Yahoo!ニュース

「82年生まれ、キム・ジヨン」世代、韓国注目の才女。社会人を経てから大学で学び、映画監督に

水上賢治映画ライター
「ひかり探して」のパク・チワン監督

 「82年生まれ、キム・ジヨン」や「はちどり」など、近年、女性のひとつの生き方を丹念にみつめ描いた韓国映画の日本でのヒットが目立つ。

 とりわけ「82年生まれ、キム・ジヨン」や「はちどり」は、日本の幅広い世代の女性たちから支持され、多くの共感の声を集めたことは記憶に新しい。

 「ひかり探して」は、その系譜に新たに加わる1作といっていいかもしれない。

 遺体のあがらない自殺から始まる物語は、謎めいたミステリー・ドラマの様相。

 ただ、物語はそのジャンルの枠にとどまらない。

 遺書を残して島の絶壁から姿を消した少女、彼女の最後の目撃者となった聾唖の女性、その事の真実を明かそうとする女性刑事という決して恵まれた境遇にいるとはいえない彼女たちの人生が交差。

 絶望を乗り越えた先に見えた「ひかり」を描く素晴らしき女性ドラマになっている。

 手掛けたのは、「ひかり探して」が長編デビュー作となる新鋭、パク・チワン監督。

 本作の成功で新進の女性フィルムメイカーとして韓国でも脚光を浴びる彼女に訊く。(全四回)

一度、社会人を経て、映画専門の大学へ

 作品の話に入る前に、パク監督の経歴に触れたい。というのもちょっとユニークな過程を経て、今回の長編映画監督デビューを果たしている。

 パク監督は、大学卒業後に映画制作会社に入社。まずは企画マーケティングの仕事を担当する。

 その後、会社を辞めて2007年に韓国映画アカデミー(※韓国の映画専門大学)に入学し、映画を学ぶことに。

 大学で映画を学ぶとともに長編映画のスクリプターの仕事もしながら、映画に携わり、そして、今回、オリジナル脚本で長編監督デビューへと至っている。

 つまり、大学卒業後に一度社会人になってから、学生に戻って映画を学び、そこから映画の裏方スタッフを経験し、監督の道を歩み始めている。

 なぜ、このような経緯を辿ったのかパク監督はこう明かす。

「傍からみると、なんだか遠回りをしているように見えますよね(苦笑)。

 実は、わたしは子どものころから映画が大好きでした。もう高校生ぐらいからですかね。映画を作る人、つまり映画監督に将来はなりたいと思い始めていました。

 ですから、大学に進学したときも、映画に関する授業がないか自分で探してみつけると率先して講義を受けたりしていたんです。

 それで、大学卒業後も、映画に携わりたいと考えていたんですけども、そこで両親が懸念を示したといいますか。

 残念ながら、映画の道にいくことを、あまり好意的に受け止めてくれなかったんです。

 振り返ると、両親はたぶん心配だったと思うんです。映画の仕事で暮らしていけるのかと。

 で、当時、両親から言われたんです。『確かに映画はすばらしい芸術ではある。でも、あなたは韓国の映画産業のことをどれだけ知っているのか?そういうことを知らないで映画を作る仕事はできないのでは?』と。

 問われると、確かにわたしは映画産業であり映画業界のことをまったく知らない。それで、映画監督を目指すというのもどうなのだろうと思って。

 そこで、まずは映画業界の裏側を知りたくて、採用のあった映画制作会社を受けて、運よく入社することができました。

 キム・ジウン監督の『甘い人生』などを制作している映画制作プロダクションだったんですけど、企画マーケティング室という部署で、ありがたいことに映画についていろいろと学ぶことができました」

「ひかり探して」より
「ひかり探して」より

映画の裏側を知れば知るほど、『自分で映画を作りたい』気持ちが強くなった

 そこで映画の仕事をすることで、ますます映画作りの道に進みたい思いが募っていったという。

 人によっては憧れの場であればあるほど、その業界の裏側を知ると、幻滅して、離れる人もいるが、パク監督はますます夢を追いたい気持ちになったという。

「映画の裏側を知れば知るほど、映画の仕事をすればするほど、『自分で映画を作りたい』という気持ちが強くなっていきました。

 すばらしい映画監督さんにもたくさんお会いしましたし、なによりも映画というのは、大勢の人が集まって力を合わせてひとつのものを作り上げていく。

 そのこと自体がすばらしいと思いました。

 そこでひとつ決断して、お世話になった会社を退社して、一度きちんと映画を学ぼうと思い立ち、韓国映画アカデミーに入学することにしました。

 あと、ちょうどその決断した時期の前後というのが、映画制作がフィルムからデジタルへと移行するころで。

 映画制作がどのように変化するのか気になりましたし、デジタルに移行することによってより多様な、そして、新たなおもしろい作品が生まれるのではないかという期待もありました。

 そういうなにか明るい希望のようなものを映画界に感じて、自分も映画作りに踏み出すことにしました」

 こうして韓国映画アカデミーに入学。ここで初めて本格的に映画制作について学ぶことになる。

「わたしも映画アカデミーに入る前は、自分は遠回りというか、ずいぶん遅い入学者なんだろうなと思っていたんです。

 でも、実際に映画アカデミーに入ってみると、4年制の大学を卒業してすぐ入ってくる人もいれば、わたしのように社会人を経て入ってくる人もいて。

 実は、入ってみると、当時、演出を専攻する学生の中では、わたしが一番年下ぐらいでした。

 なので、自分が映画を学ぶのが『遅かったな』というふうに思うことはなかったです(笑)」

マーケティングから映画監督に進んだケースは確かに珍しいかも

 同校では短編映画を制作。一方で、プロの現場にも出て、カン・ドンウォンとコ・スのダブル主演映画『超能力者』や、『キム氏漂流記』ではスクリプターを担当している。

 こうした下積みを重ねる中で、こつこつと長編映画のシナリオを書き続け、今回の長編映画デビューの道を切り拓いていった。

「いまのわたしぐらいの年齢を考えると、映画アカデミーで学び、マーケティングを経験しているとなると、後にプロデューサーの道を歩む方がほとんど。

 わたしのように監督の道に進んだケースは確かに珍しい。そういう意味で、わたしは珍しい経緯を経て、映画監督になっているかもしれません(笑)。

 でも、ずっと心にあったのは、映画監督になることでした」

(※第二回に続く)

「ひかり探して」ポスタービジュアルより
「ひかり探して」ポスタービジュアルより

「ひかり探して」

監督:パク・チワン

出演:キム・ヘス  イ・ジョンウン  ノ・ジョンイ

キム・ソニョン  イ・サンヨプ  ムン・ジョンヒ

渋谷・ユーロスペースほか全国順次公開中

写真及びポスタービジュアルは(C)2020 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

水上賢治の最近の記事