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情熱的に「国歌を歌うチーム」が勝利する方程式とは

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

 スポーツの国際大会では国歌吹奏を行うことが多い。サッカーのW杯も試合前に両国の国歌が吹奏される。このとき、選手が自国の国歌に合わせて唱和することも多いが、熱心に歌っている選手の多いチームほど試合に勝つ確率が高くなるという論文が出た。

国歌を歌うことは強制ではない

 オリンピックもそうだが、国際的なスポーツ大会は国別対抗の性格が強く、それはいわばナショナリズムの発露となる。その際に吹奏される国歌は、国民の結束や国に対する忠誠心を強め、ナショナリズムを高揚するための手段にもなるだろう。

 FIFA(国際サッカー連盟)の規定によれば、W杯を含めた国際親善試合の前のセレモニーで両国の国歌が吹奏される。参加国の協会は試合までに、最大90秒までの国歌が収録されたCDをFIFAへ提出しなければならないとされている。

 米国でもNFL(アメリカンフットボールリーグ)の試合前に国歌が吹奏されるが、トランプ大統領の人種差別的な発言に対し、アメリカンフットボールの黒人選手が抗議のために国歌吹奏時の起立に従わないことが話題になったりした。

 国歌はその国を象徴する歌曲だが、国ごとに法律で決められたり、歴史的・慣習的に使われたりする。

 日本では1999年8月13日に「国旗及び国歌に関する法律」が制定されているが、制定当時の総理大臣だった小渕恵三は国旗掲揚や国歌斉唱は強要されるものではないと明言した。

 スポーツ大会などで国歌が「吹奏」されることでもわかるが、その吹奏に合わせて斉唱することは義務になっていない。国歌を歌う歌わないは個々人の自由であり、それがその国が近代国家という証左でもある。

 国と個々人のナショナリスティックなアイデンティティを同一化させるために国歌が利用されることもあるが、集団で一緒に歌を唱和することでその集団への帰属意識や協調性が高まることもありそうだ。例えば、学閥集団が宴席で校歌を歌う光景もよく見かける。

 サッカーW杯ロシア大会でも試合の前に両国の国歌が吹奏され、選手がそれに聴き入ったり唱和したりする姿を映像で見ることができる。共通して厳粛な雰囲気であり、選手も神妙で真剣な態度で自国あるいは対戦国の国歌に敬意を払う。熱戦の前の静寂のひと刻だ。

 サッカーの試合結果はほとんどの場合、誰にも予想できない。先日の日本対コロンビアの一戦も、あのような結末を言い当てた人はいないのではないだろうか。だから、タコなどの動物に勝敗を占わせるようなことも起きる。

情熱は献身的なプレーにつながる

 先日、英国イングランド中部のスタッフォオードシャー大学などの研究グループが、フランスのスポーツ科学雑誌『European Journal of Sport Science』オンライン版に2016年6月10日〜7月10日まで開催されたUEFAユーロ大会(UEFA EURO)における51試合(予選36試合、決勝トーナメント15試合)の勝敗と国歌吹奏中の選手の様子を関連づけた論文(※1)を発表した。

 この研究グループは、これまでの研究からあることに対する個々人の情熱を評価する方法を確立してきたとする。情熱には、心理的に矛盾のない自発的で調和の取れた情熱(Harmonious Passion、HP)と心理的に強制されたり利益誘導されて出る情熱(Obsessive Passion、OP)の二つが大きくあるという。

 この二つの情熱が複雑に絡み合って言動の動機づけが行われるが、HPは直情径行的に卓越したパフォーマンスを発揮させ、OPは戦略的なパフォーマンスにつながる。ユーロ大会に出場するチームの選手は出身母国や人種民族が多様であり、国と民族に対するアイデンティティを同一化させる程度に大きな違いがありそうだ。

 研究グループは、チームへの帰属意識が情熱につながった結果のパフォーマンス、また個々の選手の情熱がチーム全体へ影響した結果のパフォーマンスという二つの仮説を立て、それぞれが試合とどのように関係するかを分析した。

 具体的には、BBCとITVの動画情報を用い、情熱(国歌吹奏時の態度)の評価とパフォーマンス(勝敗)の関連、そして総当たり戦のグループ予選リーグ(A〜Iグループ)とサドンデスの決勝トーナメントとで選手の情熱がパフォーマンスにどう影響したかを調べた。

 国歌を歌うことは強制ではないからこそ可能な研究だが、その選手が国歌吹奏時に最後まで自国国歌を歌ったかどうか、声の大きさや口の開け方はどうか、顔の表情や身体の動き、チームメートとの距離や腕の交わし方はどうかなどを動画で分析した。

 その結果、国歌を情熱的に歌う選手の多い少ないによりある程度、試合結果が予測できたという。不思議なことに、グループ予選リーグでは情熱と得点に関係がなかったが、決勝トーナメントでは明らかに情熱的に国歌を歌う選手がいるチームが勝つ傾向が強かった。

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研究による国歌吹奏時の態度(Passion)と勝利の可能性(Log Odds of Likelihood of Winning)の関係。予選リーグでは相関がなかったが、決勝トーナメントでは大きな相関関係がうかがえたという。Log Oddsは勝敗(0か1)でバラけた関数を直線化したもので数字が多いほど可能性が高い。Via:Matthew J. Slater, et al., "Singing it for “us”: Team passion displayed during national anthems is associated with subsequent success." European Journal of Sport Science, 2018

 論文の筆者がオーストラリアの学術サイト「The Conversation」で述べたところによれば、出場国別ではスペインとスイスが情熱的に国歌を歌わず、両国はどちらも準々決勝に進めなかった。対照的に最も情熱的に国歌を歌ったのがウェールズとイタリアで、ウェールズは準決勝に進み、イタリアは準々決勝に進んだ。優勝はポルトガルだが、国歌に対する情熱は出場国の中でも高いほうだったという。

 ただ研究者は、国歌を情熱的に歌うことと試合結果の因果関係には注意が必要だという。選手に対して情熱的に歌わせても仕方ない。これは前述したOPであり、HPがともなわなければ結果につながらないだろう。

 また、相手よりも強いという自信が情熱的に国歌を歌うことにつながるともいえないようだ。研究者は、サドンデスの決勝トーナメントは守備的になりがちだから、HPとOPのバランスが抑制的に発揮されたのではないかと考えている。献身的なプレーが結果的に勝利を引き寄せるというわけだ。

 試合前の国歌吹奏時に国歌を歌うことは強制ではない。自然に出た情熱や一体感が、結果として試合の勝敗に微妙に影響し、反映するのだろう。

※1:Matthew J. Slater, et al., "Singing it for “us”: Team passion displayed during national anthems is associated with subsequent success." European Journal of Sport Science, Vol.18, Issue4, 2018

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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