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今、いい他人になることが大切ではないか?苦境に立つ見ず知らずの女性たちの連帯を描いた理由

水上賢治映画ライター
「ひかり探して」のパク・チワン監督

 「82年生まれ、キム・ジヨン」や「はちどり」など、近年、女性のひとつの生き方を丹念にみつめ描いた韓国映画の日本でのヒットが目立つ。

 とりわけ「82年生まれ、キム・ジヨン」や「はちどり」は、日本の幅広い世代の女性たちから支持され、多くの共感の声を集めたことは記憶に新しい。

 「ひかり探して」は、その系譜に新たに加わる1作といっていいかもしれない。

 遺体のあがらない自殺から始まる物語は、謎めいたミステリー・ドラマの様相。

 ただ、物語はそのジャンルの枠にとどまらない。

 遺書を残して島の絶壁から姿を消した少女、彼女の最後の目撃者となった聾唖の女性、その事の真実を明かそうとする女性刑事という決して恵まれた境遇にいるとはいえない彼女たちの人生が交差。

 絶望を乗り越えた先に見えた「ひかり」を描く素晴らしき女性ドラマになっている。

 手掛けたのは、「ひかり探して」が長編デビュー作となる新鋭、パク・チワン監督。本作の成功で新進の女性フィルムメイカーとして韓国でも脚光を浴びる彼女に訊く(第一回第二回)。(全四回)

 最終回の第四回は、この作品に込めた思いと日本での公開について訊いた。

「ひかり探して」のパク・チワン監督
「ひかり探して」のパク・チワン監督

血のつながらない人間同士でも、血縁以上の関係になれるのではないか?

 前回(第三回)でも触れた、主要人物となる3人の女性、刑事のヒョンス、スンチョンから来た人、島の崖から消えた少女のセジンはいずれも苦境に立たされている。

 それぞれ自分が安心して身を置ける居場所がない。社会からも見放されそうなところにいる。

 ただ、身内でもない赤の他人のこの3人の想いが、結果的にゆるやかにつながり、それぞれが生きる選択をして人生を再起動していく。

 この他人同士が手を携えるところに、本作の重要なメッセージが隠されている気がする。

「以前話したように、それぞれの居場所で頑張って生きてきた家族でもない見ず知らずの人間たちが、苦境に陥り、あるときに出会って、なにか新たな人生に踏み出すような物語が書けないか。

 血のつながらない人間同士でも、血縁以上の関係になれるのではないか?

 そう、わたし自身が常々考えていたところから、今回の物語は生まれています。

 なぜ、わたしがそのようなことを常々考えていたかというと、日本もそうだと思いますが、韓国も血縁ではつながっていない家族がたくさんいらっしゃいます。

 それから独身の人たちもひじょうに増えている。彼らの中には家族よりも友人や知人を頼っていたりする人もいると訊きます。

 血縁のある家族が大切な人もいれば、いろいろな事情があって血縁の家族とは離れることで幸せに暮らす人もいる。

 多様な家族の形があって、人のつながりというのもさまざま形がある。

 家族にしても、人のつながりにしてもiこれからもっと多様な形が生まれてくるのではないか。そういうことを、どこか肌でわたしは体感していて、考えるようになりました。

 それで、映画はどこか時代を映す鏡でもありますので、映画においても、いろいろな角度から家族や人のつながりが語られるべきだと思いました。

 そういう考えのもと、シナリオを書いていったら、見ず知らずの3人の女性が互いを認め合い、手をとりあうような物語になりました。

 いまは、なにをもって家族と言うんのだろうか?家族っていったいなんだろう?

