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プチデモン・カタルーニャ州首相、ブリュッセルでの初めの一歩は小さな勝利か?

今井佐緒里欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

プチデモン・カタルーニャ州首相が、11月1日ブリュッセルで記者会見を開いた。

発言内容に関しては「なるほど」と思ったが、この日一番「おおっ!」と思ったのは、ベルギー政府の対応である。

プチデモン氏が記者会見で「亡命をしに来たのではない」と明言した後、シャルル・ミシェル・ベルギー首相は短い声明を発表した。

ベルギー政府が彼を招待したわけでもないし、イニシアチブをとったわけでもない、彼の到着を奨励するための措置も講じていない、とした上で、「シェンゲン協定内の移動だから、何の手続きをする必要もなく、ベルギーに滞在することができる」「他のヨーロッパ市民と同様に扱われる」と言ったのだ。

これは、プチデモン氏とカタルーニャ独立派にとっては、小さな勝利ではないだろうか。

ベルギー首相は、慎重に「政府は現状において、スペインとの定期的な外交上のコンタクトを取っている」と付け加えたが、ベルギー首相ははっきり言ったのだ。プチデモンを「ヨーロッパ市民として扱う」と。

スペインの法律よりも、EU法を優先する。

スペイン政府の意志よりも、EUの政策を支持する、ということだ。

そもそも、今のEU内(欧州大陸・シェンゲン加入国)において、果たして「亡命」というのが可能なのか、第一に存在するのか。

法律の問題になるのだが、どうも不可能ではないらしい。

法律家の見解や議論はおいおい出てくるとして、誰もが「今時このヨーロッパで、亡命なんてあるの?」という疑問は抱いただろう。

プチデモンの味方、はやくも現る

ところで、筆者は前の記事で「ブリュッセルには、必ずプチデモンの味方が現れる」と断言したが、もう現れた。

ベルギーの「新フランドル同盟党」の党首で、アントワープの市長、バルト・デウェーフェル氏である。

(同党は今、ベルギー下院で第1党だ)。

彼は、ベルギー首相が「プチデモンはEU市民として扱われる」と言ったほぼ直後に、「プチデモン氏は友達だ。いつでも歓迎である」と発言したのだ。

そしてカタルーニャとは「とても緊密な関係」をもっているそうだ。

ブリュッセルよりも先にベルギー政府の中から公言する味方が出たのは、意外だった。

筆者は知らなかったのだが、プチデモン氏が会見を開く前の日曜日に、同党所属のベルギー国務長官Theo Francken氏が、「プチデモン氏はブリュッセルで政治亡命の申請ができる」と発言していたそうだ。

かなりややこしい話になりそうだ。

これには、ベルギーの特殊な事情を理解する必要がある。

(知っている方は途中を飛ばしてください)。

ベルギーはミニEU

ベルギー政府は今、4党連立政権だ。

4党連立と聞くと驚くかもしれないが、過去には6党連立もあった。

ベルギーにおいて「単独過半数」などというのは夢のまた夢のまた夢で、連立政権は当たり前である。

ベルギーの事情を知らないと、この話は理解できない。

ベルギーという国そのものが、多民族・他言語の国である。

まるでヨーロッパ大陸の縮図のような地域なのだ。

北部のフラマン語圏(オランダ語の一種)、南部のフランス語圏、東部のドイツ語圏(前の二つに比べると小さい)に分かれている。

こんなベルギーの政党群は、もはや「すべて取り揃えております」のデパート状態だ。

言語の違い、右か左かという政治思想の違い、地域独立派か穏健派か、伝統的にカトリック圏かプロテスタント圏かなどの文化や歴史の違い、これらのせいでたくさんの政党がある。

ベルギー全土共通の政党は、ベルギー労働者党だけである(要するに共産党のようなもの。ある意味この団結はすごい)。

そう、まるでミニEUのような国なのだ。

そんな多様性あふれる国の首都に、ヨーロッパの首都が置かれたのは、決して偶然ではない。

絶妙のバランスを保つベルギー政府

現在第1党の「新フランドル同盟党」は、北部フランドル地方の地域政党だ。

同地方には独立派の政党もあるが、この政党は自立派と呼ばれ、独立派よりは穏健だと言われる。

2014年5月に行われた連邦議会選挙(定数150)では、オランダ語(フラマン語)圏では広く中道右派が勝利したが、フランス語圏では中道左派(社会党)が勝利した。

オランダ語圏では、上位3党が中道右派だった。この3党に加えて、フランス語圏では第2位につけた自由党(同じく中道右派)をまじえて、4党連立政権ができあがった。

ところが、首相はオランダ語圏からではなく、フランス語圏の自由党のシャルル・ミッシェルがついたのだ。

(当時、なんと38歳!)

