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史上最年少名人候補・藤井聡太竜王(20)A級白星先行で2勝1敗に 糸谷哲郎八段(33)に勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 9月12日。愛知・名古屋将棋対局場において第81期順位戦A級3回戦▲藤井聡太竜王(20歳)-△糸谷哲郎八段(33歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は23時41分に終局。結果は113手で藤井竜王が勝ちました。リーグ成績は藤井竜王2勝1敗、糸谷八段1勝2敗です。

 藤井竜王の順位戦通算成績は51勝4敗(勝率0.927)となりました。

 藤井竜王の今年度成績は15勝4敗(勝率0.789)です。

藤井竜王、難解な一局を乗り切る

 本局は名古屋将棋対局場でおこなわれました。藤井竜王はこけら落としとなったA級1回戦で、佐藤康光九段に勝っています。

 朝、対局室には藤井竜王、糸谷八段の順に姿を見せました。糸谷八段はお盆の上に飲み物などを乗せ、両手で持っての登場です。

 糸谷八段にとっては、こちらでの対局は初めて。終局後、次のように語っていました。

糸谷「すごいきれいで。タイトル戦をやっているような心地で指していました」

 盤の前から離れ、歩きながら考えることが多い糸谷八段。本局でもそのスタイルは変わりませんでした」

糸谷「広いので大丈夫です(笑)。十分には歩きました」

 定刻10時、対局開始。藤井竜王は紙コップでお茶を一口飲んだあと、初手、飛車先の歩を突きました。

 12手目、後手の糸谷八段は玉を上がります。昭和の昔にも同一局面はあり、温故知新で時代がめぐって、これが新感覚の横歩取りとなったようです。

 糸谷八段の誘導で、藤井竜王は横歩を取りました。先手が1歩を取る実利が優るか。それとも後手の手得が優るか。銀河戦決勝でも現れた戦型で、結果は藤井勝ちでした。

 藤井竜王は比較的横歩取りが苦手・・・。そんな印象を持たれている方もおられるかもしれません。デビュー以来29連勝を飾ったあと、何度か敗れた戦型が横歩取りでした。しかしそのあとにはよく勝ち、負け越しているといわけでもありません。勝率8割3分という驚くべきハイアベレージの中では、わずかに分がよくないというのが正確なところでしょう。

 一般的に横歩取りは、常に激しい変化を含みとします。本局は中盤まで、比較的穏やかな駒組となりました。25手目、藤井竜王が角を一つ上がった局面で昼食休憩に入ります。

 12時40分、再開。その後も、じりじりとした進行が続きます。

 藤井竜王が序中盤から考えるのはいつものスタイル。一方、早見え早指しの雄・糸谷八段も本局は時間を使っていきます。駒がぶつからないまま39手目、藤井竜王がじっと1筋の端歩を突いたところで夕食休憩に入りました。

 18時40分、再開。糸谷八段は銀を上がって自陣整備を続け、藤井竜王は上がっていた角を一つ引きました。

藤井「1歩得の形なので、序盤は収めて駒組にできればと思っていたんですけど。ただちょっとそうですね。その途中でいくつか妥協してしまったところがあったかもしれません。(具体的には)ちょっと端を突いたのと(39手目▲1六歩と)あと(その次)▲8八角と引いたのは少し・・・。手が遅れてしまうのであまり、よくなかったかもしれないと思います」

 糸谷八段は銀を中段に進めたあと機をとらえ、48手目、ノータイムで歩を突っ掛け、仕掛けていきました。

藤井「ちょっと△7五歩突かれるのを見落としていて、苦しくしたなと思ってやっていました。こちらの手が遅れている形で戦いになってしまったので、ちょっと厳しいかなという印象でした」

糸谷「じりじりと1歩損の分、少し苦しいのかなと思ってたんですけど。一応なんか仕掛けられたので、難しくはなったかなと」「△7五歩突いたところは互角にはなっていると思ったんですけれども。ただまあ実際には、うーん、取り込んで(△7六歩)桂を跳ねて(△8五桂)調子がいいので、普通は少し元気があるところなんですけど、そこから難しい将棋なので。そこは互角以上あると思ってたんですけど。そこからちょっとわからなかったですね」

