、単純に何々料理と分類することが難しくなってきました。その結果、主役となる食材と付け合わせとなる素材だけを記す料理名が増えてきています。
しかしそうであっても、料理人の考えや心情、情熱が料理名に反映されていることは確かです。
人名や地域名の理由
では、どうして、料理名に人名や地域名が付いているのでしょうか。
それは、ある人物や土地がその料理と切り離しては語ることができないものだからです。特定の人物や土地が料理に深く関わっているからであり、それらに敬意を表するために料理名に記されているのです。
ダムカレーのポイントは、ダムが存在する地域の飲食店が、そこにあるダムをモチーフにして作ったカレーであるということです。
ダムは非常に大きな土木建造物であり、治水や利水を目的とした非常に重要な役割を果たしています。その土地のランドマークであり、観光名所として住民の生活を潤わせる面もあるでしょう。
ダムを有する地域に住んでいながら、ダムとは全く無縁である人は少ないかと思います。飲食店であれば、ダムへの想いを表現するために何か料理を創造したいと考えも不思議ではありません。
そして、その地域にあるダムを料理で表現しようとすれば、堰堤をライスで、ダム湖をカレールーでデザインできるカレーは、最も適切であるように思います。
先に挙げたフランス料理やイタリア料理の例では、その地域の名物に敬意を表するために料理名が付けられていました。
日本ダムカレー協会のトップページに「ダムカレーを通じ、ダムを抱える街に少しでも多く人が訪れますように!」と記載されていることを鑑みれば、ダムカレーは人名や地域名ではありませんが、その地域のことを誇りに思い、ダムに敬意を表するために作られたとと考えてよいのではないでしょうか。
壊されること
建設系メディアの記事には「ダムカレーを壊して食べる行為は、多くの人が亡くなり、家屋やビルが倒壊した悲惨な災害を連想させ、悪ふざけにもほどがある」という趣旨が掲載されています。
つまり、「ダム」と名付けられたカレーが壊されることがいけないと述べられているのです。
しかし、食べ物である限り、必ず崩されたり壊されたりし、口に運ばれます。そして、咀嚼され、飲み込まれ、跡形もなくなってしまうのです。
ピエスモンテでもない限り、食材から生成されたものは壊されて食べられてしまいます。つまり、壊して食べる行為が不謹慎であるとするならば、基本的にあらゆるランドマークをモチーフにした食べ物を作ることができなくなってしまうのです。
実際に東京タワーや東京スカイツリーを模したパフェもありますが、日本が誇るランドマークを壊して食べるので、これも不謹慎な食べ物であるという論調なのでしょうか。
食べるという行為を単に壊すというネガティブな面からしか捉えられないのであれば、植物や動物の命を絶って摂取し、生き続けている人間性そのものを否定しなければ、一貫性がないのかもしれません。
カレーとダム
日本人はカレーが大好きです。
【カレーに関するアンケート調査】では、<カレーを食べる頻度は「月に2~3回程度」「月に1回程度」が各3割強でボリュームゾーン。月1回以上食べる人は8割弱>と紹介されています。
日本には全国で3000ものダムがあるといわれており、観光客数でトップを誇る神奈川県の宮ヶ瀬ダムには年間159万人が訪れるなど、ダムはそれなりに身近な存在であるといってよいかもしれません。
カレーを通してダムのことを知り、ダムからその地域に興味を持ったり、ダムを通してその地域だけのオリジナリティ溢れるカレーが生まれ落ちたりするのであれば、それは立派なローカルフードであり、食文化のひとつではないでしょうか。
食と地域は深い結び付きがあり、地域性が多様な食文化を生み出しているだけに、地元の飲食店が愛着と共に創り出したそこだけにしか存在しないダムカレーを、私は応援したいと思っています。