このあたりのバランス感覚は、大したものだとうならせるものがある。

数では圧倒しているオランダ語圏の中道右派は、首相の座をフランス語圏に与えた。

こうして、フランス語圏の人たちや、「うちの地域では社会党が第1党なのに!!」という政治的不満をなだめた・・・ということか。

あるいは、オランダ語圏の第2党も自由党だったからか。

どのみち、こんな状況だから、首相の地位は(いつものことだろうが)盤石ではない。

第1党はプチデモン支持

とにかく、全国で第1党だったのは「新フランドル同盟党」(31議席)で、彼らの力は無視できない。

この党は、フランドルの独立を主張はしないが、そういう傾向のある党である。

他の政党とは、ちょっと毛色が違うのだ。

この党の人々が、挑発して事を荒立てるつもりはないにせよ、「プチデモンさん、ようこそベルギーへ!!」という姿勢となると・・・。

前述の、同党首でアントワープの市長、バルト・デウェーフェル氏は「私自身も、わが党も、火に油を注ぐつもりはない」とは言うが、「でも、我々は友達達をほおっておくことはできない。友達達に背を向ける事は決してない。たとえ彼らが問題を抱えているとしても」だそうだ。

国境を越えた、すばらしい友情と連帯である。

実にヨーロッパらしいと思う。

(すごいなあ。筆者もこんなこと、言われてみたい)。

筆者の思うに、ミッシェル・ベルギー首相が、プチデモン氏はヨーロッパ市民として扱われると言ったのは、内政の複雑さとは特に関係がないだろう。

この意見は、ヨーロッパではごく普通の、ごく常識的な意見だからだ。

これに異議を唱える人は、どの国籍でもどの思想でもどの宗教でもどの民族でも、まあほとんどいないだろう。

何がベルギーにとって問題かというと、プチデモン氏の処遇によって、ベルギーの地域独立問題、国家分裂問題が刺激されかねないことなのだ。

カタルーニャが独立してスペインがなくなると思う人は、世界中でまずいないだろうが、ベルギーの場合、二つに分裂したら、そもそもベルギーという国がなくなってしまいかねない。

ヨーロッパ逮捕状は出るか

一番嫌な、ありうる仮定は、スペイン政府がプチデモン氏に「ヨーロッパ逮捕状」を要請したとしたら、である。

ベルギー政府はどう対応するべきか。連立政権内で、大問題となるだろう。

オランダ語圏の新聞・Standaard紙の論説によると「ベルギーはとりわけ有害な国際的な紛争にはまってしまう可能性がある。 政府は内部で責めあうことしかできないだろう」ということだ。

そもそも「ヨーロッパ逮捕状」というのは、2004年から発効しているEUで反テロのためにつくられた決まりだ。

今までに、ロンドンで爆破テロ未遂事件を起こした犯人が、イタリアで逮捕された場合とか、ドイツで連続殺人を犯した犯人がスペインで捕まったとか。

そういう人たちとプチデモンが同列なのか???

ある国の政治犯・思想犯とは「内乱罪」として刑法らしい。

ヨーロッパ逮捕状も、刑法の話だ。

しかし、ある国で政治犯だとして、別の国でもそうなのか。

なんだかよくわからない。

そもそも、たとえEUレベルで、欧州市民を巻き込んで、果てしない議論の末、やっとこさヨーロッパ逮捕状がEUで正当化されて、プチデモン氏に正式に逮捕命令が降りたとしても、本当にベルギー国家は執行しなければいけないのか。

こんな前例あったっけ。

ヨーロッパ逮捕状には、拒否権はあることはある。

その国で未成年だとか、すでに別の国で裁判が行われているとか。

この場合はどうなのか。

この問題に関して、4党連立のベルギー政府内で紛糾、野党も加わって大紛争、そして機能麻痺、決定不能に陥れば、執行できる人がいない。

そうこうしている間に、あっという間に数年たってしまうのではないか。

プチデモン氏とカタルーニャ独立派にとって時を稼ぐのは、決して悪いことではない。

ああ、こういう国の首都だから、ブリュセルはEUの首都になったんでしょうね。国の力が強くて、意志をもって何かをやってしまうようだと、他の26加盟国から苦情が出るのでね。機能麻痺に陥って何もできないくらいでちょうどいいのだ。

スペインの横暴度がカギ

今後の推移は、スペイン政府が行うという12月21日の州選挙やそれまでの道のりが、どのような状況で行われるかが一番大事だと思う。

もしスペイン政府が強硬で、横暴な態度でのぞめばのぞむほど、結果のいかんにかかわらず、問題は解決が難しくなっていき、不満と問題意識は欧州レベルに広がっていくだろう。

筆者には、ラホイ首相の戦略は、EUを通じて他から知恵をつけられていると思えて仕方がないのだが・・・。

今までの推移の中で、一番しょうもなかったのはスペイン国王だと筆者は思っているのだが、それはまた稿を改めたい。

欧州/EU・国際関係の研究者、ジャーナリスト、編集者

フランス・パリ在住。追求するテーマは異文明の出会い、平等と自由。EU、国際社会や地政学、文化、各国社会等をテーマに執筆。ソルボンヌ(Paris 3)大学院国際関係・欧州研究学院修士号取得。駐日EU代表部公式ウェブマガジン「EU MAG」執筆。元大使のインタビュー記事も担当(〜18年)。編著「ニッポンの評判 世界17カ国レポート」新潮社、欧州の章編著「世界で広がる脱原発」宝島社、他。Association de Presse France-Japon会員。仏の某省機関の仕事を行う(2015年〜)。出版社の編集者出身。 早稲田大学卒。ご連絡 saorit2010あっとhotmail.fr

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