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トランプ大統領の5つの戦略ミスでバイデン元副大統領の勝利:すべての調査がバイデン勝利を裏付けている

中岡望ジャーナリスト
トランプ大統領とバイデン元副大統領の2回目の公開討論はバイデン候補の勝利(写真:ロイター/アフロ)

■ トランプ大統領の“5つの戦略の失敗”:2016年の戦略を踏襲

 2回目の公開討論会が終わった。世論調査でリードを許しているトランプ大統領にとって挽回のチャンスであった。アメリカのメディアはこぞって、どちらが勝ったか結果を発表している。CNNの速報調査では、バイデン元副大統領勝利53%、トランプ大統領勝利39%であった。前回の公開討論会から比べれば、トランプ大統領は自制したように見られたが、CNNのファクト・チェックの担当者が「あまりにも嘘が多すぎて指摘しきれない」と語っていた。有権者にも、トランプ大統領の虚言癖は変わっていないという印象を与えたのは間違いない。

 トランプ大統領は大きな戦略の間違いを犯した。最初の失敗は、2016年の大統領選挙でヒラリー・クリントン候補に対して取った戦略と同じ戦略を取ったことだ。2016年の選挙では、トランプ大統領は挑戦者であった。ワシントンのエリートに挑戦する部外者であった。従来の大統領選挙では、挑戦者はワシントンの特権階級(英語でpeople inside the Beltwayという)を批判し、政府を変えると主張するのが勝利に結びつく常套手段であり、それによって一般の人々の共感を得た。こうしたエリート攻撃がポピュリズムの核心であり、前回の大統領選挙ではトランプ候補に勢いを与えた。大統領が再選を果たすには、こうした戦略はもはや通用しない。トランプ大統領が既にワシントンの支配階級の一員だからである。だが、トランプ大統領は議論を通じて、バイデン元副大統領の攻撃に終始し、バイデン元副大統領の過去の事実を穿り出し攻撃の材料にしていた。要するに「貴方は長く政治家だったのに何もしなかったではないか」という攻撃である。トランプ大統領は議論の中で常にアウトサイダーとして振舞っていた。これは最大の戦略のミスである。

■ トランプ大統領の2つ目の失敗:国民に対する共感性の欠如

 2つ目の失敗は、国民に共感を示す努力が見られなかったことだ。アメリカ人は極めて情緒的に反応する。たとえば1992年の大統領選挙でビル・クリントン候補とブッシュ大統領(父)の公開討論会の場での出来事である。会場から生活の苦境を訴える女性に対して、ブッシュ大統領は極めて官僚的な返答をしたのに対して、クリントン候補はポデュームを離れて、女性のもとに歩み寄り、手を取って話しかけた。このシーンは有権者に感動を与えた。もちろん、これでクリントン候補が勝利したわけではないが、多くの有権者の心に無名に近かった一州知事にすぎなかったクリントン候補の強烈なイメージを残したことは間違いない。

 今回の公開討論会で両候補に大きな差が見られたのは、国民に対する“共感性”である。新型コロナウイルスの犠牲者や親から隔離されている不法移民者の子供たちに対する態度で、トランプ大統領は極めて素っ気ない反応を示した。それに対して、バイデン元副大統領の対応は国民の共感を呼ぶものであった。さらに、トランプ大統領が民主党や民主党州知事を攻撃するなど党派的な態度に終始したのに対して、バイデン元副大統領は「自分はアメリカ人すべての大統領である」と、党派を超えた訴えを行った。討論後のCNNのインタビューで有権者は、最も印象に残ったのは、こうしたバイデン元副大統領の対応であったと語っていた。

■ トランプ大統領の3つ目の失敗:国民にビジョンを示せず

 トランプ大統領の3つ目の戦略の失敗は、政策や将来に対するビジョンを提供できなかったことだ。アメリカの大統領にとって最も重要なことは「agenda setting(課題設定)」である。アメリカをどんな国にするのかというメッセージである。2016年の大統領選挙でトランプ大統領は「アメリカを再び偉大な国にする」というメッセージを送ることで、支持層を拡大することに成功した。