 そういった疑問を常にもち関心を寄せていたから、こういう作品が生まれたのかなと思います。

 生まれたときの家族は選ぶことができません。けれども、成人になってからは選べる家族もいるかもしれない。

 そんなわたしの思いがこの作品には込められています」

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

なにかで困っている人がいたら、自然と声をかけられるような人間になれれば

 また、こういう想いも込めたと明かす。

「ヒョンスも、スンチョンから来た人も、セジンも、とても辛い立場にいる。

 ほんとうに生きていくというのは大変で、いいときもあれば悪いときもある。

 ラッキーなことが起きることもあれば、なにをやってもうまくいかないときもある。

 みなさんそうだと思うんですけど、人生は悩みが尽きない(苦笑)。

 仕事のトラブルが解消できたと思ったら、プライベートでうまくいかないことが起きたりして、常に悩み事というのはついてまわりますよね。

 ただ、その悩みが、意外と全然知らない人の頑張っている姿をみたことで救われたりすることってけっこうあるんじゃないかと思うんです。

 たとえば、たまたまスポーツに打ち込んでいる学生の姿をみたりして元気づけられたりする。映画や音楽に心が救われたりする。

 自身の悩みを解消してくれるのは、意外と見ず知らずの存在だったりする。

 家族や知人だとむしろなかなか打ち明けられなかったりする。

 なので、わたしは年を重ねる中で、いつからかいい他人になりたいと思うようになりました。

 なにかで困っている人がいたら、自然と声をかけられるような人間になれればと思うようになったんです。

 それで、今回、自分の思い描く『いい他人』の存在について考えてみたんです。

 わたしの中で導きだされた『いい他人』は、ほかの人が苦しんでいる姿を見たときに、そこから目を背けずに見守ってあげて、その人を最後まで応援できる人。

 そういうことができる人が『いい他人』ではないか。わたしもそのような誠意のある人になりたいと思いました。

 その想いが、映画ではスンチョンから来た人とヒョンスに投影されています。

 セジンが苦しんでいるのを見過ごさないで気づいてあげたのは、スンチョンから来た人とヒョンスしかいなかった。

 他者同士が手を携える物語は、今のコロナ禍においても大切にしたいメッセージが含まれているような気がします」

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

今回の日本での公開は、ほんとにうれしく思っています

 作品は韓国の映画賞、第57回百想芸術大賞 映画部門に4部門ノミネート(新人監督賞、最優秀演技賞(女)、助演賞(女)、脚本賞)され、最優秀脚本賞を受賞。

 第42回青龍映画賞では6部門にノミネート(最優秀作品賞部門、女優主演賞、女優助演賞、新人女優賞、新人監督賞、脚本賞)され、新人監督賞を受賞した。

 デビュー作がこれだけの評価を受けたことをどう受けとめているだろうか?

「この映画というのは、繰り返しのお話になりますけど、まったく見ず知らずの関係ない3人の女性が影響を与え合い、人生のセカンド・チャンスを手にしていく物語です。

 もしかしたら映画は、それと似ているのではないか? そんなことを思っています。

 わたしがまったく知らないお客さんが来てくださって、映画のことをいろいろと語ってくださる。

 『すごくよかった』と言ってくださる方もいれば、『いまいちだ』っていう方もいらっしゃる。

 それから、さまざまな映画祭や上映に際してのQ&Aなどを通しても、多くの人とお会いする。

 そこでまたこの映画のことが語られる。

 この作品は、コロナ禍で公開されたものですから、イベントなどもできずに、観客のみなさんと直接お会いする機会が限られてしまいました。

 それでも映画が公開されたことによってわたしは観客のみなさんとつながっているなという気持ちを持つことができました。

 映画は観客にみてもらって完成するとよく言われますけど、その通りで。

 映画によって知らない人同士が出会って影響を与え合う。その影響は映画にもどこか反映される。その影響はわたしにも大きな刺激を与えてくれ、新たな出合いを生んでくれる。

 いまは、世界中でさまざまな映画が作られている中で、この『ひかり探して』を選んで出合ってくれたすべてのみなさんに感謝です。

 世の中にはほんとうにおもしろい映画がたくさんあります。

 その中で、自分はどんなものが作れるのかという悩みはいまだにわたしの中に存在しています。

 でも、少しでもいい作品を作って、またみなさんに、新たなみなさんにも会いたい。

 そして、今回の日本での公開は、ほんとにうれしく思っています。

 日本のみなさんにはじめてお会いすることになります。

 日本のみなさんがどう見てくださるのか、そして日本のみなさんがどんな感想を寄せてくださるのか、楽しみにしています。

 これからも、気を引き締めて頑張って映画を作っていければと思っています」

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

「ひかり探して」

監督:パク・チワン

出演:キム・ヘス  イ・ジョンウン  ノ・ジョンイ

キム・ソニョン  イ・サンヨプ  ムン・ジョンヒ

渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開中

写真はすべて(C)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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