文春の五輪開会式企画報道に関する著作権法関連の論点
週刊文春および文春オンラインの記事において東京五輪の開会式・閉会式の演出内容の一部が公表されたことについて、組織委が厳重抗議し、記事削除や書籍の回収を求めたことは周知と思います(参照記事)。
本記事では、仮に、組織委が法的措置に出たときに、著作権法上何が論点になるかを整理してみたいと思います。あくまでも論点整理であって、最終的な結論を導こうとするものではありません。また、そもそも、組織委は国民の知る権利を優先すべきだとか、国民の批判が高まる中、強面に出るべきではないという「べき」論については、別記事にお任せし、本記事では法律の当てはめに限定して議論したいと思います。
そもそも、著作権法は表現を保護するものであり、アイデア(ましてや事実)を保護する法律ではありません。したがって、「XXXがYYYに口利きした」といった事実(と思われること)の報道が著作権を侵害することはありません。
しかし、たとえば、文春記事に掲載された開会式企画プレゼン書類中のイラストは明らかに著作物であり、著作権法の保護対象となると考えてよいでしょう。ここで、著作権者が誰かということが問題になりますが、特別な事情がなければ、プレゼン資料や企画書は職務著作であり、著作権者は組織委になると思われますが、もし裁判になれば職務著作の成立性(組織委の原告適格性)も争われると思います。
職務著作であるとの前提で話を進めますが、この場合、著作権法の「時事の事件の報道のための利用」の制限規定が特に関連してきます。
当然ながら、文春側は「東京オリンピックは、日本国民の多額の税金が投入される公共性、公益性の高いイベントであり、日本で開催されるこのイベントが、適切に運営されているのか否かを検証、報道することは報道機関の責務です」と述べており、41条が適用されて当然であるとの考えと思われます。
一方、冒頭引用記事において組織委も「我々としては41条の適用はないとの判断での抗議でございます」と述べており、もし訴訟沙汰になれば、この点が重要な論点になるでしょう。
また、著作者人格権である公表権も問題になり得ます。
細かい話になりますが、著作者人格権は著作者に帰属し、譲渡できないことから、公表権を行使できるのは、プレゼン資料を作成した旧スタッフ陣であって、組織委は関係ないと思われるかもしれませんが、もし流出資料が職務著作によるものであるならば著作者は組織委であり、著作者人格権を行使できるのも組織委である点に注意が必要です。日本の著作権法の職務著作の建て付けは、雇用主(法人や組織)自身が著作物を創作したという形であり、創作を行なった個人が著作権を法人に譲渡するという形ではありません。
ここで、公表権と上記報道による利用の関係が問題になります。法文上は公表権が優先する(報道による利用だからといって制限されることはない)ことになっていますが、実際の解釈上どうなるかは微妙なところです。これを厳格に適用すると今回のような内部告発による報道が困難になり、社会的に問題が大きいからです。中山「著作権法」(第3版)では、「未公表著作物というだけで41条が適用できなくなるというような解釈はすべきでない。」(p443)との意見が述べられています。
なお、この事件に関しては、橋本会長の発言に「営業秘密」という言葉が出てくることからもわかるように、著作権法だけではなく、不正競争防止法が関係してきます(むしろ、不正競争防止法の方が、関連が深いかもしれません)。ちょっと長くなりましたので、不正競争防止法については別記事で検討します。