 だが公開討論会では、そうした国民の共感を呼ぶメッセージはまったくなかった。経済政策も、バイデン元副大統領を攻撃する手段として語ったのであり、これから4年間、どう経済運営するのかといったビジョンの提示はなかった。むしろバイデン元副大統領は、クリーン・エネルギーを軸とする雇用創出のビジョンを示した(ただクリーン・エネルギー政策はオバマ大統領の政策でもあり、必ずしも成功しなかった)。バイデン氏は、石油産業への補助金を廃止するなど、かなり思い切った政策に切り込んでいた。ここでもトランプ氏は切り返すことはできなかった。経済全体のビジョンがないので、バイデン元副大統領を攻撃できないのは当然のことである。

■ トランプ大統領の4つ目の失敗:トランプ連合への過剰な依存

 トランプ大統領の4つ目の戦略の失敗は、「トランプ連合」の支持基盤を固めれば勝てると過信したことだ。特に激戦州で勝利すれば、勝てるとの思いがあると思われる。大統領就任後、超党派的な支持を拡大するメッセージを送るのではなく、自分のコア支持層に対するメッセージばかり送ってきた。トランプ連合とは、白人エバンジェリカルであり、白人労働者であり、ティー・パーティの人々である。トランプ大統領は、2016年の大統領選挙で従来の共和党支持層に加え、新しい支持基盤を構築した。特に最大の支持層である白人エバンジェリカルに対しては、9月末に次期最高裁判事候補に中絶に反対するエミー・バレット連邦控訴裁判事を指名し、喝采を得た。ただ、その性急な指名は国論分裂に拍車をかけるものであった。

 熱狂的な白人エバンジェリカルを除けば、穏健な宗教層はトランプ離れの傾向を見せており、今回の公開討論会で、トランプ大統領はその流れに歯止めをかけることはできなかった。エバンジェリカルの機関誌『Christianity Today』は、昨年末に社説でトランプ批判を行っている。共和党の内部からも離反者が増え続けている。共和党政権の元CIA長官やFBI長官を含む73人が「トランプ大統領の腐敗した行動は大統領にふさわしくない」という声明を出し、バイデン氏支持を表明している。また元共和党の州知事、上院議員、下院議員からもバイデン支持を表明する者が相次いでいる(”All the Republicans who have endorsed Joe Biden for President”, Forbes, 2020年9月27日)。

 2018年の中間選挙で民主党は下院で大勝した。その要因は、女性票が共和党から離反したことであった。特に保守的な高学歴で郊外に住む白人女性の離反が顕著であった。世論調査では、その動向は現在も変わることなく続いている。また新型コロナウイルスで一番被害を受けている高齢者のトランプ離れも起こっている。では今回の公開討論で、そうした流れに歯止めを掛け、トランプ支持に呼び戻すことができたのだろうか。公開討論直後に出されたAxion alertsは「トランプ大統領は女性や高齢者の支持回復に焦点を当てていなかった」と書いている。ただ経済再開が重要だという発言は「激戦州の白人有権者に確信を与えた」とも、指摘している。

■ トランプ大統領の5つ目の失敗:極右への過剰期待

 公開討論会後のCNNの解説者の議論の中で面白い発言があった。トランプ大統領はバイデン元副大統領を攻撃したが、「多くの国民はその攻撃が何のことか理解できなかっただろう」という発言である。要するにトランプ大統領は『フォックス・ニュース』や極右のメディアBreitbart Newsなどで盛んに取り上げられているバイデンの息子のスキャンダルを使ってバイデン元副大統領を攻撃したが、半分の国民は何のことかと訝っているだろうと言っていた。トランプ大統領は、極右の支持層に暗号を送っていたのだろうとも皮肉っていた。トランプ大統領を支持する極右組織には、QAnonやProud Boys、民兵組織(militia)が存在する。根拠ないスキャンダルでバイデン元副大統領を攻撃する手法では国民から共感を得ることはできないだろう。

■ 公開討論前に発表されたトランプ大統領不利の調査

 公開討論会直前の10月22日にギャラップが興味深い調査結果を発表している(56% of U.S. Voters Say Trump Does Not Deserve Reelection)。それによると、有権者の56%がトランプ大統領は再選に値しないと答えている。再選に値するという回答は43%である。単に「支持しない」ではなく、「値しない(not deserve)」という言葉は極めて強い言葉である。そして同報告は「歴史的に、支持率が50%以上の現職大統領はすべて再選を果たしている。支持率が50%を下回る現職大統領は敗北している」と書いている。ちなみに本稿執筆時点のRealClearPolitivsのトランプ大統領の平均支持率は42.8%であった。バイデン元副大統領は50.7%であった。