 本格的な戦いが始まったあと、しばらく形勢はそう離れないまま進んでいきます。難解な中盤が続いていきました。

 やがて糸谷玉のすぐ近くで駒がぶつかります。64手目の時点で、コンピュータ将棋ソフトが示す評価値は、はっきり藤井よしと示されていました。

 持ち時間6時間のうち、残りは藤井37分、糸谷1時間18分。このままいつものように、藤井竜王が押し切るのか・・・。そう思われたところで藤井竜王は7分を使い、じっと3筋の歩を突きます。飛車の横利きを通し、いかにも本筋と思われる一手。しかし評価値は逆転し、糸谷よしと表示されました。観戦していた藤井ファンからは、悲鳴が上がった場面でしょう。

藤井「少し負けそうなのかなと思ったんですけど、ただ、他の手もわからなかったので仕方ないのかなと思って進めていました」

 糸谷八段は23分考え、銀を打ち込んで反撃に転じます。これが厳しい攻め。糸谷ファンにとっては形勢好転で沸いたところでしょう。しかし糸谷八段自身は、自信があったわけではないようです。

糸谷「いやあちょっと、あそこはもう、おかしいのかなと思ってまして。銀はちょっともう打ち込むしかないと思ったんですけど。いや、ちょっと時間を勝負どころで残そうと思ってたら、だんだんわからないうちに、手がわからなくなってしまって。ちょっと止まりどころを間違えましたかね。まあでもそれでわるかったら、もうはじめっから局面がダメなのかな、という感じで。ちょっと控えて打つんじゃあ、ダメですしね。しょうがないかなと思ってやってました」

 68手目。糸谷八段は打ち込んだ銀で角と金のどちらかを取れます。本譜はノータイムで角を取りました。しかし正着は金を取るべきだったのか。本譜は藤井竜王の飛車が使える進行となり、形勢は不明に戻りました。

 そして再び、形勢は藤井竜王がリード。79手目、じっと自陣に歩を打って辛抱したのが受けの好手でした。

藤井「▲7七歩と受けた形で、以下そうですね、後手からの攻めを催促するような形になったので、少し難しくなったのかな、とは思いました」

糸谷「いやあちょっと▲7七歩、そうですねえ。▲7七歩のあたりで。2手ぐらい前に気づいたんですけど、そこからもう止まることはできなかったので。ただちょっと他の順が難しかったので。この順がダメだったらもともとダメなのかなとちょっと思ったんですけど、手がわからなかったですね」

 糸谷八段は取った飛車を王手で打ち込み、自陣の飛車を成り込みます。対して藤井竜王は銀と歩を打ってバリケードを築き、きわどく耐えました。

 糸谷八段はさらに角を打って王手。大駒3枚で迫ります。しかし藤井玉は一段目に引いて寄りません。

 いつしか藤井竜王の残り時間は3分にまで減っていました。しかしこの3分からあとが、なかなかなくならない。順位戦は現在、A級だけがストップウォッチ方式を採用しています。60秒未満で指せば、残り時間は減りません。

藤井「(105手目)▲7二馬と角を取ったあたりでちょっと、こちらの駒が多いので、いけそうなのかなと思いました」

 糸谷八段は龍(成り飛車)を切り、藤井玉のそばに桂を成って詰めろをかけます。

記録係「40秒・・・。50秒・・・。55秒」

 そこまで秒を読まれて112手目。藤井竜王は金を寄せて受けます。これで藤井玉は寄りません。一方、糸谷玉はほぼ受けなし。糸谷八段は小さく2回うなずきます。

糸谷「参りました」

 糸谷八段が投了の言葉を告げて一礼。113手で藤井竜王の勝ちとなりました。残り時間は藤井3分、糸谷42分でした。

 藤井竜王と糸谷八段の通算対戦成績はこれで、藤井6連勝となりました。

 両者はこれでA級3回戦まで終えました。次局以降については次のように語っています。

藤井「ここまで何度か中盤でミスが出ている将棋が多いので、それを次局から修正していけたらと思います」

糸谷「厳しい相手が続くんですけれども、熱戦を指せればと思います」

 藤井竜王は次節4回戦で、同じく2勝1敗の斎藤慎太郎八段と対戦します。

 斎藤八段は2年連続8勝1敗でA級を制し、2年連続で名人戦七番勝負に登場しています。次の藤井-斎藤戦は、今期A級の中でも屈指の注目カードといえそうです。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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