超豪華コーチ陣が子どもに経験を語らないラグビー教室 親から支持される理由
2019年には創設2年目にして1校から3校に。調布にある東京ウエスト校には、片道2時間かけて通う生徒もいる。
小中学生を対象としたラグビー教室「ブリングアップ(BU)ラグビーアカデミー」。
数少ない平日開催のラグビーアカデミーとして'18年5月、東京・調布で開校し、翌年4月には東京イースト校(足立区)と静岡校が新たにスタートした。
3人いるメインコーチは箕内拓郎氏('03、'07年W杯日本代表キャプテン)、小野澤宏時氏(日本代表キャップ数歴代2位)、菊谷崇氏('11年W杯日本代表キャプテン)。
桜の戦士として世界と戦ってきた日本代表キャップ合計197の「日本で最も豪華なジュニアコーチ陣」だ。
しかし3人のレジェンドは、アカデミーの小中学生(小学3~6年生、中学生)へ、その豊かな経験や最高峰のテクニックを伝授しているのではない。
現在は東京のウエスト校で3クラス(小学校中・高学年、中学生)、東京イースト校と静岡校で2クラス(小学校・中学校)。平日週1回の練習に約100人が通う。
取材した東京ウエスト校(調布)で、拠点の人工芝フットサル場に大きな声を響かせていたのは、子ども達だった。
日本一豪華なジュニアコーチ陣が、自身の経験を語るような場面は皆無。では彼らは何をしているのか。
大きな身体を屈めて、子ども目線で「問い」を発し続けている。
みんな先週やったルールは覚えてる? なにか質問がある人は? あのチームはどうして上手くいったと思う?
尋ねられた子ども達はハツラツと発言する。全体への質問に押し黙る、日本でおなじみの沈黙はない。
ネット越しに見守る保護者に話を聞くと「積極的になった」「自分の考えを言えるようになった」と語る。支持される理由はどこにあるのか。
BUラグビーアカデミーのコンセプトは一風変わっている。
「集団での問題解決をすることで対人間(‘Inter personal) Skillを学び、身につけることができる」
ラグビー以上に、対人間(たいじんかん)における全般的なコミュニケーション能力、また、集団における問題解決能力の育成を軸としている。
だから約1時間の練習では、子ども同士にたくさん言葉を交わしてほしい。
練習は「チームトークをするためには」という逆算から組み立てられている。
「チームトークの機会を作ってあげることを大切にしています。チームトークをしてもらいたいので、ゲーム形式の練習ばかりを採り入れています」(菊谷氏)
小学生クラスでは、会話の生まれない1対1のタックル、パスなどの練習はない。行われるのはコンセプトを巧みに織り込んだメニューだ。
取材時の月はパス回数を増やすことがテーマのひとつ。
小学3・4年生のクラスでは、パスの開始地点として3色のマーカーコーンが置かれ、マーカーの間でパスを4回つながなければならない、というルールで、2チームが往復タイムを競った。
ただし、起点となるマーカーの順番は毎回変わる。
コーチが「赤青黄!」と言えば赤色のマーカーがスタート。「黄青赤!」と言えば、黄色がパスのスタート地点だ。
こうすることで状況判断の必要が生まれ、子ども達は「黄色!黄色!」などと自然に発語する。
コーン間の距離が毎回変わるので、瞬時に立つ位置を変えなければならず、同時にそれを仲間に伝えなければならなくなる。コミュニケーションが自然発生する仕組みだ。
またパスの出し手によって飛距離が違うことも考慮しなければならない。
「パスがよく届く子もいれば、届かない子もいます。自他理解を深めていかないと、ノーバウンドでパスはつながりません」(小野澤氏)
また2チームによる競争なので勝敗がつく。
負けたチームにコーチが「どうして上手くいかなかったんだろう?」と問いかければ、問題解決のためのチームトークが生まれるというわけだ。
そこでコーチ陣はサポート役に徹する。与えるのは答え(自身の経験)ではなく、考えるきっかけだ。
「大人は経験豊富なので、つい先回りして答えを教えてしまいます。ただ重要なのは子ども達が出す答えだと思っています」(小野澤氏)
練習メニューの考案は小野澤氏の担当だ。そこに菊谷氏、箕内氏が意見を加え、3人でブラッシュアップしていく。