 同じ日に発表されたギャラップ調査(Candidate Favorable Rating Up Over 2016, but Still Low, 2020年10月22日)によれば、バイデン元副大統領の好感度54%に対してトランプ大統領の好感度は47%に留まっている。ちなみに2016年の大統領選挙では、選挙直前の11月5日に行われた好感度調査では、クリントン候補が47%、トランプ候補が36%であった。その時と比べると、トランプ大統領の好感度は上昇しているが、それ以上にバイデン元副大統領の好感度はクリントン候補を上回っている。

■ 有権者はバイデン元副大統領支持に動いている

 もうひとつ、バイデン元副大統領が有利な調査報告がある(2020 Presidential Preference Detail Table, ピューリサーチ、2020年10月)。それによると選挙登録した有権者のうち、トランプ大統領支持は42%、バイデン元副大統領支持は52%である。アメリカでは、選挙権があっても投票登録をしなければ投票できない。したがって登録有権者を対象とする調査は、それだけ精度が高いといえる。

 人種別でみると、白人では51%がトランプ大統領支持、44%がバイデン元副大統領支持である。だが、黒人となるとバイデン元副大統領支持が89%と圧倒的に高くなる。トランプ大統領はわずか8%に過ぎない。ヒスパニック系でもバイデン元副大統領支持は63%、トランプ大統領は29%に留まる。

 性別でみる支持はどうなっているのだろうか。白人男性のトランプ大統領支持は53%に対してバイデン元副大統領支持は41%と10ポイント以上の差がついている。白人女性でもトランプ大統領が49%で、バイデン元副大統領の46%をリードするが、その差は誤差範囲である。トランプ大統領の大きな支持基盤であった郊外に住む高学歴の女性のトランプ離れが報道されているが、同調査はそれを裏付けている。郊外の女性の57%がバイデン元副大統領支持と答えている。トランプ大統領支持は38%に過ぎない。こうした傾向は、上記したように、2018年の中間選挙からみられるもので、その傾向は現在も続いている。中間選挙では、民主党の女性候補の立候補が急増。その多くが当選して、民主党の下院選挙での勝利の原動力になった。郊外の女性の離反は、トランプ大統領にとって大きな打撃である。まだ十分に顕在化していないが、女性の投票行動に何等かの変化が出始めているのかもしれない。

■ 宗教、教育、無党派の動向:バイデン元副大統領勝利は固い

 宗教票では、白人エバンジェリカルのトランプ大統領支持に大きな変化はない。76%がトランプ支持であり、バイデン支持は17%に過ぎない。女性エバンジェリカルでは少し様相が変わり、トランプ支持は53%に留まり、バイデン支持は43%と健闘している。これは全体的な女性のトランプ離れと呼応するものかもしれない。黒人プロテスタントの90%はバイデン支持で、トランプ支持は9%に過ぎない。バイデン元副大統領はカトリック教徒であるが、白人カトリック教徒の支持ではトランプ大統領が52%で、バイデン元副大統領の44%を上回っている。バイデン元副大統領のカトリック教徒への浸透は進んでいない。

 教育でみると、大学卒や同中退、高卒がトランプ大統領の支持層と言われてきた。同調査では、その層のトランプ支持は47%であり、バイデン支持の46%と拮抗している。ただ白人に限ってみれば、トランプ支持が60%、バイデン支持が34%と大きく差がついている。

 2016年の大統領選挙との比較で言うと、2016年にトランプ候補に投票した有権者の92%が今回もトランプ大統領に投票すると答えている。クリントン候補に投票した人の95%がバイデン元副大統領に投票すると答えており、党派で大きな変化はない。ただ、両候補のいずれにも投票しなかった無党派の投票行動は大きく変わっている。そのうちの49%がバイデン元副大統領、26%がトランプ大統領に投票すると答えている。

 公開討論会の結果と、有権者の投票行動に関する調査を重ねてみると、結論は明白である。選挙まで2週間弱あるが、状況をひっくり返すような変化が起こるとは思えない。筆者は、幾つかのメディアで、バイデン勝利を予想する記事を書いてきたが、その結論は変わらない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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