贈り物は「サプライズ卒業試合」。元ラグビー日本代表主将も登場。スポーツを止めるな×アルバルク東京
アリーナの大型ビジョンに登場したアルバルク東京の田中大貴が、ポカンとしている子ども達にこう語りかけた。
「(バスケットコートが見つからず)卒業イベントができない、でも良い思い出をつくりたい――。そんな相談を受けました」
「そこで今日は、皆さんにこのコートで試合をしてもらいたいと思います。6年生の皆さん、卒業おめでとうございます!」
ビジョンを見上げていた子ども達の表情が、みるみる笑顔に変わっていく。
戸惑いは、すぐに歓喜へと変わった。
2023年3月22日(水)、東京・代々木第一体育館で開催されたBリーグの「アルバルク東京×茨城ロボッツ」。
その前座試合として、東京・世田谷区のミニバスケットボールクラブ「玉堤Wizards(ウィザーズ)」の卒業イベントが開催された。
夢のような企画は、次世代アスリートの支援団体、一般社団法人「スポーツを止めるな」と「アルバルク東京」のタッグにより実現。
挑戦の機会を失った学生たちにトップアスリートの解説や実況を届ける、「スポーツを止めるな」の『青春の宝プロジェクト』の特別企画として、サプライズで行われた。
「ここで試合できるんだって!すごくない!?」
サプライズを知った子ども達へ、元ラグビー日本代表のキャプテンが語りかける。
「スポーツを止めるな」の共同代表理事で、「B.LEAGUE」応援キャプテンを務めた経験もある廣瀬俊朗(ひろせ・としあき)氏だ。
大阪・北野高-慶應義塾大-東芝でプレーしたラグビー界のレジェンドは、一男一女の父親でもある。
コロナ禍における子どもの機会喪失には強い危機感があった。
「息子はラグビーをやっていますが、コロナ禍で習慣になるまでとても苦労しました。成果を発表する場がないとネガティブになってしまうんです」(廣瀬氏)
どうせまた、大会なくなるんでしょ?
練習、行きたくない。
ネガティブな言葉を聞いてきた。コロナ禍で子ども達は「無力感に苛まれていました」(廣瀬氏)。だからこそ強い思いがあった。
大人にできることを、子ども達のためにやり切りたい。
「このようなサプライズを通して、スポーツに対する良い思い出が残ってくれたら、将来『恩返ししたい』『スポーツを広げたい』と思ってくれる子がいるかもしれません」
「これからも子ども達に寄り添って、楽しく、ワクワクできる環境を用意していきたいと思っています」(廣瀬氏)
夢のコートで行われたドリームマッチは3試合。
玉堤Wizardsの「小学1~3年生」「3~5年生」そしてメインイベントである「6年生vs.卒業生(中学1~高校1年)」だ。
試合運営はビジョンも、スコアボードも本番仕様で稼働。さらにはアルバルク東京のサポートMC「たつを」さんの実況付きだ。
多くの大人が、子ども達の「夢の一日」を本気で演出した。
今回の企画、その発端は「スポーツを止めるな」へ送られてきた一通のメールだった。
送り主は、保護者代表の寺町幸枝さん。
地域拠点のミニバスケットボールチームが抱える問題に悩んでいた。
「普段は小学校の体育館を借りて活動しているのですが、卒業式の多い3月は体育館をお借りすることがとても難しい実情があります」(保護者代表・寺町さん)
3月は例年ほとんどコート練習ができず、子どもたちは公園で自主練習。
当然のように「卒業試合」のハードルも高かった。
「2月の大会後、本当は卒業生を送り出す楽しいイベントを開催したかったのですが、過去3年間コロナ禍で実現できていませんでした」(保護者代表・寺町さん)
寺町さんはワラにもすがる思いで、ニュースサイト等で存在を知っていた「スポーツを止めるな」にメールを送ったという。
「本当に困り果てて『バスケができるコートを紹介してもらうことは可能ですか』という内容のメールをしました。それがまさか、こんな最高のギフトになって本当に嬉しいです」(保護者代表・寺町さん)
コートを紹介してほしいという内容のメールを受け取った「スポーツを止めるな」。
共同代表理事を務める最上紘太氏は、どのようなチームかを調べてみた。複数の小学校から集まる地域チームだった。
「玉堤Wizardsさんは、学校の部活ではなく、地域のクラブチーム。そのため(費用の面でも)普通の体育館にアクセスすることが難しいチームでした」(最上共同代表理事)
日本では、2023年の新年度から部活動の地域移行が本格化する。
「もともと僕たちは困っている子供たちを助ける活動団体です。さらにこれから部活動が変わっていく中で、僕らが今回思い切りサポートすることで、こういうサポートの仕方がある、という気づきになればと考えました」
ここで「スポーツを止めるな」は世田谷の小学生たちがアクセスしやすい、東京拠点のBリーグチームに、思いきった提案をする。
チーム公式戦の前座試合で、送別試合を実施することは可能でしょうか――。
この大胆な打診に対し、意義に共感して快諾したのが、東京を拠点とする人気チームのアルバルク東京だったのだ。
そうして3月22日に実現したサプライズ企画、そのメインイベントの卒業試合は「6年生vs.卒業生」。
試合前にはアルバルクチアリーダーが登場。迫力満点のパフォーマンスを披露し、本番同様に並んで選手をコートへ送り出した。
驚きの中、コートを駆けた6年生、玉堤Wizardsのリャオ・カイシャン主将は「緊張しました」と話しつつ、笑顔が絶えなかった。
「こういう場所でプレーさせてくれて本当に感動しました。こんな機会を作ってくれて本当に感謝しています。もっとバスケを頑張りたくなりました」(リャオ・カイシャン主将)
2022年は十数年ぶりに世田谷区のベスト8に進出したという玉堤Wizards。
卒業していく佐藤レオン副将も「夢みたいだった。いつもより頑張りました」と屈託なく笑った。
試合後もサプライズは続いた。
見学後に控え室に戻った子ども達の前に、アルバルク東京に所属するバスケットボール男子日本代表・吉井裕鷹が登場。メッセージと共に卒業生へのプレゼントを手渡した。
子ども達はそのまま会場に残り、アルバルク東京のホームゲームを観戦。
自分たちが駆けたコートで、アルバルク東京が86-76で勝利する瞬間を見届けた。
同時に、子ども達は、自分たちのために動いた大人たちの姿も見届けたろう。
今回のサプライズ企画が示したのは、新年度より本格化する「部活動改革」のロールモデルだけではなかった。
八方塞がりの状況で、どう振る舞うのか。難問をどう解決するのか――。
勇気と知恵をもって閉塞を打破する、コロナ禍における大人のロールモデルも示していた。