かねてよりジュニア指導に興味のあった小野澤氏が、これまでパソコンに書き溜めた練習メニューは約1000種に及ぶ。
菊谷氏と同様、現役時代に大学院でコーチング学を学んだ理論派には、スポーツ教材の専門家としての矜恃がある。
「以前、他のクラブの方が『同じ練習をやりたい』と言ってくれたんですが、どうぞどうぞという気持ちです。もしも持ち帰って『こんなルール設定をしたら面白かったですよ』ということがあったら、ぜひ教えて欲しいです」
「子ども達にとって良ければ、それで良いですよね。それに『これ以上練習メニューが思いつきません』となったら、僕はこの仕事を辞めますよ」(小野澤氏)
アカデミーでは週1回しか指導できないため、小野澤氏は自身が「違和感」と表現する独自ルールを多く採用する。
その違和感が記憶となり、子ども達が「残りの週6日でアカデミーの練習をしたくなる」(小野澤氏)よう仕向けるためだ。
週1回の練習にすべてを詰め込むことはせず、残りの6日をどう活用するかを考えた上で、メニューを作り上げていくという。
3人がコミュニケーション能力や状況判断能力にこだわる理由は、それらがラグビーの試合に必須だからだ。
「アカデミーでは、現実に起こるコミュニケーション能力や、状況判断能力の向上に特化した練習をしています。そこは自信を持って言えるBUアカデミーの武器かなと思います」 (菊谷氏)
年代別日本代表でのコーチ経験も豊富な菊谷氏は、現役時代から問題意識を持っていた。
「日本人は指示を愚直にやり通す能力はすごく高い」(菊谷氏)。一方で、スタッフも想定外の状況が起こると、指示に慣らされた子ども達は動けなくなる。
しかしラグビーは、スタッフも予期しない状況が頻繁に起こるスポーツ。だからこそ子ども達には、コミュニケーションと状況判断、ゲーム中に問題解決をする能力が必要だ――。
キヤノンイーグルスでチームメイトだった菊谷氏と小野澤氏は、そんな長年の経験からくる実感から、アカデミーの設立を企図。
経験則による指導にならないよう、大学院でスポーツ学の理論を学び、箕内氏を誘って’18年5月の開校に漕ぎ着けた。
同年には理念を共有するアイスホッケーアカデミーが立ち上がり、’20年4月からは東京・足立区千住に陸上アカデミーが開校する。
将来は総合スポーツクラブへ発展させて、セカンドキャリアに悩む後進を助けたいとも考えている。
コーチ陣に対する保護者からの信頼は厚い。
小学生の息子2人を通わせる元ラガーマンの清水さんは、東京・港区から車で1時間をかけて調布にやってくる。
「ここの生徒は、自分からどんどん発言して、創意工夫をしながらゲームをやりだすんです。息子達も積極的になり、いろいろな所でよく発言するようになりました」
「ラグビーは考えながらのスポーツ。仲間同士で話して、解決策をその場で出していくことが重要です。小さい頃から喋りながらプレーすることは将来の役に立つのかなと」(清水さん)
小学生の息子を通わせる袋井さんは、母親として息子の成長を敏感に感じている。
「コーチの皆さんが常に『考えなさい』と意識付けしてくださる。帰りの車で息子にいろいろ尋ねると『あの練習にはこういう意味がある』『自分はこう思う』と考えを言ってくれるようになりました」
「子ども達はどういうコーチに教えてもらえているかを理解していますし、素直に聞ける部分もあると思います。相談をしても納得できる答えを言ってくださいます」(袋井さん)
特別参加するスペシャルコーチも魅力という。
過去には'15年W杯ラグビー日本代表の立川理道などが参加。3人の人脈で、陸上、ビーチバレー、格闘技などからも不定期で特別コーチが訪れる。
ただ保護者の高い満足度は、なにより子ども達が生き生きと個性を発揮しているからだろう。
アカデミーでは主人公になった子ども達が真剣に考え、話し、よく笑う。
「将来ラグビーをしなくても、高校や大学に上がった時などに主体的に前向きに考えられる――そういう人間性を養った子ども達を育てたいと考えています」(菊谷氏)
これだけ楽しそうにしているのだ。たとえラグビーを続けなかったとしても、BUアカデミーの子ども達は一生ラグビーのサポーターでいてくれるに違いない。 ■