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日本では劇場公開するべきか。「保留」から「公開」に向かった『ドリーム』。その理由と公開までの道のり

斉藤博昭映画ジャーナリスト

昨年末、日本の映画関係のマスコミからは、こんな声が上がっていた。「あの映画、すばらしいみたいだけど、日本での公開は決まってないらしいね……」。

いくらいい映画だとしても、当たらないと予想されれば、劇場公開されることはない。

「公開ありき」で製作される日本映画はともかく、海外の作品は厳しく選別され、とくにここ数年は、以前なら絶対に劇場公開されていたレベルの作品が、DVDスルーになるケースも増えている。とはいえ、アカデミー賞作品賞候補になった作品が、日本では劇場公開されない、というケースは極めて稀だった。しかし昨年度は、候補作9本のうち、当初、2本が日本での劇場公開が決まっていなかったのだ。それが、『ドリーム』と『フェンス』。冒頭に書いた「あの作品」である(さらに『最後の追跡』もNETFLIXでの配信のみ)。

その後、『フェンス』は残念ながらそのままDVDスルーの運命をたどったが、『ドリーム』は急転。劇場公開が決まった。これがインディペンデント系の映画なら、いい作品→日本の配給会社が買い付け、という流れもわかるのだが、『ドリーム』は20世紀フォックス映画というメジャー会社の作品。アメリカ本社、日本支社ともに日本での公開を望みつつ、当初、その判断が保留状態になっていたため、「日本では公開されないかも」という話題が出たのである。

アカデミー賞作品賞候補もリスクは抱える

どのようにして保留から劇場公開の判断に至ったのか。『ドリーム』の宣伝を担当している、20世紀フォックス映画、営業本部のシニアマネージャー、平山義成氏に聞いた。

「アメリカで昨年末に限定公開され、年明けに爆発的ヒットとなったものの、じつは当たっていない国もあったりして、世界での成績にはバラつきがありました。つまり、どっちに転ぶかわからない作品ということで、劇場公開するうえでビジネス上のリスクの高い日本でどうするか、議論が重ねられたんです。いい映画なのはわかる。でもビジネスとしては……というわけです。最終的に公開の決め手になったのは、作品自体のすばらしさを信じきったからですね。そこで本社と日本支社の強い意志が一致しました」

じつに全米公開から9ケ月経って、『ドリーム』は日本公開となる。公開決定の判断が遅かったのでインターバルは仕方ないが、それにしてもメジャースタジオの作品として、この間隔は異例である(最近では、やはりアカデミー賞作品賞候補になった『メッセージ』も日本公開が遅かったが、それでも7ケ月のインターバル)。

公開を喜び、勇気を与える手紙

「公開決定が後から決まったので、この間隔は仕方のないこと。夏休みは公開作が固まっていますから」と話す平山氏だが、このインターバルによって、徐々に膨れ上がった反響を実感したともいう。

「すでに海外や、飛行機の上映で観た人たちから熱い反応が伝わってきていましたし、手紙も届いたりしたんです。高校で英語の教師をしているその方は、『ドリーム』の原作を教材に使っていたそうで、『公開が決まって本当にうれしいです』と喜ばれていました。時間がかかって良かったのは、熱い人たちとのつながりを感じられたこと。公開1ケ月前になっても、地方の劇場さんから『大きいキャパシティのスクリーンで上映したい』という希望があったりして、公開決定の判断は間違っていなかったと実感できたのです」

宇宙飛行士ジョン・グレンと言葉を交わす主人公たち。今作でも忘れがたいシーン
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いっぽうで、この『ドリーム』は邦題の問題でネット上などで騒がれた。原題は『Hidden Figures』。(歴史に)埋もれた人たち、という意味だが、やや曖昧な『ドリーム』と命名され、副題に「私たちのアポロ計画」と付けられたからだ。やや内容とかけ離れたと指摘を受けた副題はすぐに外されたが、『ドリーム』が変えられることはなかった。その経緯を平山氏は次のように振り返る。

「ネットの言説の世界での映画の立ち位置も変化をとげており、本意でないところで大きな話題も作られていきます。しかしそこで、われわれが何を意図したいのかを曖昧にしたくなかった。批判と、こちらの意志の両者を考え、早急に判断し、『ドリーム』と決めたことは正解でした。何かが発信されると、いろいろな見方が出てくる。その対処は今後も大きな課題になるでしょう」

20世紀フォックス映画は、最近の例でいえば、『オデッセイ』や「X-MEN」シリーズ、『エイリアン:コヴェナント』、『猿の惑星:聖戦記』といった大ヒットを狙う大作を公開するが、この『ドリーム』は、『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』と同じくFOX2000というレーベルの作品。原作を映画化する部門で、エンターテイメントでありながら、賞を狙いやすい秀作を多く送り出している。そのほか、FOXにはサーチライトという、より小規模ながら作家性の強い作品を製作する自主映画部門があり、次期アカデミー賞にはサーチライト作品の3作が大きく絡むことが、すでに確実視されている。

『ドリーム』は、1960年代、NASAに勤務していた3人の女性が、黒人であるがゆえの差別やハンデを乗り越えて、実力を認められるドラマ。一見、社会派のテーマを、あくまでもエンタメに、爽やかに描き、「これぞハリウッド映画の見本!」と感情移入させる作りになっている。これだけ素直に感動させるポイントが多い作品は、じつに珍しい。

すばらしい映画は、劇場で公開されるべき、というシンプルな発想。

そして、才能ある人々は、人種や性別にかかわらず、真に評価を受けるべきという考え。

劇場公開への道のりと作品のテーマが一致し、日本での公開を迎える『ドリーム』。

人々に夢=ドリームを与えるのが映画であり、その法則を見事に守った良作を、日本の観客がどのように受け止めるのか、楽しみである。

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『ドリーム』

9月29日(金)、全国ロードショー

配給/20世紀フォックス映画

(c) 2016 Twentieth Century Fox Film Corporation

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com

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